2016/07/25

§7

広い道路だった
車道は片道2車線で、歩道は歩行者用と自転車用に分かれていた
交通量は多くなく、自動車同士の追い越しや追い抜きもなく、耳障りなクラクションが鳴ることもなかった

街灯は、歩道側に疎らに設置されていた
住宅街に設置されている街灯よりも高く、明るさは道路全体を十二分に網羅できていた

道路の両側には、経済力や見栄の象徴とも言える、デザイナーズマンションや凝った外観のオフィスビルが立ち並んでいた

一歩中に入るとどのような景観になるのだろうか
この景観と裏腹なものになるのだろうか

スラムは、栄えている場所と寂れた場所の差が著しく、且つその境界も曖昧な区が多かった

§6

シュウは失職者だった
勤務先からの収入は、失職した月のものが支払われる、翌月までだった

まるで敷かれたレールを進むような24年間だった
自分自身で何かを選択する、ということがなかったのだ

両親は高校中退者で、共稼ぎで、年収はやっと400クレジットに届くかどうか、という状態だった
そのためか、学歴が年収に直結すると信じてやまないところがあり、シュウもそれに抗う理由がなく、スラムの中でも偏差値が高い大学を卒業した

その大学も、いわゆる一貫校で、中学校の入学試験で合格してしまえば、大学までのレールは保証されたも同然だった

シュウの収入源は勤務先のみだった
自治体は収入が途絶えると、問答無用で貧民街に送り込むと言われていた

今は、ちょうど最後の収入が支払われた月だった

§5

「4区」は、景観は「7区」と似ていた
「7区」ほどではなかったが、ホテル街には50件程度ラブホテルがあると言われていた

2人は、どのホテルに入るか物色中のようだった
時間帯は午後だったため、自らの存在を誇示するかのようなネオンはなく、殺風景だった
人通りは疎らだったが、サービスタイムや宿泊の延長でそれなりの人数が滞在しているせいか、どのホテルからも人の気配が伝わってきた

2人は、3〜4階建ての、夜になると壁面が淡い青に光ると思われるホテルに入っていった

この界隈を、シュウのように目的もなくぶらついている人間は、おそらくいないだろう
行き交うのは、大半が2人連れだった

この2人連れも、シュウと同じぐらいの、20代前半の男女ばかりではなかった
明らかに歳が離れた、父と娘のような2人連れも何組かいた
高い確率で男の金目当てなのだろうが、中には、そうではないと思われるような組み合わせも見かけた

シュウの足は「4区」駅とは反対側に向かっていた

§4

「4区」に到着した
男はキウェイン、女はアイコという名前のようだった

シュウのいる側と反対のドアが開いた
2人は降りて行った

シュウも、自然さを装って続いた

開いたドアの、ちょうど2人のいた反対側に、シュウとそれほど歳が離れていないと思われる、150cmぐらいの細身の女性がいた

先ほどの2人とは対照的な目をしていた
白目よりも黒目の割合が多かったのだ

その瞳は、ガラス球のように澄んでおり、黒い宝石のようだった
そして、無機質で、深遠だった

シュウは、降りる寸前に一瞥した

女性は、自身の内面に向き合っているかのような眼差しだった
瞳に映っていても、認識はしていないかのようだった

§3

列車が「7区」に到着した
シュウのいる側のドアが開き、大半の人間が降り、ほぼ同数の人間が乗ってきた

スラム街は、自治体が管理しやすくする目的だろう、「1区」「7区」などのように番号で分けられていた
またここ数年、この「区」は増える一方だった
現在は貧民街も含めると、「30区」程度になるようだった

「7区」はスラムの歓楽街の1つだった
列車から見えるのは凝ったデザインのオフィスビルばかりだったが、一歩外れると数多くのいかがわしい施設やラブホテルがあった
なお、そうでない商業施設も数多くあり、多くの人間が出入りする場所でもあった

乗ってきた人間たちの中で、やたらと人目に付く男女がいた
彼らは、そのまま奥のドア付近に向かって行った

男は全身黒尽くめで、質感はレザーのようだった
黒は着る人間を選びがちだが、この男にはよく似合っていた
色に負けることはなく、むしろ引き立てられていた

女は露出度の高い格好だったが、品位に欠けることはなく、妖艶な美しさがあった

アップにした髪
胸元が深いデザインのマスタード色のノースリーブ
丈が短いせいか、ヘソ出しルックになっていた
ミニスカートはタイトなデザインでココアブラウンだった

2人とも同性の中でも背の高い方だろう
男は180cm近くあり、女は10cm程度のコチニールレッドのハイヒールを履いており、男と目線の高さがほぼ同じだった

「なんか…、ないな…」

「1区までは…」

「うん…」

女は男の手を握りしめ、指は間接を弄ぶように動いていた
名残惜しそうな、強請るような目付きだった
その目は、黒目よりも白目の割合が多く、切れ長だった
また、眉も釣り上がっていた

男も女と同じように、黒目よりも白目の割合が多く、切れ長な目をしていた
どこを見ているかわからないような目付きだったが、どことなく女を視界に見据えてはいるようだった

「また、会って…」

「ああ」

「今度は、…に招待するね」

「今回の報酬だと…か?あのマシーン、…と作動しない…て聞いたことがある」

「大丈夫。今回の報酬、…から。自治体って、確か1回でも…れば、パスコード発行する…だし」

「…じゃあ、問題ないか」

シュウの位置では、距離があり、列車の音も相俟って、2人の言っていることがよく聞き取ることができなかった

「ねえ、やっぱり…いたい。まだ昼だし、…遅くならないと帰ってこないし」

「じゃあ、4区に…。…じゃないけど、色々あるしな」

「うん♪」

外は曇りだった
雨の降らない、白に薄い灰色を混ぜたような空模様

しかし、シュウの瞳に外の様子は映っていなかった
そこには、ドアガラスに映る反対側の男女が映っていた