2017/09/30

016

辺りは、少女の円らな瞳から流れ落ちる涙や、キウェインが持っている短刀から滴り落ちる鮮血の音が聞こえてきそうなほど、静まり返っていた

キウェインは瞬きもせず、表情も変えずに、短刀を構えるように持ち上げた

「ひ…」

少女は目を瞑った
体は完全に縮こまっていた

「目開けろよ。刃に付いた血を払うだけだ」

キウェインは短刀に付いていた血糊を払った
手首のスナップが利いているせいか、刃が風を切る音が聞こえた

刃風の音がするたびに、少女の体はひきつるように、小刻みに震えた
目を開けることはなかった

「ったくしょうがねぇな…。ほら、短刀はもうしまったから、早く目を開けな」

キウェインは短刀を折り畳み、少女の前にしゃがんだ
少女は恐る恐る目を開けていった

「!?」

その目には、大量の涙と怯えの感情が浮かんでいた
キウェインの顔には表情がなかったが、目には労わりの感情が見え隠れしていた

「オレが怖いか?」

少女は力無く頷いた
目から流れる涙の量が増えたようだった

キウェインはそっと少女の涙を拭い、両肩に手を置いた

「オレが見えるか?」

少女は目を見開いたように、キウェインを凝視していた
そこには、無慈悲な殺戮マシーンとは程遠い雰囲気を持ったキウェインがいた

「……う、うん」

少女の目に浮かんでいた涙と怯えの感情が少しずつ消えていった

「オレはキウェイン。おまえは?」

「?」

「おまえには名前はあるか?オレはキウェイン」

「あたしは……ルミ」

「そうか。なんでだかわかんねぇけど、今日のオレはおまえを殺せないみたいなんだ」

キウェインは立ち上がり、ルミに背を向けた

「おまえのことは見なかったことにしてやるよ。助かりたかったら、夜が明ける前にスラムに行きな。この叢出て道なりに進んでいけば辿り着くはずだ」

「…」

「早く来いよ。歩けんだろ?夜が明けたら、もっとタチのわりぃヤツらが来る。ヤツら、おまえみたいなガキが好物らしいからな」

キウェインはそのまま立ち去ろうとしていた

「…ま、待って」

ルミはおぼつかない足取りでキウェインを追いかけた

2017/09/29

015

スラム街と貧民街は、物理的に行き来はできるようになっていたが、スラム街と中流階級の街はそれが不可能だった

スラムの人間が中流階級の街へ行くには、自治体からの許可とその際に発行される所定のパスコードが必要だった
無論、年収が最低でも500クレジット以上である、というのは言うまでもない

中流階級の街は、「1区」にある数台の次元転送マシーンが唯一の出入口だった
ここでパスコードを入力するのだ

なおこのマシーンは、電話ボックスのような造りで、人1人分のスペースしかなく、入ろうとする人間が条件を満たしているかどうかも、事前に感知しているようだった
条件を満たしていない場合は、いかなる手段を用いても開かないようになっていた

以前、このマシーンを鈍器で破壊しようとした人間がいたが、破壊できるような強度ではなく、マシーンから発射された鋼鉄をも溶かす熱線で返り討ちされた

これ以降は、そのような愚行を犯す人間は誰1人としていなかった

キウェインがアイコと初対面を果たし、カラダの関係を持ったのは、スラム街でだった
これはアイコの配慮によるものだった

スラム街で暮らすキウェインは、当時中流階級の街へ立ち入る条件を満たしていなかった
逆にアイコがスラム街へ立ち入ることは問題なかった

なお、キウェインが中流階級の街へ立ち入る許可が出たのは、アイコから報酬として50クレジットを受け取ってから、間もなくだった


自治体はどのような手段で、住民たちの収入を調査しているのだろうか

2017/09/28

014

アイコはタバコに火を点けていた

タバコは銘柄にもよるが、平均すると約0.1クレジット程度となっており、ここ10年の間に5倍程度価格が高騰していた

これはスラムでも中流階級でも同じだった

国はタバコを市場に流すにあたって、「タバコ税」という税金がかけていた
タバコの原料となる、タバコの葉はそれほど価格が上がっているわけではなかったため、この税率が上がっていることが直接の要因だろう

