2016/10/31

▼05

カナミは、いつしかの、淡い光に包まれた黄金色の草原にいた
そよ風は、今回は吹いていないようだった

風が、止んでる…
ここにいるってことは、また死にかけてる?

いいえ…
残念ながら、あなたの肉体は既に消されてる


わたし、あの変な生首にやられちゃったのね…

ええ…
あの生命体は、太古の昔に邪神たちが創り出したもの
目から放たれる光線は、鋼鉄をも溶かすって言われてる
その強大な力によって、セカイは2つに分けられてしまった

 
ああ…
そのときに、どこぞの英雄さんみたいな人たちが封印したのね
それで、セカイを1つにしないと、その封印を解けなくした

そうね

アイツは、その辺も計算に入れて、わたしやミナを創ったの?

あの人は、自分の研究については、ほとんど人に話さなかった
あなたやミナについても、遺伝子の新たな可能性を見い出す、としか言ってなかった

 

…なるほど


…ねぇ、あなたは、仮にわたしが実験サンプルでなかったとしても、わたしやミナを生むつもりだった?

ええ、もちろん
1人の女として、そして1人の母親として

 

そう、なんだ…

だからわたしは、あなたやミナに生きていてほしかった
どんな形でも





…わたしは、どうすればいい?

あなたには背負わされた使命はない
なので、好きにしていいのよ
ここに居たければ、居ていいのよ


…そうね

…なんか、変な感じ
ここがわたしの居場所な気がするけど…
ここに居るのはまだ早いっていう気もする…

あなたには、まだやるべきことがあるみたいね
わかったわ


淡い光が眩しい光に変わる

カナミは目を閉じた
目を開ける頃、カナミの目にはどのような空間が広がっているのだろうか?

2016/10/30

▼04

「フッ。だとしたら、私は最悪でもあり最低でもある、ということだな」

「わたしはあなたがわからない…。自分の欲望のために、多くの命を実験台にし、弄んできた…。これがどういうことかわかってるの!?」

「残念ながらわからないな。欲望とは最も純粋なものだ。形は違えど誰にでもある。もちろんキミにもな。それを否定するということかね?」

「この、人でなし!!!!!」

「フハハハハハ。そうとも、私は強大な力を手にした。もはや人間などではない。だが、それを言うなら、キミも同じだ」

「違う!!違う!!!違う!!!!わたしは…、わたしは…」

生首の両目が光った
あまりにも眩しい光だった

「前にも言ったと思うが、キミの用は、すでに済んでいるのだ。ご苦労さん」

カナミの姿は跡形もなく消えていた

2016/10/29

▼03

そこはオアシスだろうか?
砂ばかりの場所に、湖のような巨大な水源が現れた

見つけた…

ここも、あの湖と同様に精神世界への入口となるのだろうか?

「フハハハハ!まさかここで鉢合わせすることになるとはな」

湖の中から、カナミの約200倍ほどの大きさの、機械部品で作られた生首が現れた

「…誰?」

「随分物忘れが激しいようだな。それともわざとかね?」

「別に…。てか、どうでもいいし…」

「フッ。まぁ、いい。それより、なぜここに来たのかね?」

「あなたって、何でもかんでも理由付けしたがるのね。…理由なんてない。ここが、わたしのいるべき場所だと感じたから…。ただ、それだけ…」

「なるほど。その感覚は残念ながら私には理解ができない。なぜならば、ここは塩分濃度が異常に高い塩湖なのだ」

「へぇ…」

「塩湖は、塩分やミネラルを含んだ淡水が河川から流入するにも関わらず、その出口がないために、水分が蒸発しても塩分は蒸発しないで残る。その結果できたものなのだ。この湖の塩分濃度はどれぐらいだと思うかね?」

