2016/11/30

●1

アッシェンは振り返ることなく、何かに取り付かれたかのように、同じペースで歩いていた
リオは、加速度的に荒くなっていく息遣いとともに走っていた

大きな水たまり、黒い煤に覆われた大地、限りなく黒に近い灰色の空、プラチナ色をした日光の帯

この景観がひたすら続いていた

アッシェンの歩くペースは変わらなかった
リオの息遣いは声を出すのが困難なほど荒く、目は細まり、焦点もずれ気味だった

体力の限界で足がもつれるのが先か、気持ちの途絶えによって足が止まるのが先か

時間の問題だった

●0

アッシェンが、リオが雨で重くなった衣類に手こずりながらも、なんとか身につけ終わるのを待ってから、歩き出した

「どこ行くの?待って!」

走っているわけではなかったが、アッシェンは足の動きが速かった

リオは走っていた
自身の歩幅と歩いたときの足の動きから、そうせざるを得なかった

2016/11/29

●11

「何見てるの?」

アッシェンの右側から、リオが見上げるように視線を向けた
左手は、ゆっくりと背中に回り、腰布に覆われた尻を撫でるように動いていた

「…」

アッシェンは変わらず、地平線のどこかを見るともなく見ているような眼差しをしていた

「…あたしも着るね」

リオが離れるのとほぼ同時に、アッシェンの口元が微かに動いた
言葉にならない何かを呟いたようだった

2016/11/28

●10

水面に細波ができていた
鮮明に映っていた空と日光は歪に混ざり合っていた

リオは静かに寝息を立てていた
固く結ばれていたはずの手は1つだけになっていた

アッシェンは瞬き1つせず、地平線のどこかを見るともなく見ているような眼差しをしていた

どこもかしこもほぼ同じ景観だった
水たまりのない場所は、濡れた煤がより黒くなっており、微風では舞い上がることはなさそうだった

「起きてたんだね」

リオの声だった
アッシェンは微かに頷くような仕草をした



リオは背後からアッシェンを抱きしめた
華奢な指が、微かに分かれているように見える腹筋をくすぐるように動いていた

「…」

アッシェンは、眼差し、表情、いずれも変わらなかった

2016/11/27

●9

大きな水たまりに、限りなく黒に近い灰色の空と、その細い切れ目から差し込む、プラチナ色の日光が映っていた

辺りには、降り続いていた雨を物語るように、似たような大きさの水たまりがいくつもできていた
水面に映る情景は、無風なためか整然としていた

2つの手が、引き離すことができないほど固く結ばれていた

リオは、ゆっくりと、うっすらと目を開けていった
やはり赤い景観はなく、血の涙も流れていなかった

アッシェンは眠っていた
聞こえてくる寝息から、眠りは深そうだった



リオはアッシェンを一瞥し、微笑を浮かべながら目を閉じた

雲の切れ目が大きくなってきたのか、差し込む日光の帯も太くなっていた

2016/11/26

●8

アッシェンの手が、胸の膨らみを、潰すように、元通りにするように動いていた
指先は、時々その先端を弄ぶように動いていた

リオの顔は、言葉にならない甲高い叫びや荒い息遣いとともに、反り返ったり、元に戻ったりしていた
全身からは、水滴が飛び散っていた

雨の勢いは衰えることがなく、かかっていた靄は、霧のようになっていた

リオの手が、割って入るように、アッシェンの手を握った
アッシェンの体が起き上がり、背中が、露になっていた場所を隠すように重なった



辺りは真っ白だった
2人が互いを感じ合う声は、雨音ともに、止まることはなかった

2016/11/25

●7

降り続く雨が、リオの髪を、肩を、胸の膨らみを、腰の括れを、濡らしていた
雨音に、甲高い声と、途切れ途切れな荒い息遣いが入り混じっていた

リオの顔は、不規則に上下左右に揺れていた
張り付いた髪で表情は見えなかった
黄土色に光っている体は、一定のペースで上下に動いており、それに合わせて胸の膨らみも揺れていた

滴る水滴、飛び散る水滴
水たまりには様々な形の波紋ができていた

アッシェンの手が、軟らかく動いている胸を鷲掴みした
これまでと1オクターブほど高い声を上げ、リオの顔が反り返った

垂れ下がる髪と顔に張り付いたままの髪

2016/11/24

●6

夜が明けた
森はその原形を留めないような状態となっていた
見渡す限り木々は黒い煤と化していた

一瞥するだけでは何の建物かわからない構造をした、窓のない10階建ての建物
カナミはその建物にもたれるように倒れていた
見たところ外傷はなかった
木に貫かれたはずの箇所も、最初から何事もなかったかのような状態だった