「キウェインてタバコ吸ってなかったっけ?」

「いや」

「吸ってそうだけどね~」

「よく言われる。まぁ、オレが吸うのは」

「ああ~。ハイハイ、言わなくていいよ」

タバコがスラムでも消費されていたのは、価格がもっと低かった時期の話だ
この価格になってからは、スラムの道路にタバコの吸殻が捨てられることはなくなった



キウェインのスマートフォンにLEDが点灯していた
アイコからメールが来ていたようだった

『今日も良かったぞ!報酬だけど、100クレジット振り込んだからね!』

キウェインにとっては破格の金額だった
また報酬の額としては過去最高だった

アイコとは、逆援助交際という名目で定期的に情事を行っていた
指定される場所は、今回もだったが、高級ホテルのスイートルームだった

この界隈は、キウェインたちがいたホテル以外にも、数多くの高級ホテルが立ち並ぶところだった
車道は片道2車線で、行き交う車は全て高級外車ばかりだった
無論、どの車も制限速度オーバーという言葉が、最初から存在していなかったかのように整然と通行していた

アイコは聞くところによると、年収700800クレジットの夫を持つ既婚者で、結婚を期に会社勤めは辞めたとのことだった
専業主婦という建て前で、遊び呆けているのだろう

彼女の夫は、妻の実態を知っているのだろうか?


仮に知っているとしたら、「仕事に忙殺されていて、勘付いていてもそこまで気が回らない」か「すでに気付いていて、何らかの手段で証拠を集めている」かのどちらかだろう

2017/09/27

013

殺戮マシーンは、その任務の性質上、携わる人間はトリプルゼロやトリプルワンのようにコードネーム化されていた

コードネームは、名目上トリプルナインまで用意されていたが、基本的に交流はなかった
皆お互いの名前はおろか、顔さえも知らないのが当たり前だった
実際には、トリプルナインまで殺戮マシーンが存在していない可能性もゼロではなかった

また、コードネーム化する意味合いとしては、携わる人間に何らかの理由で欠員が発生しても、任務に支障を来たさないようにする、ということでもあった

トリプルワンは、キウェインが任務をある程度こなせるようになるまでは一緒に行動していた
キウェインは、若いながらも非常にセンスが良かったため、ほどなくして1人で任務をこなすようになり、それが当然のことのようになっていた

脱出者=侵入者
侵入者=死あるのみ

日々この公式に則り、何も疑問を抱くことなく、文字通り殺戮マシーンとして任務をこなすのみだった


キウェインの頭の中は、いかに効率良く侵入者の息の根を止めるかのみ、常に考えている状態だったに違いない

2017/09/26

012

間接照明の淡い灯りに包まれた部屋
カーテンは閉まっていた

そして、部屋は広かった
内装はシンプルで、造りや色合いから、そこがスラム街のラブホテルではないことは間違いないだろう

ダブルベッドでは、女性が肩幅の広いオトコの肩甲骨にしがみついて、喘いでいた
オトコは、胴回りだけなら細身の部類に入るだろう
しかし、腰から上、特に腹筋や胸、肩、腕の筋肉が凄まじかった