「さぁ…」

「海水の塩分濃度は約3%だが、この湖は少なくともその10倍はある。つまり、生物の生息が極めて困難なのだ」

「…機械だったら生息できるってこと?」

「生息?私はここに生息などしていないよ。この機械、いやこの生命体は湖の底に眠っていた。それこそ太古の昔からな。いわゆる究極生命体なのだ」

「もしかして、人造人間?目的や手段は違うけど、わたしやミナのように人為的に作り出された…」

「おそらくそうだろう。まぁ、私にとってはその目的や手段はどうでもいいのだ。この究極生命体と、私の頭脳が同化できたことに意義があるのだからな」

「あなたの目的は何?究極生命体として生まれ変わる、ってことだけじゃない気がするけど?」

「なかなか興味深い問いだな。その答えは案外簡単なものだ。わかるかね?」

「…」

「ヒントを出そう。目的というほど大それたものではなく、さっきキミが話していた感覚とやらに近い」

「……たぶん、わたしが思い付いたことで当たってる気がするけど、だとしたら…最悪、ていうか最低」

「ほぉ、言ってもらえるかな?」

「ただ単に、その究極生命体の力を体感してみたいだけ…」

しばしの間、静寂がその場を支配する
湖面は気流によって、さざ波が出来ていた

2016/10/28

▼02

灼熱の太陽が沈み、月の出番がやってきた
立ち昇っていた陽炎は瞬く間に消えた
40℃近くあった気温は、20℃程度になっているに違いない

この砂漠は見渡す限り、植物が生息していない
また、空は雲1つない快晴状態だった
このため、発生した熱を保温しておくことができず、急激に気温が下がるのだろう

カナミは、この急激な日較差を何とも思っていないようだった
何かに取り付かれたような足取りも、太陽が昇っていたときとほぼ変化なしのようだ

もうすぐ…
もうすぐで、あるはず…

その表情のない瞳には、何が映っているのだろうか?

2016/10/27

▼01

死ぬのは仕方がない…

でも、殺されるのはいや…

ただ、それだけ…


カナミは何かに突き動かされているようだった

陽炎が揺らめく灼熱の砂漠
砂以外には何も見えない場所

時折、砂の中に潜んでいた異形たちがカナミに襲い掛かる

サンドクローラーほどではないが
体長4~5mほどのイモムシやムカデ、サソリなど…



残念ながら、いずれも原形を保ったまま生存することはなかった


シヌノハ、シカタガナイ…



デモ、コロサレルノハ、イヤ…





タダ、ソレダケ…

▼00

究極生命体…

それは、しばしば苛烈な環境で生まれるものだ

異常高温…

異常低温…

異常乾燥…

苛烈な環境を耐え抜き、生きてきたもの

これこそが真に強いものであり、究極生命体となり得るのだ

現時点で、この究極生命体に相応しいものは…



なるほど…

そこにいたか…

2016/10/26

▼99

君は、どうしたい?



…わたしは

………

…どうもしたくない

だって…

興味ない…

アイツの研究とか、セカイが1つになったとか…

それに…



わたしは、人為的に作られた存在…

だから…







ここはわたしがいるべきセカイじゃない…



わたしは、帰りたい…

本来いるべきセカイに…


サンドクローラーの巨体は、無残にも切り刻まれていた
完全に肉片と化していた

カナミは漆黒の闇を身に纏っていた
この世のものとは思えない呻き声
ガラス球のような瞬き1つしない瞳
そこから上は、全て包帯のようなもので覆われていた

▼98

ククク…

時は満ちた…

私は天才だ…

何人たりとも私を止めることは出来ない…

私は最強の生命体となる…

名実と共に食物連鎖の頂点だ…

フフフ…

ハハハ…

ハーハッハッハッハ!!

2016/10/25

▼97

カナミは目を開けた

いつの間にか目を閉じていたようだった
あまりに光が眩しかったせいだろう

そこは砂漠だった
見渡す限り砂しかなかった
日差しは恐ろしく強く、陽炎が立ち昇っていた

キミハドウシタイ?



ワタシハドウシタイ?

ソンナコト、カンガエタコトモナカッタ…

砂の中から体長10mほどの化物が姿を現した
サンドクローラーだ

直訳すると「砂漠のイモムシ」となるが、その外見はイモムシとはほど遠かった
どちらかと言えば、巨大な地縛霊に近かった

カナミは全く気付いていないようだった
サンドクローラーがちょうど背後にいるにも関わらず…

キミハ、ドウシタイ?
ワタシハ、ドウシタイ?