建物から、フード付の、カナミと色違いの黒いローブを着たミナが出てきた
猛禽類を思わせる、瞬き1つしない眼差しだった

カナミは動き出す気配が全くなかった
昏々と眠り続けているような状態だった

ミナはカナミを一瞥し、去っていった
口元には「全て思惑通り」とでも言いたげな笑みが浮かんでいた

2016/11/23

●5

藍色の中にセルリアンブルーが、混じり合うように映っていた
2つの唇は、触れるか触れないかの微妙な距離にあった

リオの手が、アッシェンの髪、肩甲骨、背中、腰、尻を、上から順番に優しく撫でていた



濃い灰色だった空は、随所に黒が入り混じっており、ついに重力を伴った水の塊が大量に落ちてきた
辺りは水煙に覆われ、靄がかかったようだった

リオは目を閉じていた
2つの唇は、互いを感じ合うように1つになっていた



アッシェンの体は、降り注ぐ雨や汗で白光りしており、平泳ぎのように、バタフライのように動いていた
リオは、苦痛と恍惚が入り混じった表情で、甲高い声を上げていた

絡まり合う脚、食い込むほどの力で背中を掴んでいる手

2016/11/22

●4

カナミは、ひたすら同じ景観が続く森の中を歩いていた
木漏れ日は夕焼けによって赤く染まっていた
無機質な木々が血に飢えた獣のようだった

!?

突然、木の枝が恐ろしい速さで伸びてきて、カナミの胸を貫いた
貫かれた胸からは、湧き水のように赤い液体が、止まることなく流れ続けていた



木は、串刺しにしたカナミをそのまま高く持ち上げだした


太陽は既に10分の9ほど沈んでいた

カナミの体からは赤い液体が滴り続けていた
常人ならば間違いなく死に至っているだろう



カナミはついに、力尽きるように意識を失った

2016/11/21

●3

空は濃い灰色の雲に覆われていた
雨は、まだ降っていなかった

リオの身につけていたものは、1つ、また1つと剥がされていった
艶のある、黄土色と白を混ぜ合わせたような肌、なだらかな放物線のような胸、細身ながら、ほどよい肉付きをした形のいい脚

アッシェンの腰布も剥がされていった

リオはゆっくりと目を開けていった
その瞳は、白よりも藍色の割合が多かった

2016/11/20

●2

緑の液体が満たされたガラス容器の中
容器の下から、鑑賞魚の水槽のように、気泡が送り込まれていた

ガラス容器を覗き込む女性

「…カナミ。……がい。……なないで」

女性の声は、気泡が送り込まれる音にかき消されていた

白衣を着た男がやってきた
背丈は女性よりも10cmほど高かった

男は女性の背後で何かを語りかけつつ、腰辺りに手を回していた
女性の表情には悲しみが漂っていた


赤い液体に染まった、爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われている手
止まることなく一定のペースで、その液体はポタポタと滴り落ちていた

白衣を着た男が倒れていた
完全に事切れているようだった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は次第に生気が失われていき、土気色になっていった