絶頂を迎えたかのような甲高い喘ぎ声が響き渡った
女性は、崩れ落ちるようにオトコに抱きついた
全身は小刻みに震えていた

オトコは、キウェインだった



「前から気になってたんだけどさ」

「ん?」

この女性は、ルミよりも10歳ほど年上だろう
共通点は、細身であること、顔が小さいことだった
それ以外の部分は対照的だった

身長は170cm近くあり、切れ長な目をしていた
黒目よりも白目が多く、眉も釣り上がっていたため、相手にはきつい印象を与えがちだろう

「キウェインて、スポーツやってて、全国とか行ったことあるの?」

女性はキウェインの、見事なまでに4段に分かれた腹筋を弄っていた

「いや、別に。なんで?」

「この腹筋もそうだし、胸とか、腕とか、筋肉がスゴイから」

「あ~、なるほど

「あれじゃん?毎日毎日オンナとっかえひっかえやってるからじゃん?」

そうかもな。オンナとやるのは、ある意味肉弾戦だからな。ここ最近、オンナより先に逝くこともないしな」

「あんなスゴイの入ってきたら、耐えられるオンナいないって」

「まぁ、アイコが1番早いけどな」

「ふ~んだ。でも、これは耐えられないでしょ?」

アイコは、口でキウェインの、下半身で最も敏感な場所を愛撫しはじめた

「う

キウェインは、指でアイコの、下半身で最も濡れている場所を弄り回していた

「んんん~」

アイコは、口の動きが速くなっていた
キウェインの指が、アイコの奥にある過敏な場所を、ひたすら刺激しているからだろう


同じタイミングで絶頂を迎えることができれば、理想的だろう

2017/09/25

011

「ほぉ。なかなかやるな。こいつらはハッキリ言って雑魚に等しいが、さすがに数人ぐらいだと手こずっただろう?」

別に。だって、こいつら父さんと母さんをこんなにするのに夢中で、オレが近付いても全く気付かなかったよ。だから、簡単だった」

少年は全身に大量の返り血を浴びていたが、自身は無傷のようだった
少年の近くには、漆黒のボディースーツを着た長身の男がいた

どちらかといえば細身だったが、肩幅が広く、ボディスーツの上からでも、全身に鍛え上げられた筋肉があるのがわかるほどだった

「フッ、そうか。ところでその短刀はおまえのものか?」

「いや、後ろの方でオレを押さえてたヤツのだよ。なんか色々しゃべるのに夢中だったみたいだったから、盗むの簡単だった」

「なるほど

「アンタは、こいつらの仲間?」

「一応、そうなるな」

「なんで、オレを殺さないの?オレ、アンタの仲間、こんなにバラバラにしちゃったのに

「おまえがこいつらを殺したのは、こいつらがおまえの両親を殺したからだろう?違うか?」

そうだよ」

「だったら、オレがおまえを殺す理由はない、ということだ」


これまで無表情だった少年に、暗澹の色が浮かんだようだった

「オレ独りぼっちなんだよな?」

「だろうな」

「なぁオレを殺してくれよ」

「なぜだ?」

「だってさ。こっから先、どうやって生きてけばいんだよ!」

少年の目には涙が浮かんでいた

「オレは貧民街で生まれて、両親の顔を知らない。そして、気付いたらここで殺戮マシーンとして生きていくことになった。ほかの選択肢はなかった」


「今、この監視場はオレしかいない。このまま道なりに進めばスラムに辿り着ける。貧民街よりずっとまともな場所だ。だが生きるのにはカネを稼ぐ必要がある。どうだ?しばらくここで、オレとともに殺戮マシーンとして生きてみる気はないか?」

さつりく、マシーン

「言っとくが、今のおまえにほかの選択肢はない。それはわかるだろ?」

わかったよ。どうすればいいんだ?」

「ひとまずは、侵入者の監視だ。これからどんどん夜が更けてくる。闇に紛れて貧民街からどんどん侵入者が増えてくる。ヤツらは追い立てたぐらいでは効果がない。だから、おまえがやったように一瞬で喉を切り裂くのが1番だ」

了解」

「ところで、おまえの名前はなんて言うんだ?オレはここの任務用のトリプルワンっていうコードナンバーしかないが」

「キウェイン」

「そうか」

「トリプルワン、オレもコードナンバーがほしい」

トリプルゼロでどうだ?」

「了解


殺戮マシーン トリプルゼロの誕生だった

2017/09/24

010

少年は、10歳ほどだろう
瞬きもせずに、ひたすら目の前で起きていることを眺めているようだった
スラムの監視員に取り押さえられていたのだ

時刻は21~22時ごろだったため、森は灯りなしでは足元が見えないほど暗くなっていたが、彼らの周りは昼間並みの灯りが用意されていた

数人の監視員たちが罵声とともに2人の人間に暴行を加えていた
この界隈でよく起こる殺戮の現場だった

「へっへっへ。かわいそうになぁ…。さっきまで必死こいて命乞いしてたのによ。しかし、あいつら容赦ねぇなぁ…。あの音だと体の骨完全にイってんだろうな。きっと内臓も…」