10mの巨体がカナミに圧し掛かってきた
カナミの周りには影が出来ていた





ワタシハ…

影は見る見るうちに大きくなっていった
カナミが押し潰されるのは、もはや時間の問題だった

2016/10/22

▼96

洞窟内は真っ黒だった
光が入って来ないからではなく、異次元へ通じているからだろう

!!

突如洞窟内から漆黒の闇が吹き出し、2人を覆い尽くした

「実はここって1人しか入れない場所なんだよね。あの女はそれを知らなかったのか、アイツに記憶を消されたかわからないけど、キミと一緒に入っちゃったんだ」

「わたしはもう1つのセカイに行けたけど…」

「そう。あの女は生きてはいたけど、キミも見たように、ああいった形で外界とは接触できない状態になってしまった」

「…」

「さて、こんなとこかな。今までボクのコピーから聞かされたことは、ほぼ全てアイツがでっち上げたってことがわかったと思うけど、どうかな?」

「そうね…」

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。キミはまだ表のセカイの住人だからね」

眩しいほどの明るい光が現れる
太陽を肉眼で直視したかのようだった

▼95

そこは、あの森だった
高さ・太さ・枝や、葉の付き方・大きさ・形など、全てが同じ木々

カナミをおぶって、心なしか早足で歩いている女性
これ以上犠牲者を出したくない…
そう思っていたに違いない

「この森には、もう1つのセカイへの入口があったんだ。もちろん、行ったら戻って来れないものだったけど。あの女はそこに向かっていた」

「そこが、あの地下シェルターに通じてた…」

「そうだね。キミは運が良かったと思うよ。あっちのセカイは既にエライことになってたからさ。地上に出てたら、有害物質の雨でひとたまりもないだろうし」

「まさか、ああなったのもアイツの仕業なの?」

「いや、関係ないよ。あっちのセカイは遅かれ早かれ崩壊する運命だった。たとえ大地震が起こらなかったとしてもね。わかるだろ?」

「…それは、そうね」

「止まることを知らない人間のエゴ…。膨れ上がりすぎて、破裂するのは時間の問題だった。人間もやっぱり動物だよね。いや、それだと彼らに失礼か。人間は死ななきゃわからないけど、彼らはそうなる前に回避するからね」

女性の前に洞窟が開いていた
もう1つのセカイへの入口なのは間違いない

女性は立ち止まり、肩で息をしていた
それに合わせてカナミの体も揺れていたが、目を覚ますことはなかった

▼94

まだ原形を留めたガラス容器は、もぬけの空だった

「か…。かは…」

男は目を見開いていた
カナミの腕は、男の体を貫通していた
その腕は硬い鱗に覆われており、人間のものというよりは、モンスターに等しかった

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は、次第に生気が失われていき、土気色になっていった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

「どうやらキミの体の方が強かったみたい。急激な成長促進で命を落とすことなく、アイツの施した遺伝子操作も機能していた」

「…あの腕のことね」

「それ以外ではメタモルフォーゼかな」

「…」

「ディアボロス、ビースト、ベヒーモス…。いずれも強大な力を持ってるが故に、キミの体力と精神力は著しく消耗してしまう」

「代償、ってわけね」

「そうだね。このあとアイツの肉体は死ぬ。アタマはしぶとく生き残ってるみたいだけどね。キミも意識不明状態になる」

「…」

「この状況は明らかに普通じゃない。既に亡骸に等しい状態になったアイツとボク、生きてるかどうか定かではないキミ…。ここであの女は最も本能に忠実な行動を取った」

「わたしとミナを連れ出した…」

「残念ながらそれは出来なかった。女の力で人間の体2人分を運ぶのは無理だ。なので、少しでも生きてる可能性の高いキミを連れ出した。しょうがないよね。まぁ、あの男をどれだけ愛してたとは言っても、所詮は他人だ。ボクとキミは、あの女にとっては血の繋がった存在だからね」

「…なるほど」

「さて、これでだいぶ補完できたと思うけど、まだ気になるとこはあるかい?」

「……わたしは、どこに連れて行かれたの?」

「その前に1つ聞いてもいいかな?キミはこれからどうしたい?」

「え?」

「気付いてるとは思うけど、キミはあの男に利用されてる。ヤツは、とんでもないことをやらかそうとしてる」

「…」

「すぐには出なさそうだね。まぁ、いいや。とりあえず、キミが連れて行かれた場所に行こうか」

キミハコレカラドウシタイ?

