2017/07/22

■19

教壇のところに小松と似たような格好をした人物がやってくる
雰囲気は小松とは正反対で、どちらかといえば堅い業界で仕事をしているようなタイプだった
彼も小松ほどではなかったが、オーラが感じられた

「会の開催に先立ちまして、お手持ちの携帯電話など音の鳴る通信機器を電源を切るまたはマナーモードにして頂くようご協力お願致します」

どうやらこの人物は司会のようだ

大城は何もせず
おそらくマナーモードになっているのだろう
俺は外では常にマナーモードに設定しているので問題ない

「よろしいでしょうか?それでは、始めさせて頂きたいと思います。本日はビジネストレーニングということですが、今回の内容はこのビジネスを進める上で重要且つ基本的なものになっています。知らずにビジネスをすることはチェーンの外れた自転車を漕いでいるのと同じことだと、結果を出している方は口を揃えて言われる内容でもあります。その内容をお話頂く方はみなさまご存知の小松佳孝さんです。元々はフリーターで正社員経験は一切ないとのことです。まさしく生きたサクセスストーリーと言っても過言ではないでしょう。では長くなりましたが、小松さんお願い致します」

会場は拍手が鳴り響く

大城はノートを見返しており、拍手はしているかいないかほど軽くしているだけだった
俺もそうだが、こういった拍手喝采の場はあまり好きではない
むしろ周囲の熱気に比例して逆に冷静になってしまう

颯爽と教壇のところにやってくる小松

手には手板とA4サイズのファイルがあった
おそらく原稿だろう
ファイルを見開き状態にし、手板をその左に置き、マイクの調子を確かめている

会場には大きなスピーカーが左右の壁に備え付けられており、そこから小松がマイクの頭を叩く音が聞こえる
問題ないようだ

「こんばんは」

会場全体が小松の声に呼応する形で

「こんばんは!」

まるで口裏を合わせたかのようだった

「生きたサクセスストーリーの小松です」

ニヤリと笑い、後ろの方に視線を向ける小松
おそらく、さっきの司会者でも見ていたのだろう
その笑みは苦笑という感じではなく

『なかなか面白いこと言うじゃねえか』

という笑みだった

「今日はビジネストレーニングということですが、とりあえずオールモストはスゴイ。何がスゴイかというと」

ホワイトボードに板書を始める小松
その様子も以外と様になっていた
ホワイトボードには『権利収入』と書かれていた

「これですよね。権利収入。みなさんはこれが欲しくて、この権利収入を取るためのノウハウを得るためにわざわざこの夜8時という時間、高い交通費をかけたり、周りの白い目を掻い潜って仕事を抜け出してきたり、中には仕事自体さぼった人もいらっしゃると思います」

大城はひたすらノートに書き込んでいた
どうやら小松の言ったことを一字一句漏らさず書いているようだった
俺は聞いているだけで精一杯だったので、板書されたもののみを書くことにした

「でも、まだこれ以外にあります。何だと思いますか?」

小松は教壇に手を着いて会場を見渡した
一通り見渡したあと、ニヤリと笑い板書を始める

「自分自身がスゴくなれることです」

ホワイトボードにもそのように書かれていた

「実は今書いたこの自分自身がスゴくなれるというのが、このビジネスの醍醐味でもあります。もちろん権利収入も醍醐味の一つですけどね。でも、この権利収入というのは何もしなかったら、当然のことながら手に入りません。では、何をするのか?それをこれからお話しします」

ホワイトボードを消し始める小松
そして、見開きになっているファイルをチラリと見る

「まずは今までの自分を変えることから始めてください。なぜかというと今の自分自身が置かれている状況は全て今までの自分だったからそうなったわけです。昔僕も同じことを言われたんですが、確かにその通りなんですね」

今までの自分を変えるとはどういうことだろうか

「実際僕はこのビジネスを始めたときは本当にギャル男でしたし、人生なんてこんなもんなのかなって思ってましたし、当時フリーターだったんですけど、正社員の人が僕に奢ってくれって言って来てましたからね。本当に夢も希望もなかったですね。しかも、そんなときに子供も出来ちゃいましたし、あのときは本当にどうなるかと思いましたね。そんなときにこのビジネスの話を聞きました。もちろん全く不安がなかったというわけではなく、1パーセントの期待に99パーセントの不安というような状態でしたね。でも、お金や人脈、コネとか何も持っていない自分がビックになるにはこれしかないのかなって直感的に思いましたね」

小松は変わらざるを得ない状況だったようだ
確かに俺自身が同じような状況に置かれたら、おそらく今のままでは駄目なのはなんとなくわかる
どうやら小松はいい方に変ることが出来たようだ

大城はひたすらノートに書き込んでいた
腱鞘炎になってしまうのでは?と人事ながら心配になってしまった

俺はノートを取るよりも聞くことに集中していた
というよりは小松の話に引き込まれてしまったという方が正しいかもしれない

小松の語り口はどちらかといえば一定のリズムで淡々としていたが、言葉に力があるせいか退屈することはなかった

「さて…。時間も時間なのでそろそろ終わりますが…」

チラリと腕時計を見る小松
俺も左側の天井近くにある壁掛け時計を見る
9時半だった

セミナーは8時ごろから始まっていたので、1時間半近く小松は話していたことになる

こんなに長く人の話を聞いて寝なかったのは初めてだった
小松は疲れた素振りは一切見せなかった
おそらく何10回何100回とこういったことをやっているのだろう

「最大のコツは…」

ホワイトボードに向かって板書し始める小松

「楽しむことです…。それだけかよって突っ込みが入りそうですが、そうなんです。とりあえず難しいことは抜きにして、まずこのビジネスを楽しんでください。そうすると人が集まって来ます。人が集まって来ると稼げるようになります。そうするとまた楽しくなります。この繰り返しです。僕も同じようにやってきました。そして、誰よりも楽しんでやってきたので、こうやって前に立つようになったんだと思います。というわけで、僕からのビジネストレーニングを終わりたいと思います。ご静聴ありがとうございました」

会場に拍手が鳴り響く
気のせいか開始前の拍手よりも音が大きいのではないかと思った

実際俺や大城も開始前より若干強めに拍手していたぐらいだ

2 件のコメント:

  1. 日本のバブル景気が崩壊して何年か経った頃、竹村健一の講演を聴いた友人がいました。
    「日本はもうだめだ。伸びしろがない。手持ちの資金があるならアジアの新興国へ行け」
    彼はベトナムに渡り、日本企業とベトナム企業をつなぐ起業コンサルタントになりました。
    今では、現地の女性と結婚してメイド付きの豪邸に住んでるそうです(笑)
    予言は的中し、日本の若者は出る目すらない有様ですが、問題なのは現地では富豪でも、
    為替レートが1/5ほどですから、日本では貧乏人かも…ですね(笑)

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    1. 経済的な、というか物質的な豊かさについては、もう右肩上がりの時期ではないでしょうね

      かといって、精神的な豊かさが上がっていくかといえば、それもなさそうですし

      高度経済成長期がない方が良かったのか?って言われれば、それもまた違うかなと思いますし

      色々難しいですな

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