少年は恐ろしく無表情だった
目はどこを見ているかよくわからないような目付きだった
また、黒目よりも白目の方が多かった

「うわ…。こりゃバラバラ事件だなぁ…。へっへっへっへ、スラムん中だと完全に犯罪だけどよ。ここだと秩序を守るための一環っつう扱いになるんだからなぁ…。ん?」

取り押さえていたはずの少年が姿を消していた

「おい、どこに行…」

その監視員は背後から喉を切り裂かれたようだった
倒れたあとは2度と起き上がることはなかった

少年の手には鮮血の付いた短刀が握られていた
足元は滴り落ちる鮮血で赤く染まっていった

暴行を加えている監視員たちは、全く気付いていないようだった
目の前の獲物をいたぶって殺し、原形をとどめない状態にするのに集中していたからだろう

少年は彼らの元に、ゆっくりと向かって行った
表情、顔色1つ変えずに

2017/09/23

009

貧民街とスラム街の境界は、実質無法地帯だった
スラム街の秩序を守るという名目の、24時間体制の監視場が設置されていたが、実際に行われているのは、脱出してきた貧民たちの殺戮だった

貧民街から脱出を図ろうとする人間は後を絶たない
自治体からは完全に見放されており、衣食住や労働環境は無きに等しい状態だった

雨風を凌ぎ、まともに居住できる場所は無人の荒廃した建物ぐらいだった
しかし、建物内部に空きがない場合は、野宿せざるを得ない状態だった

このような環境では、生存率よりも死亡率の方が高くなるはずだったが、統計上はほぼ変わりがないようだった

自治体では、年収200クレジット未満の人間たちを総称して「ワーキングプア」と呼んでいた


この状況は、彼らがスラム街を追われ、貧民街に居住せざるを得ない状態に陥ったことで発生しているに違いなかった

2017/09/22

008

キウェインは9区に住んでいた
7区からは電車で15分程度だった

スラム街の鉄道は、地上を走る1区から20区を結ぶ路線1本のみだった
21区以降は「貧民街」になってしまう

スラム街は、年収200クレジット以上500クレジット未満の人間たちが住む場所だった
年収が200クレジット未満の人間たちは、劣悪な環境となる「貧民街」に身を置くしかなくなるのだ