2016/11/18

●1

ぎこちなく、うっすらと目を開けていくリオ
流れ続けていた赤い液体は、跡形もなく消えていた

そこには赤い景観はなく、アッシェンの瞳以外の肌も、曇った空も、本来の色だった



リオの胸にアッシェンの手が触れ、微かに撫でるように動いた

「ダメ!」

その手を払いのけ、藍色の瞳でアッシェンを睨んだ

「…」

アッシェンは無表情で、瞬き1つしなかった
リオの右手は胸を、左手は下半身を隠していた



アッシェンは舌を出した
どす黒い赤色をしていた

「…それって、もしかして?」

無表情だったアッシェンに微笑が浮かび、赤い液体が流れていないリオの目の下辺りを軽く撫でて、その指を藍色の瞳に映るように差し出した

「…」

リオの両手は、脱力したように、自然に体の横に置かれた
口元には微笑が浮かび、目は静かに閉じられた

そこには、これまでの赤黒い景観はなかった

●0

意識を失っているのか、ただ眠っているだけなのか、目を閉じて仰向けに横たわっているリオ
血の涙は、変わらず流れ続けていた

透き通るセルリアンブルーの中にリオが映っていた
その姿が次第に大きくなっていく

リオは、アッシェンの後ろ姿に隠された



空は、淡い灰色に白を混ぜたような雲に覆われていた
かつて森だったのが焼き払われたような、一面黒い煤に覆われた景観が広がっていた

●0

フフフ…
奇跡って、このことを言うんだね
こんな、死んでるも同然の星で生き延びてたなんてさ…

しかも、ボクのように人為的ではなく、自然な営みで生を受けてるしね…

でも、あまりに劣悪な環境だったせいか、キミたちも既に人間じゃなくなってる可能性が高い
昔のボクのように…

あの必然とも言える人災から30年経って、色々とだいぶマシになりつつあるけど、壊れる前のような状態になるのはまだ先だろう

まぁ、全てはいずれ闇に飲み込まれる…
動いているものは止まる…
形あるものはその原形を失う…

これは抗いようのない宿命だ

とは言っても、キミたちにはまだ生きていてもらうよ
破壊の楽しさは、全てを無にすることだけではないからね…

フフフ…

2016/11/17

●7

葉と葉の間から日光が差し込んでいた
赤黒くはなく、鮮やかな赤のままだった

「…ねぇ」

アッシェンは、すぐそばにいるリオを一瞥した
リオは仰向けの状態で、瞬きもせず、どこかを見ているか見ていないかハッキリしないような眼差しのままだった

「…なんで、…しゃべらないの?」

アッシェンは困惑した表情を浮かべた



「無駄だよ」

「!?」

「どこに、いるの?」

「さぁ、どこだろう。もし、そこの池にいるって言ったらどうする?」

「…」

「ま、いいや。いずれ見えるようになるときが来ると思うから」

アッシェンは、狼狽えたように辺りを見回していた

「フフフ。その子はさ、この世界に30年ぐらい前に生まれてから、言葉の存在を全く知らずに生きてきたみたい」

「…」

「信じる信じないは勝手だけど」

アッシェンは、狼狽えたように辺りを見回し続けていた

「さて、この辺にしとこうか。こんな世界でせっかく出会ったんだからさ」

鮮やかな赤だった景観が黒一色となった

2016/11/16

●6

漆黒の水面が細波だっていた
アッシェンの髪が風になびいていた



互いの視線が交錯していた
セルリアンブルーの瞳は、赤い景観に混ざることはなく、本来の色に見えた



アッシェンの視線が一瞬落ちた
瞳には、リオの頬を伝う、どす黒い、赤い液体が映った

「…」

リオの視界からアッシェンの姿が遠ざかっていった
押さえられていた肩の自由も利くようになっていた

しかし、リオは動かなかった
瞬きもせず、どこかを見ているか見ていないかハッキリしないような眼差しをしていた

2016/11/15

●5

水面は、木々や葉と葉の間からの日光を反射して、無機質に輝いていた
澄んでいたが、深さがかなりあるのか、底は見えず、透明感のある漆黒だった

リオは少しずつ目を開け始めた
赤黒かった景観が鮮やかな赤になっていた

水面を反射する日光の影響だろうか
流れ続ける血の色に変化はなかった



リオは辺りを見回していた
葉と葉が擦れ合う音が、いつになく大きかった

「!?」

叢からアッシェンが、動物のように飛び出してきた
リオは倒され、肩の辺りを掴まれて身動きができない状態だった



身長は180cm前後で、贅肉のついていない、細身だが、最低限必要な筋肉はついている体型だった
なお、身につけているものは、セルリアンブルーの腰布のみだった

2016/11/14

●4

闇夜だった
リオの記憶している限りでは初めてだった

葉と葉の間から月明かりが漏れてくることはなかった
池の水面は透明感のある漆黒だった

いつもは赤黒いはずの景観が、なぜか本来の色に見えた
