2017/08/14

■42

JR八王子駅の改札口から大城が出てくる

ちょうど小松がいつもの格好で足早に歩いていくのが見えた
小松は急いでいる様子で、大城に気付くことはなかった

大城は小松に気付き、携帯電話を取り出そうとしたが、思い直したようにしまった



真奈美は中野サンプラザ前で電話をしていた

「いや、なんかね~。1人バックレられちゃってぇ。そんなことないって。うん…。まあ、そうだね。1人はあたしの直ダウンで~、もう1人はそのバックレたヤツのダウンみたい。うん…。確かに変な組み合わせだけど~。最終的にはあたしのダウンが増えればそれでいいし。うん…。外にいるよ。だって、つまんないじゃん?どうせよくありがちなエピソードばっかだし。う~ん…。わかったよ。戻るよ。外も寒いし。うん、じゃあね~」

面白くなさそうな様子でルイ・ヴィトンのシガレットケースからタバコを取り出し、ジバンシイのライターで火をつける真奈美



壇上には十人ほど横一列に並んでおり、司会がテンション高めに一人一人を紹介していた

俺は最後列に座っていたため、全くと言っていいほど顔が見えず、しかもこういった群集心理が働くような場では逆に冷静になってしまう
あまりにも狙いというか意図が見え過ぎてしまうため、全くと言っていいほど乗れないのだ

これからの流れは、壇上に上がっている人たちのいわゆる在り来たりなサクセスストーリー的な話がひたすら続くことだろう
基本的に興味のないことに関してはとことん無関心になってしまう

今回のセミナーに関しても同様で、招待してくれた真奈美には申し訳ないが、すぐにでも立ち去りたかった

香織がノートを俺の膝に置く
何だろうか?

俺は一瞬何が起こったのかわからなかった
香織を見るとノートを指差した
ノートには『私も今ものすごく帰りたいです!』

どうやら俺の思っていたことを香織は察したようだ
確かに今回は口にこそ出さなかったが、おそらく態度や雰囲気に出てしまったのだろう

俺もノートに書き込むことにした

『じゃあ、帰りますか? あの子戻って来なさそうだし』

『でも、コートとバックがあるんで戻ってくるんじゃ?外も寒いし』

『そういえばそうすね。じゃあ、あの子に渡して帰りますか?』

『それ、乗ります!』

香織は楽しんでいるようだった

俺と香織は会場を後にすることにした
ちょうど外から入ってくる真奈美とバッタリ鉢合わせする形になった

「あれ?なんであたしのコートとか持ってんの?」

真奈美はとにかくタバコ臭かった
おそらくついさっきまで何本も吸っていたのだろう

「ん?寒いんじゃないかって思ったから、持って来たんだけど。必要なかった?」

「いや…。そういうわけじゃ、ないけど…」

真奈美は寒さで口が回らないせいか、舌足らずな口調がより強調されていた

「とりあえず、これ渡しとくね」

香織は持っていたコートとバックを真奈美に押し付けるように手渡した

真奈美は状況がよく掴めていないような状態だった
おそらくセミナーの内容に興味が持てなかったのだろう
真奈美にとっては寒さと会場にいるのとでは、寒さの方が数段マシだったに違いない

「…帰っちゃうの?」

「うん。だって真奈美が楽しめないものを私たちが楽しめると思う?Bさん失格だよ」

そのままスタスタと歩いていく香織

「…」

さすがの真奈美もショックを隠せない様子だった
目の焦点が定まっておらず、表情は抜け殻のようになっていた
香織から渡されたコートとバックも今にも落としそうだった

「まあ、人に勧めるんだったら、もっと自分自身が心から楽しめるものにした方がいいと思いますよ。自分たちに限らず、人間て興味の持てないものに時間を費やせるほど優秀じゃないはずなんで」

どうやら真奈美は完全にほかのことを考えているようだった
俺の言葉はおそらく届いていないだろう

香織は立ち止まることなく歩いていた
とりあえず俺は香織の後を追った方がよさそうだ
何よりも早くこの場から立ち去りたかった

「では」

「…アイツは、気をつけた方がいいよ」

真奈美の言い方がうわ言のようだったため、何のことかよくわからなかった

「アイツとは?」

「アップラインだよ」

大城のことだろうか?
それとも小松のことだろうか?
おそらく後者の可能性が高いと思われるが、特に言及する気にはならなかった

「香織はあんたのこと好きだよ。アイツは人を金だと思ってる」

真奈美は誰かに話すような口調ではなく、独り言のように話していた
無論俺も5割から7割ぐらい聞き流していた
真奈美は置いて立ち去ることにした

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