2016/10/09

▼72

あ…
ああ…

その知的で美しい顔からみるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった




「ダメ!!」

カナミは蠢く右腕を押さえ、飛び退いた

「カナミ?」

「わたしに近付かないで!!うっ!!」

カナミの右腕は、もはや人間のものではなかった
異様に尖った爪
前腕部は鱗に覆われていた

右腕は蛇のように蠢いていた
カナミはそれを必死に押さえていた

「…ミナね」


「え?!」

「わたしは逃げも隠れもしないわよ」

女性は、真っ直ぐカナミに視線を向けていた

「ミナが、いるの?!」

向けられた毅然とした視線は、外れることはなかった

「フフフ…。よくわかったね。勘てヤツ?」

外見はカナミのままだったが、顔付きは全くの別人に切り替わっていた
厭世的な雰囲気は一変し、内側に闇や憎悪を抱える禍々しさが感じられた

「わたしはあなたたちの…」

「それ、もう聞き飽きたよ。ったくどんだけ美化すりゃ気が済むわけ?わたしはあの人を愛していたとかさ、あなたたちは決して人体実験のために生まれたわけじゃないとかさ…。で、その結果がこのザマだよ!」

「…」

「確かに主犯はあの男かもしれないけど、アンタも十分共犯だよね。なんせ、あの子に事実を捻じ曲げて伝えたんだから。さも双子として生まれてきたみたいな言い方しやがって…」

「…」

「ボクたちは所詮、アイツのおぞましくて汚ねぇ私利私欲の産物なんだろ?どうなんだ?」

「違う!!わたしは人体実験なんかのために、あなたたちを産んだんじゃない!!」

「…じゃあ、何のため?」

「わかってほしいとは言わない…。わたしは、あの人を尊敬してたし、憧れていた。そして、気付いたら好きになってた…。すごく愛おしかったし、あの人の子供が欲しいって思ってた」

「ふ~ん…」

「それがこんなことになるなんて…」

「…」

「遺伝子操作をされたのはあなたたちだけじゃないの…。わたしの体は、あなたたちを産んだそのときから時を刻むことがなくなってしまった…。あの人は『人間が若々しく美しいのは一瞬だけだ。美しいものが老いて醜くなることは耐え難い』って言ってた

「ハハ…。ホント狂ってるね、アイツ…。人間じゃねぇや。でもそれに気付けなかった、もしくは、気付いてても見て見ぬフリをした…」

ミナの右手が女性の体を貫通した

「それも同罪だよ」





え!?

カナミの右腕は女性の体を完全に貫通していた
ちょうど心臓の辺りだった

その知的で美しい顔から、みるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった

「あ…、ああ…」

右腕を引き抜いたが、既に手遅れだった
女性の体が力なく前のめりになる

「あ…、あ…、ヴぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」

女性を抱きかかえたカナミの全身がダークグレーに染まっていく

▼71

……せ



ころせ…

誰!?

殺すんだ

うっ!?

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

早く!!

!?

右腕が意思とは無関係な動きをしようとしていた
何者かに操られているかのようだった

▼70

カナミは、収まることなく吹き出す感情に、ひたすら身を任せていた

物心ついたときから、自分には感情が備わっていない
もしくは、備わっていたのかもしれないが、生きてきた環境が要因で、枯渇してしまった

そう思っていた

柔らかかった…
温かかった…
心地良かった…

この感情も、いずれは終わりが来るのだろうか…

▼69

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

白衣を着た男が倒れていた
完全に事切れているようだった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は、次第に生気が失われていき、土気色になっていった

▼68

緑の液体が満たされたガラス容器の中…
容器の下からは、気泡が送り込まれていた
鑑賞魚の水槽のように…

ガラス容器を覗き込む女性

「…カナミ。……がい。……なないで」


女性の声は、気泡が送り込まれる音にかき消された

白衣を着た男がやってきた
背丈は、女性よりも10センチほど高かった

男は女性の背後で何かを語りかけつつ、腰辺りに手を回していた
女性の表情に、そこはかとなく悲しみが漂う