しかし、滴り落ちる液体が止まったわけではなかった

ひとまず眠ることにした
目を閉じたときの景観も、これまでは赤黒かったが、今回は黒かった



「フフフ…」

リオは目を見開いた
景観は黒いままだった

「そんなに勢いよく目を開いても見えないと思うよ」

「…誰?」

「キミはボクの言ってることがわかるみたいだね。ボク?ボクは、不可視物質かな」

「…フカシ、?」

「まぁ、いいや。夜が明けたら面白いことになるから、楽しみにしてて…」

黒かった景観は、再び赤黒くなった

2016/11/13

●3

食料が底をついた

この人工的で無機質な場所に、自然の恵みは期待できそうになかったが、奇跡的に湧き水でできている池があり、飲み水はかろうじて確保できていた

しかし食料はそうはいかず、細々と食いつなぐ以外に方法がなかった

無闇やたらに動き回らない、食べる量を限界まで少なくする、飲み水を多く摂る

リオなりの、生き延びるための工夫だった

2016/11/12

●2

赤黒い景観は、目を閉じても変わらなかった

当初は、一時的なものだろうということで、拭ってもみたが、流れ続ける血は止まることはなかった
外傷らしきものも確認できなかった

本来なら死んでいてもおかしくないような状態だったが、体温の急低下や意識が朦朧とするなどの症状はなかった
景観が常に赤黒いという以外で、特に不便を感じることはなかった

リオの瞳はアズライトのようだった
血の涙と混ざっても変色することはなかった

日光が出ているとき、角度によっては、青にも藍にも見え、どす黒い赤との対比が際立っていた

●1

リオは血の涙を流し続けていた
10歳ごろ両親に、この森に捨てられて以来だった

両親がリオを生んだのは、世界が1つになった時期とほぼ同じだった
残存していた地下シェルターで、備蓄の食料で10年ほど食いつなぐことはできたが、それだけだった

降り続いていた有害物質の雨は止んでおり、太陽も出ていた
しかしながら、それは状況の好転を意味するものではなかった

リオは森の中で目覚めた
約1年分の食料が託されていたが、これまで一緒だった両親はどこにも見当たらなかった

両親の名を呼んでみたが、虚しく反響するだけで、やがて静寂に吸収されてしまった
力の限り泣き叫びながら呼んでみたが、結果は同じだった

●0

世界が1つになったあとも、遺伝子操作により、高さ、太さ、枝や葉の付き方、大きさ、形など、全てが全く同じ木々で構成された森は、分かれていたときに、悪魔と酷似した異形の影によって焼き払われたもの以外は、存続していた

そこは針葉樹の森だった
常緑樹の森として造られていたためか、気候が変動しても葉の色は変わることがなく、落葉することもなかった

生気がなく、常に静寂に覆われていた
日光が木々の間から差し込んでいるときほど顕著だった

景観は、常にどす黒い赤だった
少なくともリオの瞳に映し出された景観は

2016/11/11

●4

なぜか水の色がいつもより濃くなっていた

突然滝や湧き水が流れてくることはなく、どこかが壊れたような音もなく、これまでと何も変わったところはないようだった

アッシェンの瞳は、生まれたときから、上の階を流れる水、目の前にある湖とも同じ色だった

「どうしたの?ずいぶん狼狽えてるみたいだけど?」

「!?」

「フフフ。そんなに勢いよく周りを見回しても、ボクは見つからないよ」

「…」

「怯えてるの?なんだか子犬みたいだね」

「…」

「あ、もしかしてボクの言ってることわからないとか?」

「…」

「フフフ。まぁ、いいや。ここは直に暗黒となる…」

「!?」

洞窟内が一瞬で黒一色となった

「さぁ、行こうか…。キミはそろそろ外に出るべきなのさ」

そこに残ったのは、静寂と暗黒のみだった

2016/11/10

●3

世界が1つになったのは20年前だったが、それは天変地異と核爆発が起こってから10年後でもあった

アッシェンが認識している世界は、洞窟内と洞窟外の一部だけだった
有害物質の雨が、10年ほど前から降らなくなったとき、太陽光の明るさに誘われて、それとなく外に出てみた

轟音とともに落ちる水が、太陽光の反射でターコイスブルーに見えた
また、これまではよく見えなかった左右の状況も、多少は見えた

残念ながら、滝壺に降りることができそうな構造にはなっておらず、上の川を見渡すことができる場所に移動することも難しそうだった

2016/11/09

●2

アッシェンの両親は、世界崩壊時、甚大な被害を受けた都市部からなんとか逃れ、この洞窟に身を寄せていた
母親は、既にアッシェンを身籠っていた

一命を取りとめたものの、それだけだった

これまで住んでいた場所は、もはや人の住めるような状態ではなかった
無論助けが来ることもない
洞窟内で食料や飲料を調達して延命できるとしても、いつまで持つかわからなかった