カナミの中でこの言葉が何度も反響していた

▼93

あの男が肩を震わせていた
泣いているのだろうか?
それとも笑っているのだろうか?

奥にある2つのガラス容器には、人間が1人ずつ入っていた
カナミとミナなのは間違いないだろう

「ついに…ついにやったぞ!私は天才だ!ひゃひゃひゃひゃ!!」

「なぜ、コイツがこんなに嬉しがってるかわかるかな?生まれた赤ん坊を人為的に双子化することに成功したってだけじゃないんだ。何だと思う?」

「見当も付かない…」

男の狂喜乱舞は当分収まりそうになかった

「成長促進さ」

「成長、促進?」

「ああ。それも20年分ぐらいを一気にね」

「じゃあ、ミナはそのとき…」

「うん。そういうこと」

…!?

ガラス容器が突如青くなった
ミナは断末魔の叫びをあげ、ガラス容器を破壊した
血も凍るような叫びだった

「な、なんと!?」

「仮にボクがキミのクローンだったら、成功してたかもしれないけどね。クローンて全く同じ細胞だから」

もう一方の容器に入っているのはカナミだろう

「キミは昏睡したままだった。急激な成長促進の影響だろうね」

木端微塵に割れたガラス容器
うつ伏せに倒れているミナは微動だにしなかった

▼92

黒と白で彩られた書庫は、永遠に続くかと思われたが、すぐさま開けた空間になった

白衣の男女が抱き合っていた
固い抱擁だった
熱い抱擁だった

黒が主体の空間では、彼らの白がコントラストとしてやたらと目立った

「ここから先が、どうなるかはわかるだろうから、次行こうか。彼らが、どれだけお互いを好きだったとか、愛してたとかなんてどうでもいいよね?結果的に、キミやボクの元となる赤ん坊が誕生した。そして、母体となるあの女は、どのタイミングかわからないけど、遺伝子操作をされて、歳を重ねることがなくなってしまった」

「そうね…」

「女って、基本的に自分より年上で、自分の知らないことを知ってたり、自分の出来ないことが出来る男に憧れを感じて、それがやがて…みたいなのが多いよね。まあ、あの男はそれを巧く利用したわけだけど」

「うん…」

「さて、次だ」

2人はいつの間にか消えていた
場所は病院の手術室のようなところに切り替わっていた

▼91

そこは、全てのものが黒と白だけで構成された場所だった
面が黒、線が白だった

見覚えのある場所だった
洋館の中にある図書室、そんな場所だった

書庫は異様に高かった
小柄なカナミの、10倍ほどの高さだった

ここは、あの人体実験が行われていた場所?

「ここは、2つのセカイが1つになったことで生まれた闇さ。コインの表裏と同じ。どっちかを切り離すことは出来ないってわけ」

ミナの声だった
しかし、姿は見えなかった

「ボクは表のセカイでは既に死んでる。ただ、それはあくまでも肉体がってこと。さて、キミには見てもらわなきゃいけないことがある。そのまま真っ直ぐ歩いておいでよ。まあ、書庫があるから、いやでも真っ直ぐ歩かざるを得ないけどね」

それは、断片化した記憶を補完するものとなるだろう

2016/10/21

▼90

まさか、これが今まで見ていたミナだということなのだろうか?

「科学に不可能はない。もちろんこの私にもな。キミが今まで見ていたのは、私がこうやって作り出したコピーなのだ。ミナは、人体実験のときに死んでしまったのだよ。まあ、私の研究に喜んで協力してくれた、あの美しい女が産んだ赤ん坊を、人為的に双子化するのは成功したがね」

