2017/08/11

■39

日曜の午前10時15分
俺は大城と待ち合わせする約束をしたJR中野駅北口の改札口付近に着いた

前日は近所のスーパーで購入したスミノフを飲んで寝たにも関わらずちゃんと起きることが出来た
適度な飲酒は体にいいと言われるが、案外間違いではないかもしれない
だてに百薬の長と言われていないものだ

今日はいつもよりは多少セミフォーマルな格好を心がけてみた
とは言え、ブーツをビジネスシューズ的な革靴に履き替えるぐらいのものだった

基本的に普段からジーパンやスニーカーは着たり履いたりしない方だ
俺のお気に入りは映画マトリックスに出てくるようなコーディネートで、普段から黒のロングコートやハイネックばかり着ることが多い

改札口付近は日曜日の割に人が多い気がした
しかも、大半の人たちは同じ方向に向かっているようだった
彼らの動きを試しに目で追ってみると、中野サンプラザに向かっているようだった
年代は幅広かったが、なぜか彼らが発するものは一様に同じ気がした

待ち合わせは10時半だったので、15分ほど時間が空いてしまった
空いた時間を有効活用出来る場所を探そうかと思ったそのとき、香織がやってきた

「あれ?おはようございます」

時間が早いせいか若干眠そうな様子だったものの、相変わらず屈託のない自然な笑みだった
今日はこないだのセミナーとはまた違った格好だった

髪型はポニーテールで、コートやブーツはこの間のものと同じだったが、今日はスカートではなく、ジーンズだった
コーディネートといい、色使いといい絶妙だった
香織は何をやるにしてもセンスのいいタイプに違いない

それに、今日はどうやら香水を付けているようだ
濃いめの甘い香りだったが、ただ甘いだけでなく、スパイシーさやフルーティーさも併せ持っている不思議な香りだった
個人的には好きな香りだった

「どうも」

「大城君と一緒じゃないんですね」

「そうすね。基本単独行動好きなもんで」

「あそこ…。えっと名前が出てこない…」

香織は中野サンプラザを指差している

「中野サンプラザですね」

「そうそう!今思い出しました。そこ行くんですよね?」

「ですね。大城からは他社に乗り込むとしか言われてないんですよ」

心なしか香織のテンションが高い気がした

「じゃあ、会社のこととか今日の目的とかも知らない感じですか?」

「そうすね」

「そっかぁ…」

俺は改札口の奥を見たが、大城が来る気配は全くなかった

「大城君とは何時に待ち合わせしたんですか?」

「10時半ですね」

俺は眠かったのと、仕事外ということもあり、口数は少なかった
普段からそれほど喋る方ではない
ならば、なぜ話す仕事をしているのかという声が聞こえてきそうだが、今やっているオペレーターの仕事は確かに口数の多い仕事だが、仕事の大半は一人で出来てしまうのだ
協調性のない俺でも出来る数少ない仕事でもある

「まだちょっと時間ありますねぇ…。立ち話も何なのでどっかでお茶しません?」

「別にいいすよ。俺もこれからどっかに入ろうかと思ってたとこなんで」

「どこ行きます?」

「実は中野ってほとんど来ないので、全然わかんないんですよ」

「私もです。とりあえず目の前の商店街っぽいところに何かありそうですよね。よし。行っちゃいましょう」

言い出すやいなや歩き出す香織
どうやら朝からエンジンが全開のようだ
しかし、不思議と嫌な気がしなかったし、俺にも香織の元気が伝染したようで、目も覚めてきた
そして、何よりも気分が良かった

「おう。早いな」

大城の声が聞こえた
振り返ると自動改札からちょうどこちらに向かってきていた
香織は俺が来ないことに気付き、戻って来た

「あ、大城君だ。おはよう」

「おう。真奈美から声かかってたんだ?」

「うん。まあ、私はあの子の直紹介だしね」

「ああ。そっかそうだよな」

俺は事情が全くわかっていなかったので、彼らの会話を黙って聞いていた
大城がそれを察したかのように

「いやな、今回の話は香織ちゃんの紹介者の真奈美って子から持ちかけられてたんだわ。ちなみに真奈美はオールモストにも登録はしてるみたいだが、今はもう動いてないらしい」

「へえ…」

「んで、これから乗り込むフューチャーズっていう会社にも登録してるみたいなんだ。まあ、俺らに声をかけた理由は…まあお前ならわかるだろ?」

「ああ、そうだな」

香織は改札から出てくる人の流れを見ているようだった
時間はちょうど10時25分になっていた

「真奈美はまだ来ねえだろ。自分の都合を最優先するようなヤツだし」

「いや、来たみたいだよ」

「マジ?」

大城も改札を見た
ちょうど真奈美が改札から出てくるところだった

「あ、もう来てたんだ~」

鼻にかかった何とも言えない甘ったるい声だった

「遅くね?」

「んなことないよ~。だってまだ10時半になったばっかりじゃん」

口を尖らせて上目遣いになる真奈美
いわゆるアヒル口だった
身長は155センチぐらいで、香織よりも低いだろう

ルイ・ヴィトンのモノグラム柄のハンドバックを持っており、髪型はショートカットの癖毛で色はオレンジがかった茶髪だった
服装は黒のピーコートにタイトな黒のミニスカート、黒のタイツに赤のショートブーツというものだった
ブーツはヒールが高めで、丈は足首ぐらいだった
髪の色とブーツ以外は全て黒という格好だったが、着こなしが上手いのと自分が似合う色をわかっているせいか違和感は感じなかった