父親は自ら命を絶つことを選んだ
母親は、胎内で着実に育っている命もろとも死ぬことはできなかった

洞窟外では有害物質の雨が降り続いていたため、洞窟内で食料と飲料を調達するしかなかった
夫の亡骸にも手を出さざるをえなかった

アッシェンは無事に生まれ、母親は力尽きるように亡くなった

2016/11/08

●1

滝の裏には洞窟があった

太陽光の届かない、暗闇、ひんやりとした空気に覆われた場所ではなく、セルリアンブルー一色だった
所々から、上を流れる川からのものと思われる水が漏れていた
湧き水のように壁面を伝うばかりでなく、小さな滝のように落ちてもきており、川のような場所もあった

アッシェンは、洞窟の最深部で生きていた
底なしの洞窟と言われていたが、体感的には地下6階程度だった

どの階よりも広く、開けており、唯一滝が流れておらず、湖のようになっていた
水脈が異なるためか、化学物質の汚染度合いが低いためか、スカイブルー一色だった

上の階を流れる水の音が微かに聞こえてくる以外では、基本的に静かだった
気温も常時22〜23℃に保たれていた

●0

対岸が見えないほどの大きな滝だった
滝壺に落ちる水量も膨大で、落差は100mほどだったため、落下速度が早く、轟音とともにおびただしい水煙が立ち上っていた

流れる水は、昼夜問わずセルリアンブルーだった
雲に覆われているときも色が変わらないことから、光の反射によるものではないようだった

世界崩壊からの年数経過により、化学物質を大量に含んだ雨や雪は降らなくなっていたが、土に含まれていた化学物質はすぐに分解されることはない

無色透明な水が流れるのはまだ先のことになるだろう

●0

かつて、世界は2つに分かれていた

1つは、天変地異と核爆発によって崩壊してしまった世界
特に都市部の崩壊が著しかった
また、崩壊時に大気中に飛散した多量の有害物質が雨となり、長期間、しとしと地表に降り続いていた

地表に落ちると何らかの化学反応を起こすせいか、溶けるような音に加え、辺りが見舞わせないほどの蒸気と異臭が発生していた

崩壊の引き金は大地震だった
それは、今まで世界各国で発生していたものとは比較にならないほどの規模だった

明確な原因は解明されていないが、地中に埋まっていた石油やメタンハイドレートなどの資源が枯渇することにより、激しい地殻変動が起こり、引き起こされたと言われていた

その揺れは全世界を巻き込んだ
そして、各国が軍備として保有していた核兵器が全て爆発し、大量の核物質が漏れ出た

なお都市部では、死んだ人間たちと思われる多くの残留思念が徘徊していた


もう1つは、遺伝子操作を施された動植物のみが生息していた世界

高さ、太さ、枝や葉の付き方・大きさ・形など、全てが同じ木々
鬣部分が無数の生きた蛇になっていた、緑色の雄ライオン
ヤマタノオロチと酷似した八首の化物

これらはごく一部だった

また、太陽や月との距離が近かったようで、日中の日差しは強く、気温も高かった
月もスーパームーン以上に大きな月だった


2つの世界は、20年前に1つになった
このとき、巨大な、機械部品で作られた生首のような究極生命体が出現し、その強大な力によって、再び世界が破壊されかけた

しかし、長くは続かなかった
世界が1つになったときにできあがった闇によって、究極生命体が葬り去られたからだ

なお世界が2つに分かれたのは、この究極生命体によるものと言われていた
太古の昔に邪神たちが創り出し、あまりにも強大な力だったため、当時の英雄たちに封印されたようだった