9区は、どちらかと言えば住宅街だろう
スラム街の中でも比較的治安が良く、住みやすい地域と言われている

おそらく、年収も250クレジット以上の人間が住んでいるに違いない
ここには、カネに見放された連中が発する腐臭のようなオーラはなかった

キウェインは、定期的な逆援助交際によって年収だけなら中流階級並みだった
自治体からも中流階級の街へ居住する権利は与えられていた

だが、キウェインは敢えてその権利を行使していなかった
逆援助交際でよく行くことが多いからかもしれないが、ただ単に肌が合わないだけ、ということかもしれなかった


特にスラム街で暮らすことに不自由を感じていなかった、というのも理由の1つだろう

2017/09/21

007

キウェインは目を覚ました

窓のない、朝も夜もない部屋だった
ここで行われることを踏まえれば、理に適っていると言えるだろう

「起きてたの?」

ルミも目を覚ましていたようだった
キウェインと目が合うと、その円らな黒目はより大きくなった

「う!?」

キウェインは頭を抱えて蹲った

「どうしたの!?」

「頭が……、痛い……

キウェインの体は小刻みに震えていた


ルミはキウェインを抱きしめた
そのようにするしかなかったのだろう
かける言葉がなかったのは想像に難くない

この状況は、時間が解決するのを待つしかないようだった



治まった?」

「ああ……。たぶん、大丈夫だと思う……

「頭痛持ち?」

「いや。なんかよくわからない。しかも耳鳴りもひどかった

「そうなんだ

キウェインは蹲ったままだったが、小刻みな震えは収まっていたようだ
ルミは、キウェインの背中を撫でていた

「ねぇ、報酬なんだけど」

「いや、いいよ。宿泊代だけ出してくれれば、あとはボランティアで」

「え!?でも

「ルミちゃんはそれなりにカネ稼いでそうだけど、スラムにいるってことは、どんなに頑張っても月30ぐらいだよね?」

「そんなには稼いでないけど。でも、今日はすごくよかったの。だから

「オレは別にルミちゃんに同情してるわけじゃない。まあ、カネはないよりあった方がいいけど、なんか受け取る気になれない。なんでだかわかんないけど

安すぎたの?5クレジットから出来高で10クレジットだと」

「いや、そういわけじゃないんだよな。なんかモヤモヤしててよくわからない

キウェインの言葉は要領を得なかったが、意思は固そうだった

「そう………。じゃあ

ルミはキウェインの肩に手を掛けた

「ん?」

キウェインは顔を上げる
いまひとつ焦点が合っていないような表情だった

「もう1回、あたしを満たして

キウェインをねだるように見つめる、その黒目は潤んでおり、そしてとにかく大きかった

「延長になったら、その分払ってもらうぜ?」

「いいよ

ルミは、そのままキウェインに抱き付いた
2人は対面座位の形になった

子ネコが鳴くような喘ぎ声が部屋中に響き渡った



2人がラブホテルを後にしたのは、14時ごろだった
宿泊代は、延長代も含めて2クレジット程度となった

全額ルミ持ちだったが

日中のホテル街は、派手なネオンがないため殺風景だった
場所も場所だけに人通りも少ない

「ねぇ、また会ってくれる?」

「そうだなぁ

キウェインは満更でもなさそうだった
ルミはニヤニヤしながらキウェインの手を握り締めていた

「キウェインも気持ちよかったんでしょ~?」

「まぁ、30過ぎのオンナより締りがよかったからな」

「もぉ、何それ~。いっぱい出してたくせに~」

「ああ、そうさ。いけませんか?」

「いけないなんて言ってないもん」

キウェインはルミの反応を面白がっているようだった

「あ、そうだ。話変わるけど、ルミちゃんて黒似合わないよね。なんか色に負けてる」

「え?そう?」

「今まで言われたことなかった?」

「うん」

「アクセの色はゴールドだから、似合ってるね。ルミちゃんは、肌の色とか艶とか、質感、目の色。春だね」

「春

「似合う色は、原色以外の濃い色。オレンジ、黄色、ピンク、緑もいけるかな。オレが着れない色だね。どうしても黒を着たい場合は、上じゃなくて下に持って来た方がいいね。覚えといて。今度会うときに色が合ってるかチェックするから」

うん


2人は、傍から見ると、お互いの中に入り合って、より精神的な距離が縮まった恋人にしか見えないだろう

2017/09/20

006

叢に潜んでいた少女は、体の震えが止まらないようだった
寒さではなく、恐れから来るものだろう

「随分と怯えてるなぁ。そんなに怖いのか?大丈夫さ。大人しくしてれば、すぐにお父さんとお母さんのいる場所に連れてってやるよ」

相手は、おそらく両親を一瞬で殺してしまっているだろう
何人もの人間を、いとも簡単に葬っている殺戮マシーンのはず

「わかったよ。今そっちに行くよ。死ぬ前にオレの姿を拝ませてやるよ。感謝しな。多くの連中はそれすらできずに、亡骸になっちまうんだからな」

少女の前に、音もなくキウェインが現れた
草と体が接触する音、少女の場所に向かってくる足音、一切しなかったのだ

「ひ……」

キウェインは漆黒のボディスーツを身につけており、両目は暗視ゴーグルで隠れていた
口元は無一文字のため、そのマシーン振りがより顕著になっていた

「あ…、ひ…」

少女は、腰が竦み、声も出なくなっているようだった
顔は完全に泣き顔になっており、目には涙が溢れていた
まるで、飼い主に捨てられた子犬を彷彿とさせる、悲しげで円らな瞳だった