どちらかと言えば男好きのするタイプだろう
目鼻立ちはハッキリしており、おにんぎょさんという感じだった
それに、声が鼻にかかっているだけではなく、何とも言えない独特の甘さがあった
舌足らずなせいかもしれないが…

「あ、香織おはよ~」

ニカっと笑ってみせる真奈美
さきほどの表情もそうだが、どうやら真奈美は自分の中の女を効果的に使うのが上手いようだった
意図的にやっている感は否めなかったが、不思議と嫌みさはなかった
今までの経験から身に着けたものなのか、先天的なものかはわからないが…

「おはよ」

香織は真奈美に対してあまり良い感情を抱いていないようだった

「はじめまして、ですよね?」

小鳥が首を傾げるような仕草で俺を見る真奈美

「ですね。明神と言います」

我ながら愛想の欠片もない挨拶だと思った
基本的に俺は真奈美のようなタイプに好意を抱くことはない
まだ、第一印象でしかないが、無邪気さの仮面を被ったご都合主義兼現金主義な臭いを感じたからだ
極力表情や声のトーンにそれを感じさせないようにはしたつもりだったが…

「あたし、小泉真奈美です~。一応オールモストに最近まで登録したりしてました~」

どうやら真奈美には伝わっていないようだった

「へえ…。最近までということは、今は違うところに登録してるってことですか?」

「そうですよ~。これから中野サンプラザでセミナーがあるフューチャーズっていうとこです。すごくいいですよ~。いる人たちも会社も」

大城と香織は明らかに面白くなさそうだった
一体真奈美と何かあったのだろうか?
今まで黙っていた大城が不愉快そうに口を開いた

「いいかどうかはよ。俺らが決めることだ」

「もしかして、怒ってる~?」

「怒ってねえよ」

香織は黙っていたが、不愉快な気持ちを隠そうとしていなかった
俺は彼らの間に何があったのかは全くわからなかったが、おそらく人間の醜いエゴが原因となっていることは想像に難くなかった

「ふ~ん…。とりあえず会場は開いてるから行こうよ~。こんなとこに立ってたら寒いし」

真奈美は場の空気の悪さを感じ取ったのだろう
確かに俺も若干息苦しさを感じていたので、場所を変えたいとは思った

「まあ、それもそうだね。行きましょう」

香織もおそらく同じ気持ちになったのだろう
さっきまでの不愉快な表情が幾分和らいだ気がした

「…」

大城はまだ気持ちが収まらないようだった
既に真奈美は歩き出していた
それにワンテンポ遅れる形で香織が続く

「行かないのか?」

「…あとで行く。場所はもうわかってるしな」

「そうか…」

俺と大城が続かないのを気付いた香織が振り返る

「まあ、好きにしてくれ」

俺は香織の後を追うことにした
こういう状態になると大城はどうしようもなくなる
付き合いの長い俺でも動かすことが出来ない

「大城君。どうしちゃったんですか?」

「自分は事情をよく知らないので、なんとも言えないですけど、なんとなくあの子が気に入らないんじゃないですかね」

真奈美はこちらを振り返ることもなく、スタスタと歩いている

「困ったもんですねぇ」

「ああなると、もうどうしようもないんですよ。アイツの気の済むようにしてやった方が一番いいので、とりあえず自分たちは会場に向かいましょう」

「まあ、付き合いの長い明神さんが言うならどうしようもないですね。にしても真奈美ってホントマイペースな子ですよね」

大城はどうやらガードレールに座ってタバコを吸い始めているようだった
おそらく今日はもう会場には来ないだろう
基本的に頑固で融通の利かない不器用な性格で、自分のポリシーに反することや筋違いと感じることに対しては全くと言っていいほど首を縦に振ることはない

「石井さんは小泉さんの直紹介だって聞きましたけど、元々友達だったんですか?」

「そうなんですよ。高校の友達ですね。オールモストは久しぶりに真奈美と会ったときに聞いたんですよ」

「ああ、やっぱり。自分も大城から同じような状況で話を聞きましたね」

「みんな同じなんですね。いきなりなんだ?って思いませんでした?」

「まあ、それは思いましたね。でも、大城がすごく楽しそうに語ってたので、疑いの気持ちはすぐになくなりましたね」

「私も同じなんですよ。真奈美をここまで楽しそうにさせるものは何だろうって思って。あの子ああいう感じなんで、また新しい彼氏の話を始めるのかなぁって思ったら、オールモストの話だったんですよ」

「なるほど。まあ、確かに男はああいう子好きですからね。自分は逆に裏を見てしまう方なので、特に特別な感情は持たないですけど」

「へえ…。どんな子が好みなんですか?」

「う~ん…」

俺はどちらかと言うと、相手を見た目よりも話してみたときのフィーリングが合うかどうかで決めることが多い
しかも、その幅も広いので、付き合う相手も毎回違ったりすることが多かった
唯一共通点があるとしたら、長続きしないことだったが…

香織は俺の口から言葉が発せられるのを待っているようだった

「好みって言う好みはないですね。基本的に話してみたときのフィーリングで決まりますね」

「中身重視な感じなんですね。明神さんてたいていの子とだったら合わせられそうな気がしますよね」

「まあ、基本的にあんまり細かいことに拘らないんですよ。人の好き嫌いもそんなにないですし、でも自分を嫌いという人間は意外といたりしますけどね」

「そうなんですか?信じられないですね。明神さんみたいな人を嫌うなんてもったいないですよねぇ」

「まあ、それはしょうがないですよ。人はそれぞれ好みが違うものなんで」

「確かにそれはそうですね」

気のせいかもしれないが、香織は俺と話すことに対してある種の心地よさを感じているような印象だった
最もそれは俺が香織に対しても同じようなことを感じているからかもしれないが…