2019/01/26

Ω-02


そして、しばらくは非常に劣悪な環境で過ごさざるを得なかったが、最も尊い、愛し、愛されることを経験した。

……はい。
全部、見てた、んですよね?

無論だ。
これまで味わったことのない、甘美で濃密なときを過ごせたであろう?

………はい。
もう、これ以上何もいらないって、心から思っちゃいました。

それは、そなたが愛したあの者も同様だったようだ。
そして、一足先に死の世界へ旅立って行った。

やっぱり、タカシはもう、戻ってこないんですよね?
ここにも、生の世界にも

いかにも。
残念ながら、私にも死の世界にいる者をこの世界へ、ましてや生の世界へ呼ぶことはできない。

そう、ですよね
ねぇ、あたしは、いつ死の世界に行けるんですか?
まさか、このままずっと、この微妙な状態でいなきゃいけないとか、ですか?

あの者に会いたいのか?

はい、会いたいです
てか、触れ合ってたいです

そうか。
実は、そなたに残された時間は少ない。
とはいえ、即日死の世界へ向かえるかといえば、そうでもない。

てことは、あと1年とか2年とかは無理だけど、1ヶ月ぐらいとかだったら生の世界にいられるかも、って感じですか?

そう思ってもらって差し支えない。

じゃあ、どうすればいいですか?
あと、タカシはまだいるんですよね?
もう、動くことはないかもですけど。

漆黒の遣いは答えず、アヤカを見つめている。

どう、したん、!!

アヤカの体を黒い塊が貫通する。
遣いの姿は見当たらない。

虚ろな眼差しのアヤカ。
ゆっくりと目を閉じていく。

2019/01/12

Ω-01


え!?
ここ、が??

そなたには、今鳴り始めたあの鐘の音が聞こえるな?

はい。
……だから、ですか?
あたしに、あの地震が起きてから、あの鐘の音が聞こえるようになったのは。

いかにも。
あの鐘は、この世界の者もしくは私のように行き来できる者にしか聞こえないのだ。

でも、だったらなんで、生の世界にいたあたしとかタカシに聞こえたんですか?
この世界に身を置いてないと、聞こえないんじゃないかって思ったんですけど。

本来ならそうだ。
しかし、そなたらは自らの意思で生の世界に留まったのだ。
なんらかの強烈な未練があったと推察されるが、どうだろう?

言われてみれば、そうかもです。
ご存知かも、ですけど、あたし、地震があったとき、お母さんにあり得ないぐらいぶたれてて、てかむしろ殴られてて、そのときにスッゴイ揺れて、吹っ飛んじゃったんです。

それで気がついたら、片足が不自由になっていたものの一命を取り留めたと思った。
そういうことだな。

はい。
でも、本当はそんなんじゃなくて、死んでるはずだった。
ってことですよね?

もしくは、この世界の住人となって彷徨い続けているか、だな。

あたし、なんかよくわかんないですけど、いつもお母さんから殴られてるとき、死んじゃえばどんなにラクか、って思う自分と、いやこんなんじゃ死ねない、死にたくない、死んでも死にきれない!!って思う自分がいたんです。

それは溢れんばかりの生への執着だな。
まだ、見果てぬ物事への渇望だろう。

えっ、と。

そなたにとって、まだ見たことがないこと、経験したことがないことを見てみたい、経験してみたい、ということだ。

はい、そんな感じです。

2019/01/05

Ω-00


そろそろ手を下ろして、目を開けるがよい。

どこからともなく聞こえてくる声。

両手を開いて、顔を隠すようにしていたアヤカだが、恐る恐る言われたとおりに行動する。
ここ、は?

目の前には、黒地に白い線で縁取りされた景観が広がっている。

縁取りの形から比較的容易に認識できると思うが、ここは我々がいた森だ。

言われれば、確かに。
ねぇ
あなたは、誰?

大きめの羽音とともに1羽のカラスが飛んできて、ちょうどアヤカの真正面に着地する。

私のことか?

声は、明らかにクチバシを動かしているカラスから発せられているようだった。


わかりやすい反応だな。
私は人間どもからカラスと呼ばれているが、実際は死を司る神の遣いなのだ。

そう、なんだ

まぁ、いいだろう。
そなたには現状さまざまな疑問が渦巻いていると思われるが、それを明確に言語化できないはずだ。
よって、少々一方的にはなるが、最初は私から話していくこととする。

うん、お願い、します

無論、混沌としたものが整理され言語化できるようなら、遠慮なく聞いてくれたまえ。

はい、わかりました。

ではさっそくだが、この場所について話そう。
先ほどの世界を生とするなら、ここは生と死の狭間だ。

生と死、の

生と死の間にある世界、とでも言えばいいだろうか。

ってことは
あたしは、生きてないけど、死んでもいない、ってことですか?

おおむねその通りだ。
付け加えるなら、数年前の大地震以来、ここが本来そなたがいるべき世界なのだ。