キウェインは暗視ゴーグルを外した

顔の輪郭はシャープで、切れ長な目だった
美形だったが、恐ろしく無表情で、黒目よりも白目の割合が多かった
その黒目も、どこを見ているかわからないような目付きだったが、どことなく少女を視界に見据えてはいるようだった

少女は言葉を発することができず、口元は震えていた
すでに涙は止めどなく流れていた

キウェインの足元にある草は黒くなっていた
手に握られた短刀の切先から滴り落ちる、犠牲者たちの血によるものだった

2017/09/19

005

「いい匂いする~

ルミは、キウェインの胸に何度もキスしていた
シャンデリアの照度は落ちていたが、光の加減と色で、ルミの体が汗を掻いていたためか、赤紫色に光って見えた

「いい匂いって、どんな匂い?」

「癒される匂い~

キウェインは、ルミがキスしていく場所が下半身に近付いているのを観察していた

「あ、まだ元気そう~

キウェインは、ルミの様子を観察するのを止めて、天井に視線を移した
2ラウンド目が間もなく始まろうとしていた



キウェインは浴槽に浸かった状態で、シャワーを浴びているルミの背中・腰・尻辺りのラインを見ていた
突起物に跨って、甲高く喘いでいたときには見えなかった場所だ
濡れていくルミの体は、汗を掻いていたときとはまた違った艶やかさがあった

ザバッという音とともに、キウェインが浴槽からあがった
ルミは、ちょうどシャワーを止めたところだった

「あ……。そんな触られ方したら。ダメ。欲しくなっちゃう

キウェインは、ルミの背後から、そのふくよかな胸の膨らみを弄びつつ、首に何度もキスしていた

大量のキスマークが付くのは間違いなさそうだった

2017/09/18

004

そこは、貧民街とスラム街との境界線にある森だった

ここの監視員は24時間交代制になっており、その日の深夜はキウェインのみ配置されていた
当時、キウェインはまだ未成年だった

しかし、侵入者の締め出し率に関しては、すでに監視員の中でもトップレベルだった
特に、相手の息の根を一瞬で止めてしまう殺傷能力が群を抜いていた

多くの監視員たちは、多勢無勢の状態を作り出し、寄ってたかって罵声を浴びせながら、憐れな貧民たちを嬲り殺しにしていたため、キウェインは異色の存在だった

深夜は、闇に紛れて侵入者が断続的に現れる
図ったかのように、一定の時間で23人ずつ現れるのだった

このため、スラム側は敢えて殺戮マシーンのように任務をこなせる人間を少なめに配置していた
キウェインもそのうちの1人だった

その日は珍しく侵入者が1人もいなかった

時刻は、ちょうど午前2
2人組の侵入者が現れた

キウェインは暗視ゴーグルで侵入者を確認し、いつものように任務を遂行した
憐れな侵入者たちは、抵抗する間もなく息の根を止められてしまった
キウェインの短刀が喉を切り裂いたのだ

20代後半から30代前半の男女だった
恋人同士だろうか?

キウェインは辺りを見回していた
この男女以外に侵入者らしき人影は見当たらなかった

「そこにいるんだろ?隠れてないで出てこいよ」

キウェインは、短刀を叢に向けた
叢に彼らとは別の侵入者が潜んでいるのだろうか?

