2017/07/13

■11

目的地のトップスハウスはまるで雑然とした新宿の中の別世界的な雰囲気のあるビルだった
外装はレンガで覆われており、エントランスには観葉植物が飾られている

独特の雰囲気ではあるが、人を寄せ付けないという感じではなく、むしろその逆で騒がしくない分落ち着けそうな印象だ

大城指定のカフェも外から中が見えたが、内装はレトロな雰囲気が特徴的で、茶色が主体な作りになっており、落ち着けそうだった
1階はそれほど広くないが、大城の姿は見当たらない

「おお、来たか」

大城の声が聞こえた方向を見ると、入り口の近くにある階段から大城が降りてくるのが見えた
気のせいかもしれないが、着ているスーツが縦のブルーストライプが入ったスーツで、若干グレードアップしているようだった

「お疲れ。なるほど。確かにいいところだな」

「だろ。スペシャルゲストがお待ちかねだぜ」

「あの人か?」

「まあな」

2階に上がり、右側は明るめの色合いの賑やかな雰囲気だが、左側はテーブルの色や内装が落ち着いたダークブラウンの色合いになっているせいか、より落ち着けそうな雰囲気だった

何よりも個人的に気に入ったのが、テーブルとテーブルの間隔が人が2人ほど通ることが出来るぐらい離れているところだった
たいていの場合は人が1人通ることが出来るスペースがあるかないかのところが多い

小松は左側の空間の1番奥のテーブルに座っており、手帳に何やら書き込んでいる様子
最初に八王子のデニーズで会ったときと同じスーツを着ていた

どこのブランドだろうか?
生地の感じから高そうだった

おそらくアルマーニとかだろう
しかし、目立つのは相変わらずだった

長身だからというわけではないだろうが、あのオーラは半端に生きている人間では出せない本物のオーラだ
おそらく100メートル離れていても、小松だとわかるだろう

「小松さん。お待たせしました」

顔を上げる小松
俺の姿を見つけ、柔和な表情を浮かべる

「明神さん。お疲れ様です」

「こちらこそ。お待たせしました」

「立ち話も難なので座ってください」

俺と大城は隣り合って座った
俺はキャラメルラテを注文することにした

このコーヒーの苦味とキャラメルの甘味のハーモニーが絶妙だ
どこのカフェに行ってもついつい頼んでしまう
逆にメニューにないとメニューに入れてもらうよう進言したくなってしまう
実際にやったことはないが…

「明神さんも今日仕事だったんですか?」

「そうですね」

「私服通勤なんですね」

「まあ、コールセンターのオペレーターなもんで。とは言っても仕事中は制服着ますけど」

「なるほど。大城君は営業だったっけ?」

「そうですね」

「二人とも正社員なんですか?いや僕は元々フリーターでギャル男だったんですよ」

「え?そうなんですか?」

「まあ、そうは見えないってよく言われるんですけどね」

言われてみると面影がないわけではない
おそらく日焼けサロンで焼いていたと思われる肌はやや黒かった

といっても荒れている状態ではなく、艶のある小麦色だった
ちなみに髪の色は真っ黒だった

「髪も茶髪だったり、メッシュ入れてたり、ブリーチしてサイヤ人みたいだったりでしたね。肌もよく海に行ったり、日サロに行ったりしてましたし」

変われば変わるものだ
俺はますます小松をここまで変えたネットワークビジネスという手段に興味を持った

「この仕事は僕にとっては天職みたいなもんですね。一旦収入が入る仕組みさえ作ってしまえば後は勝手に入って来ますからね。しかも、収入はほぼ無限に増やすことが出来ますし」

小松の言葉には不思議な説得力があった
気付けば俺は彼の話に聞き入っていた
大城もその通りと言わんばかりにただ頷いていた

「失礼致します」

どうやらキャラメルラテが来たようだ

ウェイトレスはセミロングヘアで右側が黒髪になっており、左側が赤みがかった茶髪だった
髪型も特徴的だったが、強い目力と何よりもそこはかとなく漂う影のある雰囲気が印象的だった