「…」

「まあ、さっき『キミたち』と言ったのは、科学的にはあり得ないが、もしかしたらキミの心の中で、ミナが生きているかもしれない。そう思ったからなのだよ」

「…そうね。きっと、そうだと思う…」

根拠はなかったが、確信はあった
あの精神世界は、紛れもなくカナミ自身のものだったからだ

「それはそうと、なんであなたはミナのコピーを使ってわたしをここまで連れてきたの?」

「ならば聞くが、私が自らのコピーを作り出して、キミの元に現れたとしたら、どうしていたかな?おそらくここまで来ることはなかったのではないかと思うが、どうだろう?」

「…それは、そうね」

「それでは意味がないのだよ。私の研究を完成させるには、セカイを1つにする必要があるのだ。それにはキミの力が必要だったのだよ」

「ということは、ここは1つになったセカイなの?」

「いかにも」

あの深い闇に飲み込まれたときに、何かが起こったのは間違いない
しかし、カナミはそのときのことを全く覚えていなかった

「さて、そろそろいいかな?私は忙しいのだ。そして、キミの用は済んだのだ」

カナミの足元にブラックホールのようなものが現れた

どこに通じているのだろうか?
異次元への入口なのだろうか?

考える間もなく、吸い込まれていった

2016/10/20

▼89

降りた先は、展望台のような場所だった
ロビーよりも遥かに広かった
ミナと初対面したあの場所と酷似していた

外の様子が見えた
エレベーター内で見えたそれと全く同じだった

「ねえ、ミナ。セカイはもう1つになったの?」

そこはメカニカルで無機質な空間だった
人影らしきものは見当たらなかったが、カナミは感じていた
得体の知れないものの気配を…

「まさか、科学の力でどうにも出来ないことがあるとは…。まあ、いい。これぞ備えあれば憂いなし、というものだ」

その声はどこからともなく聞こえてきた
発信元は特定出来なかった

「おっと、私が誰かということは聞かないでくれたまえ。キミの、いやキミたちの1番身近な他人なのだからな」

声の主は、ほぼ間違いなくあの白衣の男だろう

「…どこにいるの?」

「私はここにいるよ」

「ここって??」

「正確に言おう。ここには建物のシステムを管理しているコンピューターがある。マザーコンピュータとでも言えばいいかな。どこにあるかは、あとでじっくり探してくれたまえ。私は、そのコンピューターに頭脳のコピーをデータとしてインプットしておいた。もちろん、データはここだけではない。セカイのありとあらゆるところにインプットしておいたのだ。重要なものは分散させておく、というのは常識だからな」

ここに来たのは、あの男に呼ばれていたからだろうか?

「さて、そろそろキミたちに来てもらった理由を教えてあげよう。これを見るがいい」

人影が形作られていく…
それは、ミナだった

▼88

エレベーターは直通タイプのものだった
降りる階を選ぶことは、出来ないようだった

エレベーターはガラス張りだったため、外の様子は見ることが出来た
しかし、ダークグレー一色だった

あの雨雲の中を進んでいるのだろうか?
色は、もう1つのセカイで見た、カナミの精神世界と酷似していた



到着音が響く
ドアがゆっくりと開いていった

▼87

ミナは、盆地を上りきった辺りで立ち止まっていた

「後ろを見てみなよ」

カナミはちょうど追い付いたところだった
地面がかすかに揺れているようだった

ミナは振り返る気配がない

「時は満ちた…」

カナミは振り返る
盆地だったその場所は、深い闇に覆われていた
既に、闇は目と鼻の先まで来ていた

!?

カナミの視界は、黒以外のものが何も見えない状態になった
闇に飲み込まれたようだ

▼86

エレベーターには何も乗っていなかった
カナミを促すように、しばし開いたままだった

おそらく上に向かうのだろう

この建物は何階まであるのだろうか?
行き先は展望台のようになっているのだろうか?
それとも、研究施設だろうか?
または、異形の生物が封印された倉庫だろうか?

