2016/08/16

※17

『そちらで契約して使っているセキュリティソフトがうまく動かないんですが…』
『無線LANにつながりません』
『無線LANてどうやって設定すればいいんですか?』
『お宅で契約して使っているセキュリティソフトのアップデートの仕方がわかりません』

やはり、馬鹿という人種は例えメールであってもその馬鹿振りは変わらないようだ
皮肉なものだ…

そんな連中と話すことがなくなるので、非常に気がラクだ
今度の仕事はメール対応のみで、時給単価も200円ほど上がる…

依頼主次第でこんなにも変わるとは…
とりあえず、今回は運が良かったということなのだろう

※16

気のせいだろうか?
仕事場でカオリを見かけた気がする

いや、人違いかもしれない…
似たような雰囲気の子がいないとも限らないからだ。

オレより背は低かったが、女性としては長身でシャープな顔立ち…
世間で言われる美人タイプだろう

笑ったときに八重歯が出てきて、それがまた屈託ない感じでよかった
俗に言うクールビューティーではないところがカオリの特徴でもあった

「お帰り~♪」

なぜかここ最近、帰るとマナミが常に家にいることが多い
以前から仕事はしていたり、いなかったりだったようだが…

「ねぇ、ねぇ~…」

お得意の目で訴える、が発動していた…
しかも、既に一紙纏わぬ姿に…
長い夜が始まりそうだ…

正直あのクリッとした大きなガラス球みたいに澄んだ目で見つめられると、細かいことはどうでもよくなってしまう
罪なオンナだ…

※15

セミナーは二部構成になっていた

最初に『流行らせる仕事とは何か?』ということをコマツが1時間ほど話した
内容は難解な専門用語を連発するものではなく、社会経験の少ないカオリにも理解できるような噛み砕かれた表現だったため、非常に分かりやすかった

要約すると、『権利収入を得られるビジネスオーナーになれる』『そのプランを提供してるのがオールモストという会社』『仕事は従業員・自営業・投資家・ビジネスオーナーの4つのステージに分けられる』ということだった

「ね。言ったとおりな感じでしょ~?」

「うん…。なんかよくわかんないけど、すごそうな気がする…」

ちょうど休憩時間だった
2人は席が1番前から埋まっていた関係で前から5番目に座っていた

マナミが何かを確認するように後ろを振り返った
カオリは多くの情報が頭に入ってきたせいかやや放心気味だった

マナミが一瞬頷いたように見えたが、よくわからなかった

「ねえねえ。せっかくだからコマツさんに挨拶しに行こうよ」

「え?いいの?」

「ていうか、コマツさんセミナー終わったあとも色々忙しいみたいだから今しかないよ」

「う、うん…」

カオリの中では疲労感とある種の期待感が濁流のように渦巻いていた

コマツは最後列の席で手帳に何やら書き込んでいるようだったが、2人が近付くと事前にわかっていたかのように顔を上げた
初めて会ったときよりも肌がキレイで、艶があるように感じた
髪型はジェルを使ってオールバックにしているのは変わらなかったが…

「コマツさん。お疲れ様で~す」

「おう。お疲れ。カオリさんもお疲れ様です」

カオリは軽く会釈するのがやっとだった

「疲れましたか?」

コマツは優しく包み込むような表情を見せた

「そう、ですね…。色んなものがいっぺんに入ってきて、よくわかんないです…」

「まあ、そうでしょうね。普段聞かないことばかりだったと思うので」

「でも…。なんだかすごそうですね…。やってみたくなりました」

「そうですか。とりあえず2コマ目がこのビジネスの心構え的な内容になってるんですよ。それを聞いてもらって、始め方とか具体的なことはここに来る途中にあったロイヤルホストで話したいと思います」

「じゃあ、終わったらあたしがカオリと先に行ってま~す♪」

「そうだね。よろしく」

マナミは意中の男に告白されたかのように嬉しそうだった
カオリは多少気になったが、それ以上にコマツを振り向かせたいと思う気持ちの方が強かった

コマツは結婚していて世帯を持っている立場ではあったが、そんなことはどうでもよかった
カオリの中のオンナはコマツを妻子持ちの男ではなく、1人のオトコとして見ていた

※14

BIZ新宿は別名、新宿区立産業会館と呼ばれる場所だった
来る途中にはヒルトン東京や東京医科大学病院もあった
また、隣には住友不動産オークタワーというガラス張りの高層ビルがあった

カオリは会場になっている場所が怪しげな雑居ビル的な所だったらと多少は不安があったが、取り越し苦労だったようだ

セミナーが行われる会場はBIZ新宿の2階右にある大きめの会議室だった
左にも会議室らしきものがあるようだったが、奥まっていてよく見えなかった

「ちょうどいいときに着いたね~」

会議室は開場されており、入り口には『オールモスト社事業説明会。主催TOPAZ』と大きめに書かれた縦長のホワイトボードが置かれていた
あまり字はキレイではなかったが…

会場内は既に満員というほどではなかったが、前の席から7~8割ほど埋まっていた
大学の講義などは後ろから埋まっていくことが多いせいか、こういった光景は珍しかった
それだけ有益な情報ということなのだろうか?

来場者の男女比はほぼ半々ぐらいだった
若干女性の割合が多いせいか、その場の空気に華のようなものが感じられた
スーツ、私服、ビジネスカジュアルといったように様々な立場の人間がいるようだった

コマツは一番後ろの席で足と腕を組んで座っていた
来たるべきときに向けて集中しているような印象だったが、カオリとマナミが来たのを確認すると軽く会釈した
険しかった表情が一瞬無邪気な少年のように綻んだように見えた

カオリはなぜかドキドキしてしまった
コマツが見せた表情のギャップのせいだろうか?
元々屈託のない笑顔を見せる男に弱いというのもあるが…

※13

新宿は場所によって様々な顔を見せる街の1つだ
スタジオアルタや歓楽街の代名詞的存在のでもある歌舞伎町のある東口
都庁を始めとした官公庁やアイランドタワー、新宿野村ビルのような高層ビルの建ち並ぶ西口
高島屋タイムズスクエアや時期が来ると美しいイルミネーションが印象的な南口や新南口

コマツの言っていたBIZ新宿は西口方面だった
カオリにとってはほとんど馴染みのない場所だった
恋人とのデートで来たことがある場所は南口方面かホテル街のある東口方面ぐらいのだったからだ

「こっちはあたしも全然来たことなかったんだよね~。コマツさんと会うまではさ」

いつもは肩甲骨の位置まであるオレンジがかった癖毛の茶髪をアップにしているマナミだったが、今日はそのまま下ろしていた

服装は、多少TPOを意識しているせいか、好んで履いている極端に短いタイトなミニスカートではなく、紫のニットワンピに黒いタイツというものだった

とはいえ、着ているコートは腰までの長さの黒いラビットファーコートで、ブーツも黒いフリンジ付のショートブーツといったマナミらしい部分も随所に見て取れた

カオリはセミロングのストレートヘアーを栗色の茶髪にしており、マナミと同じように下ろしていた
服装はグレーのタートルネックに黒と白のチェック柄のウールコートを着ており、濃いブルーのジーンズに茶色のロングブーツだった

「ヴぁ~!寒い!この辺て歌舞伎町とかよりも絶対寒い!」

「ねぇ。マナミ…」

「ん?」

「……やっぱいいや。大丈夫」

「あっそ」

マナミは『何が言いたかったのはわかってるけどね~』と言っているような顔をしていた
全てはBIZ新宿に行けばわかることだ