「明神さんは権利収入いくら欲しいですか?」

「え…」

予想外の質問に俺はすぐには言葉が出て来なかった

「大城君はいくら欲しいんだっけ?」

「とりあえず50万ですね」

「月収で?」

「もちろんです」

「だよね。年収とかだったら今やってる仕事より少ないもんな」

月収50万ということは1年で600万円になる
俺はとりあえず今の仕事を辞められるだけの金額が欲しい

となると月収20万ぐらいだろうか
それでも一年で240万だ
しかも、権利収入だから半永久的に入る計算だ

「明神さん顔がにやけてますよ」

「まあ、今計算してたもんで」

「普通ですよ。僕はこの業界に入ってまる3年経ちますけど、未だに計算してますし、その度に顔が勝手ににやけて来ますからね」

頷く大城

「僕はお金が大好きなんで。でも、こういうことを言うと、世の中金じゃなくて…みたいなこと言う人いません?」

「確かに。でも、自分の仕事場では既に人生が終わってるような人もたくさんいますね」

「だったら尚のこと運がいいですよ。明日改めて話すんですけど、このビジネスは今超ビッグチャンスなんですよ。明神さん明日来れますか?」

「来れますね。大城君から聞きました」

「ああ、なるほど。場所は大丈夫?」

「問題ないす。一緒に行くんで」

「わかった。ちょっと駅から離れてるんですよ。新宿文化センターっていう場所でやります。日程表とかってもう渡してる?」

「あとで渡します」

「何それ?」

腕時計をチラリと見る小松
フランクミューラーだった

「大城君。とりあえず俺はこれからアポ入ってるから先に行くわ。これでよろしく」

スーツのポケットから3000円を取り出し、テーブルに置く小松
羽振りがよろしいようで…
例のどでかいルイヴィトンのボストンバックを片手に颯爽と行ってしまった

大城は仕事で使っているポーターのビジネスバックからA4サイズの紙やファイルを取り出していた

「それがさっき言ってた日程表か?」

「ああ」

エクセルで作成したと思われるカレンダーベースの日程表だった
左上に黄色い文字でTOPAZと書かれていた

「とりあえず、明日のBTって書いてあるのが、ビジネストレーニングって呼ばれてるセミナーだ。そして、土日に2つ書かれているOSってのが新しい人用のセミ ナーで、一番の目玉がこのSLって書いてあるヤツだ。これはサクセスラーニングって呼ばれるもので、実は俺も初めてだ」

「へえ…。色々あるんだな」

「そうだな。小松さんは俺らみたいな事業とかを何もやったことがない人間でも月収100万を取れるようにってことでこういったセミナーをやってくれるんだ」

「小松さんてこういうのやることで、例えば会社からいくらかもらってるとか?」

「いや、オールモスト社公式のセミナーじゃないから出ない」

「てことは自腹か?」

「そうみたいだな。俺も詳しくはわからん」

「だとしたら、スゴイよな。純粋に俺らのためにってことになるだろ?」

「まあ、俺もお前も小松さんのグループにいるから、俺らが稼げればその分のいくらかが会社から入るはずだ。俺らの分から取るわけじゃないからピンハネじゃねえしな」

「なるほど…」

「そういや、飲みもん来てたんだな。気付かなかった。お前何頼んだの?」

「俺はいつも通りキャラメルラテさ」

「ホント好きだよな」

「甘いもの好きだからな。大城は?」

「俺はブレンド。ちょっぴり苦い大人の味さ」

「大城の口からそんな言葉が出るとは。これもビジネスオーナーの影響か?なんかスーツも高そうなの着てるし」

「まあ、営業だしな。スーツはバーバリーブラックレーベルで買っちまったよ。8万だった」

「8万!よくそんな金あったな」

「まあな。でもやっぱ着心地いいし。何よりも背筋が引き締まる気がするしな」

「小松さんのスーツも高そうだよな」

「アルマーニらしいぜ。20万ぐらいしたっつってたな」

今の俺には到底出せない金額だ
小松はそれ相応の生活をしているからだろうし、何よりも男の俺が言うのも難だが、惚れ惚れするほど似合う

「おっと。俺もアポが入ってるんだった。じゃあ、また明日な」

大城も小松も忙しそうだった
それだけ充実している証拠なのだろう
俺は今日大城に呼ばれなければ、このまま真っ直ぐ家に帰っていたところだった
そして、特に何かをするわけでもなく過ごしていたことだろう

今やっているコールセンターの仕事も気が付けば3年目になっていた
だが、かと言って特に給料が増えたわけでもなく、役職が付いたわけでもない
ある意味流され続けて来てしまったようなものだった
そんな俺にも小松曰くビッグチャンスが訪れたのだ

人生には転機が必ずあると言われるが、俺にとってはこれこそが転機なのだと感じずにはいられなかった