2017/08/21

■49

小松が東急スクエアの入り口付近で電話をしている

『おかけになった番号は、電波のないところにおられるか、電源が入っていないためかかりません』

携帯電話のディスプレイには『石井香織』と出ている



「私…オールモスト辞めようかなって思って」

香織が俺の耳元でうわ言のように言ってきた
多少なりとも体力が回復してきたようだ

「元気になった?」

「さっきよりはね」

「良かった」

「オールモスト辞めんの?」

「…うん」

香織の視線が落ちる
辞めることに対してある種の罪悪感を感じているようにも見えた

「そうなんだ…。それなりに結果出てるように見えたけど?」

「うん、それはね…」

香織はなぜこのタイミングで言い出したのだろうか?

「まあ、辞める辞めないはカオリが決めたことだから、俺にはそれを止める権利はないしね。別に辞めたからって生活出来ないってわけじゃないと思うし」

「うん…。それはそうなんだけど…」

妙に歯切れの悪い言い方だった
香織の言葉の裏には何かが隠されている
俺は直感的にそう思った

「なんか、辞めることに抵抗を感じてるように聞こえるけど?」

「…」

香織の表情が目に見えて曇り出したのがわかった
伝え辛いことをどう伝えるか考えているようでもあった

「言い辛いことがあるんだったら、別に無理して言わなくてもいいよ。そういうのがあってもカオリのことを嫌いになったりしないし」

香織の目に涙が溢れ出してきた
俺の言葉で気持ちが緩んだのだろうか?

「……ありがとう。大丈夫……。でも、今言わないとずっと言えなさそうだから、言うね」

香織の頬を涙が伝い、俺の肩を濡らし始める
冷たかった
俺は指で香織の涙を拭った

「ああ…」

「………私ね…………」

香織の唇が震え出し、目からは涙が止めどなく流れて来た
これでは二の句を告ぐのは極めて難しそうだった
俺は香織を抱きしめ、落ち着くまで待つことにした
何も焦って聞くようなことでもないだろう

「……ごめんなさい」

香織は俺の腕の中で啜り泣き始めた
一体どのようなことなのだろうか?
言わなくてもいいとは言ってみたものの、内心ではかなり気になっていた
おそらくいい事ではないことは想像に難くなかったが…