復活に至った理由、そして世界が1つになった理由は、世界的な科学者やその近しい者が関わっていたと言われていたが、詳細は不明だった

2016/11/07

▼13

「ファハハハ!ハ?」

それまで高笑い一色だった生首に異変が起きた
突如、爆発し始めたのだ

「なんだと!?この究極生命体が、なぜだ??まさか!コピーがやられたというのか?ぬぉおぉおおお!!」

爆発は止まることなく続いた

「その通り…」

生首の視界には、全身が闇に覆われたカナミと思われる人影がいた
闇の中から覗く目は、ガラス球のように、無機質に澄んでいた

「クッ!なぜだ!?私は究極生命体だ。あのコピーもそれ相応の能力を備えていた。なのに、なのに!!なぜだーーーー!!」

「全てのものは、みんな元の場所に戻る…。アンタは本来ならこの世に存在していない。それは、わたしもミナも同じ…」

究極生命体は、既に原形を留めないほど崩壊していた
完全崩壊となるのは、もはや時間の問題だろう

「燃え盛る炎は、燃えるものがなくなり次第、消える…。都市部に降っていた有害物質の雨も、いずれは自然の浄化作用によって、有害物質が含まれていない雨となるだろう…。既に天変地異と核爆発によって崩壊してしまったセカイ…。遺伝子操作を施された動植物のみが生息していたセカイ…。双方とも人間の醜い私利私欲により、歪められたもの…。これらを1つにしても、根本的な解決とはならない…。ここは、生命の宿らない死のセカイ…。これは、必然によってもたらされたもの…。…そして、わたしが、こちらのセカイに来ることは、2度とないだろう…」

闇の中に見えた人影が消えた
闇と同化するように、消えた

究極生命体は、完全崩壊し、全て水源に落ちていった
凄まじい量の水飛沫と水蒸気が発生したのは言うまでもない

このセカイの行く末は、全て自然の手に委ねられたのだ



-完-

2016/11/06

▼12

見えるのは黒のみ
最初から光が存在していなかったかのような空間

ミナは、右腕の自由が利くことに気付いたようだった
カナミは、姿を消していた

「どうやら、我の出番のようだな」


ベヒーモスが現れた

「…な、なんだよ、それ。なんでアンタみたいなのがいるわけ?んなの聞いてないし」

「さぁな。我は自らの役目を果たしに来た。ただそれだけだ」

「…ボクを殺すってこと?ムリだよ。その巨体じゃボクの動きについてこれるわけが、う!?」

ベヒーモスの角がミナの体を突き抜けていた

「バ、バカな…」

「フッ。愚かな」

ベヒーモスはミナをそのまま投げ飛ばした

「さて、我も本来の場所に戻るとしよう」

ベヒーモスは、周りの黒と同化するように消えた

ミナは、どこか1点を凝視するような眼差しをしていた
しかし、眼球は微動だにしなかった

そして、2度と動き出すことはなかった

2016/11/05

▼11

ミナの右腕がカナミの体を貫通した
カナミは、膝をつき、頭を垂れる

これまで無表情だったミナに、一瞬だが、「してやったり」の表情が浮かんだ
あとは右腕を引き抜くだけだった

「ん?」

ミナの右腕がカナミの体から抜けることはなかった
カナミの両腕は、ミナの右腕を掴んでいなかった
ただ、力が抜けたようになっているだけだった

ミナの足元には、漆黒の闇が発生していた

「フフフ。どういうつもりだい?キミはまだ生きてるのかい?」

その問いかけに答える者は誰もいなかった
漆黒の闇が、ミナを覆い尽くした

2016/11/04

▼10

ハア…、ハア…、ハア…、ハア…

辺りにはカナミの息遣いが響き渡っていた

「フフフ。もう限界かい?」

ミナの剣は、血塗られた剣と化していた
切先からは、鮮血が滴り落ちていた

「…」

カナミは、腕に限らず、闇に覆われていない場所は何らかの傷が出来ていた
出血量が多く、もはやまともに体が動く状態ではなくなっていた

「…そんなに、わたしが怖いの?」

「は?」

「だって、そうじゃない…。わたしにはわかる…。あなたは、やろうと思えばすぐにでもわたしを殺せたはず…。でも、自分も無傷では済まない…。場合によっては、わたしにやられる可能性があった…。それが、怖かったんでしょ?」

「…で?」

「だから…こうやって、わたしを弱らせて、確実に殺そうとしてるんでしょ?あと、剣て突いて引くためのものじゃん?今までの攻撃って、全部切り付けだったでしょ?突きをやらなかったのは、わたしの懐に入らざるを得ないから…。結果的に、自分がやられるリスクが出てくる…。要するに、あなたはただの臆病者…」

「珍しくよく喋るねぇ。でも、もう立ってるのもやっとなんじゃない?」

「…そうだね。今だったら、確実に殺せると思うよ」

カナミを覆っていた闇が消えた

「フフフ。どうやら、その闇はキミの体力というか生命力と連動してるみたいだね。罠かと思ったけど、キミが瀕死なのは間違いなさそうだし。じゃあ、お望みどおりラクにしてあげるよ」