「姿は隠せても、気配までは隠せないみたいだな。バレバレだぜ?言っとくが、この距離だったら、この短刀、おまえの急所に確実に刺さるぜ?」

短刀が向けられた叢は、キウェインと5mほど離れていた
しかもキウェインは、腕を体の横に伸ばし、短刀を向けていた

叢が完全に視界に入っていない状態だったのだ

2017/09/17

003

キウェインたちが向かったラブホテルは、駅から約5分程度の場所にあった
アンティーク調の概観で、一見すると、ラブホテルと分からない造りだった

「へぇ~。こんな近くにあったんですね~」

ルミの反応は非常に分かりやすかった
そして、表裏もないようだった

キウェインは、スラムのラブホテルに来るのは久しぶりだった
これまでの「逆援助者」たちは、中流階級だったため、指定される場所が高級ホテルのスイートルームばかりだった

宿泊費は、どんなに安くても5クレジット、場合によっては10クレジット程度だったに違いない

もっとも、キウェインが宿泊費を負担することはなかったが



「ひろ~いかわいい~

選んだ部屋は、宿泊費が1.5クレジットだった

このホテルの宿泊費は、部屋によって異なっており、最低でも1クレジット、最高でも2クレジットだった
料金の差は、内装やアメニティの類によるものではなく、おそらく部屋の広さだろう

「あ、ベッドもかわいい~

ベッドに限らず、この部屋は女性受けする要素が多く含まれているようだった

壁は赤紫色で、照明器具にはシャンデリアが使われていた
また、名前はよくわからないが、高さ2mほどの観葉植物も置かれていた

「ねぇ

キウェインを見つめる、その小動物を連想させる円らな瞳には、淫らな感情が溢れているようだった

ここから先、やるべきことは1つしかないだろう



「あ……、硬い

2人は生まれたままの姿になっていた

キウェインはルミに覆い被さり、ゆっくりと、泳ぐように腰を動かしていた
ルミはキウェインの肩甲骨を掴み、膝を曲げ立てた状態で、股を開いていた

「気持ちいい?」

「あ、う、う、う、あぁん」

ルミが発していたものはもはや言葉ではなかったが、性的に満たされているのは明らかだった

キウェインは、泳ぐ速度を徐々に上げていった
ルミの喘ぎが、それに比例して甲高くなっていく


絶頂が間近に迫っているのは間違いないだろう

2017/09/16

002

メールにあったように、確かにポストの近くに、女性が1人いた

全身黒尽くめで、細身で、小柄だった
おそらく150cm前後だろう

キウェインは定職に就いておらず、「なんでも屋」を生業として生きていた
しかし、それは建前上の話で、収入の大半が「逆援助交際」によるものだった

ネットサーフィンをしていたとき、偶然その手の広告を見つけたのだ
たいていはサクラだろうが、その広告は、何かが違っていた

それは根拠のない直感的なものだったが、キウェインはそれを信じることにした
これまで生きてきた中で、直感の導きに従った方が、色々な意味でよかったのだ

結果的に、その逆援助により50クレジット(※)という破格の報酬を手に入れることができた

キウェインは、電話をかける準備をした
メールの主は、この女性でほぼ間違いないだろうが、敢えて電話をかけることした

(※)1クレジットは日本で言うところの10000円に相当します



スマートフォンから呼び出し音が鳴っていた

キウェインは、この小柄な女性を注視していた
電話に気付いたのか、ハンドバックをゴソゴソとやっているようだった

「はい、ルミです」

舌足らずな話し方だった

「どうも、キウェインです。今改札のところにいます。これから向かいます。自分も全身黒尽くめなので」

「あ、は~い♪」

一般的に女性は声フェチが多い
そして、その手の女性が好む声質は、ある程度決まっているとも言われている

キウェインはその性質を上手く利用し、数々の逆援助をことごとく成功させてきた



「はじめまして♪」

ルミは、キウェインにとって珍しい部類の女性だった

今まで逆援助をしてきた女性は、どんなに若くても30代前半だった
皆、背が高く細身で、きつめな顔立ちの女性ばかりだった
また、彼女たちは年収500クレジット以上1000クレジット未満の夫を持つ既婚者でもあった

スラム街で生活しているキウェインにはよくわからなかったが、この年収帯の連中は、「使うカネはあっても時間がない」ようだった

おそらく彼女たちの夫は、組織から与えられている権限以上の仕事をやらなければならない状況なのだろう
その結果、どうしても就業時間が長くなり、夫婦の関係に使う時間と体力が残っていない