ミナは姿を消した

カナミが瀕死状態なのは間違いなかった
しかし、カナミにはミナの動きが見えていた

まるで、スローモーションを見ているかのように…

2016/11/03

▼09

「フハハハハ!私は最強だ!全てを焼き尽くし、全てを爆発し、全てを崩壊させる。破壊衝動は崇高なる欲望だ。歴史を紐解くと、全ての事象の根幹は、破壊と殺戮によって成り立っていることが明白だ。誰も否定できまい?」

生首の両目が光る

至る所で爆発が起こっていた
森林だった場所、砂漠だった場所、都市だった場所
全て炎の海と化していた

唯一の例外が、生首が現れた水源ぐらいだった

▼08

先に仕掛けるのはどちらだろうか?
カナミもミナも、当初の間合いから動いていなかった

「フフフ。どうしたの?なんで仕掛けてこないの?」

「それ、わたしのセリフなんだけど」

ミナは、あくまでコピーだからかもしれないが、恐ろしく無表情だった
加えて、カナミはミナの手の内をほとんど知らない
「仕掛けない」というよりは、「仕掛けられない」と言った方が正確かもしれない

「フフフ…。その強がり、いつまで言ってられるかな」

ミナには余裕が感じられた
おそらく、カナミの心の内も見透かしているのだろう

「さて、そろそろ終わりにしようか。大丈夫。そこから動かなければ、痛みを感じる間もなく、ラクになれるから…」

ミナの姿が消えた

!?

カナミは咄嗟に体を反転させた

「う!?」

カナミの腕に創傷ができていた
出血の仕方から、静脈は切断されている可能性が高かった
何らかの方法で止血しなければ、湧き水のように出続けるような状態だった

「うわ、痛そう…。だから言ったじゃん。動かないでって」

ミナが姿を現した
右腕が、刃渡り1mほどの剣に変化していた

「キミを覆ってる闇って防具の代わりにはならないんだね。まぁ、なったとしてもボクの動きについてこれないと意味なさそう」

「防具っていうよりは武器だし。この闇に取り込まれたモンスターたちがどうなったかは、知ってんじゃない?」

「いや、わからないな。だって、キミはまだボクの動きを目で追えてないでしょ?残像すら見えてないと思うな。だから、知る必要はないってわけ」

ミナのスピードは尋常ではなかった
確かにカナミの闇は、目で動きが追えない相手に闇雲に噴出しても意味がない

状況はカナミが圧倒的に不利だった

2016/11/02

▼07

カナミは、黒い水源に飛び込んだ

最初から黒しか存在していないかのような空間
これが半永久的に続くかと思われた

しかしながら、そこはどこかの神殿のような場所だった
それは、カナミが見た精神世界と酷似していた
相違点は、白い線と黒い面で構成されている、ということだった

ミナが佇んでいた
カナミを待ち構えていたかのようだった

「来ると思っていたよ」

「あなたは、コピーだよね?」

「そうだよ。だって、前話したように、ミナはもう死んでるんだから。それはそうと、何しにきたの?」

「さぁ、何だろうね。わたしも、またここに来るとは思ってなかったし」

「ふ~ん。まぁ、いいや。てかキミしぶといよねぇ。表のセカイで完全に肉体を消去したのにね」

「それはどっちだか。表のセカイで変な生首になって、こっちではミナのコピーになってるようなヤツに言われたくないし」

「ハハハ…。どうやらキミは、こっちのセカイでも消去しないとダメみたいだね」

「…死ぬのは仕方がない。でも、殺されるのはイヤ。それが、変な生首だったら尚更…」

避けては通れない戦いが始まろうとしていた

2016/11/01

▼06

そろそろ、かな?

カナミは少しずつ目を開けていった
そこは、白い線と黒い面で構成されたセカイだった

裏のセカイ…

そこは、巨大な生首が現れた水源のようだった
水源は広大なため、対岸がどのようになっているか、見ることは出来なかった

今回も、深遠な青に飲み込まれたように、この黒い面に飲み込まれるのだろうか?

…どっかに通じてる?

黒い面に入ったカナミの手が、そのまま黒と同化する
そこには黒しか存在していないかのようだった

カナミは手を元に戻した
黒くなっていた手も元に戻る

後戻りできないって?
だって、もう戻りようがないよね…

選択肢が1つしかないときは、覚悟という名の、開き直りに近い感情が生まれやすい
この状況が、まさにそれだろう