彼女たちがそれに不満だったのは間違いないだろう

ルミが今までの女性たちと明らかに異なるのは、その目付きだった
黒目の割合が白目よりも多いのだ
ハムスターや子犬に近いものがあった

さぞかし多くのオトコどもから言い寄られたことだろう
そして、パーソナルデータに載っていた「20代前半~半ば」というのも、ウソではなさそうだった

「立ち話も難なので、行きましょうか」

「あ、ハイ!」

ルミからは、恋人と初めてのデートに行くかのような、高揚した感情が発せられているようだった



「キウェインさんは、こ~ゆうの何回もやってるんですか?」

「まあ、それなりに」

「みんな、あたしぐらいの年だったんですか?」

「いや、その逆でしたね。若くても30代前半で、しかも既婚者ばかりでしたよ」

「へぇ~、じゃあ~、あたしは珍しい感じですか?」

「そうですね。ルミさんみたいな子は、こういうのよりも、普通に彼氏を作って、その彼氏以外のオトコとはしない。そんな印象ですね」

「あ~、よく言われますね~」

7区は歓楽街だった
駅前には、大小様々な商業施設が立ち並んでいた

キウェインたちはホテル街に向かっていた
ここには100件近いラブホテルがあると言われている

料金は、宿泊で3クレジット程度かかるところもあれば、0.5~0.6クレジット程度のところもあった
質が値段に比例しているのは言うまでもない

2017/09/15

001

スマートフォンに、メール受信を知らせるLEDが点灯した
ここ23年、急速に普及しだした、パソコンの機能をベースに作られた多機能携帯電話だ

従来の携帯電話と比較すると、よりパソコンに近い
イメージとしては、電話機能が付いた小型のパソコンだろう

メール内容は以下のようになっていた

『着きました!ポストの近くに立ってます!たぶんわたししかいないので、すぐわかると思います!』

キウェインは、「7区」駅の改札口付近にいた
ちょうど柱にもたれかかっている状態だった

スラム街は、「1区」「7区」のように番号で分けられていた
自治体が管理しやすくするためだろう

なおスラム街は、ここ数年増加する一方だった
現在は、貧民街も含めるとおそらく「30区」程度あるはずだった

また噂によると、貧民街には鉄道が通っていないらしかった
そして、貧民街と隣接するスラム街では、貧民街から間違えて入ってきた人間でも意図的に入ってきた人間でも、見境なくありとあらゆる方法で締め出しているとのこと

それによって、命を落とした人間は、おそらく何千人というレベルだろう

しかし、そういった情報はメディアには一切流れない
流す必要性がないのだろう

「貧民街にいる連中は、犬畜生以下の虫けらかゴミに等しい。そんな連中は生きる価値などない」


これが、自治体の言い分だろう

2017/09/14

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スラムの定義は、都市部で極貧層が居住する過密化した地区のことだ
スラム街、貧民街などと呼ばれることもある

また、都市の他の地区が受けられる公共サービスが受けられないなど、荒廃状態を指す意味合いもある

この街は色々な意味で荒廃していたが、貧民街というよりはスラム街だった

キウェインは、行き交う人間たちをそれとなく観察していた

大半の連中は目が死んでいたし、常に何かに追い立てられているように見えた
身につけているものも、決して安くはないだろうが、彼らには明らかにオーバースペックで、逆にみすぼらしく見えた

まるで、ゾンビか奴隷のように見えるのだった



キウェインには、過去の記憶がなかった
欠落している、といった状態だった

特に顕著なのが幼少期の記憶だった
どのような幼少期だったのかと尋ねられても、答えられなかった

「昔のことなので覚えていない」ではなく「存在していたかどうかわからない」という状態でもあった

この症状は

ある一定の時期から発症したものなのか?
あるいは、生まれたときから発症しているものなのか?

皆目見当がつかないのだった

しかし、キウェインは特に気にしていなかった

今まで生きてきた約27年間、そのことで困ることがなかったからだ