黒い雨は止む気配が全くなかった
外から概観を確認するのは、自殺行為も同然だった

エレベーターは開いたままだった
行使出来る選択肢は、数が少ないのは言うまでもないだろう

2016/10/19

▼85

闇は徐々に消えていった
程なくしてカナミが現れた
今回は、精神的にも肉体的にも、全く消耗していなかった

化物はうつ伏せに倒れていた
八首はいずれも微動だにしなかった
もう2度と動き出すことはないだろう

「これが、わたしの力…」

明らかに、ベヒーモスやディアボロスにメタモルフォーゼしたときとは違った感覚があった

「そうみたいだね」

消えていたミナが現れる

「わたしに力を貸してくれたの?」

「いや。ボクに出来ることは、キミのメタモルフォーゼを手伝うことぐらいさ。今のは、完全にキミ自身の眠れる獅子が目覚めた。そんな感じだと思う」

「…」

「覚えてるだろ?ついさっき起こったことを」

カナミは頷いた

「ゾクゾクしたよ…。キミの力、思ってた以上に強力だったし…」

ミナの感情は、頗る昂っているようだった

「あの化物は、わたしの力を試すための実験台だったの?」

「さぁね。前も言ったと思うけど、ここは遺伝子操作された異形の獣で溢れてるのさ」

ミナは立ち止まった
ちょうどカナミとすれ違う形になった

「もうすぐセカイは1つになる…。後戻りは、できない…」

ミナは含み笑いをしつつ、カナミとの距離を離していった

「…」

後戻りできない…
これはカナミも同じだった

▼84

見えるものは、黒という色のみ…
光は初めから存在していなかった

そんな空間だった

八首たちは様子を窺うしか出来なかった
下手に動くと、自らの首を喰いちぎる恐れがあったのだ

どこからともなく白い人影が現れた
身につけている衣類は、カナミのそれだったが、目から上が包帯のようなもので覆われているため、正体不明状態だった

「フフフ…。怯えてるの?」

声は山彦のように反響した
発していたのはその人影だったが、カナミでもミナでもない声だった

八首は、威嚇するような低い唸り声を発していた

「大丈夫…。すぐには殺さないであげるから…」

捕らえられる距離だと判断したのだろう
八首は一斉に襲い掛かった

喰いついた箇所から闇が噴出した
闇はそのまま八首を拘束した

「あ~あ…。これだからケダモノってヤツは…」

骨を砕かれていく音が響き渡った

▼83

力は目覚めた
カナミに喰いつこうとした八首は、一歩手前で見えない何かに弾かれた

どうやら結界が張られていたようだ
足元から漆黒の闇が発生し、カナミを包み込む

化物は異変に気付き、一旦様子を見ることにした
迂闊に手を出した場合、足元の死骸と同じ運命が自分の身に降りかかる…
本能から出たサインだった

闇は、カナミを完全に覆い隠した
深淵なる闇…
どこからともなく聞こえてくる呻き声…
到底この世のものとは思えなかった

これから何が始まるのだろうか?

八首たちは、隙があれば襲い掛かることが出来るように身構えていた
胴体も脚にバネを溜め込むような動きを見せていた

突如、カナミを覆っていた闇が、噴水のように化物目掛けて吹き出した
闇は瞬く間に、その巨体を覆い尽くした

2016/10/18

▼82

そこには、ヤマタノオロチと酷似した八首の化物がいた
胴体はドラゴンのようだったが、八又に分かれた首は、いずれも毒蛇と思われるような出で立ちだった

湖だった場所は、焼け野原のようになっていた
最初から湖など存在していなかったかのように…

化物の足元には、はらわたを食い破られた胴体がいくつも転がっていた
胴体には首はなかった
流れ出た血が大地を赤く染めていた

毒蛇はいずれも口から血を流していた
ついさっきまでお食事中だったのだろう

化物は、いつしかのライオンのように、カナミの様子を窺うことはなかった
いきなり、八首が一斉に襲い掛かってきたのだ

その速度は、人間には反応できないほどのものだったが、カナミにはスローモーションのように感じられた

2016/10/17

▼81

そのドアはあっさりと開いた
自動ドアのように

そこは、カナミの内なる力によって、焼き払われた森だった
空は薄暗く、雨が降っていた
黒い雨だった

あの雨だろうか?
明らかに、水以外の化学物質の臭いが辺りに漂っていた
地表に落ちても、何かが蒸発する音や煙が発生することはなかったが…

エレベーターが動いていた
下に向かっているようだった



エレベーターの到着音がロビーに響き渡る
向き直るカナミ
ゆっくりとドアが開く

▼80

カナミは、地下シェルターから出てみることにした
確かめたかったのだ

残留思念が徘徊しているのか
有害物質の雨は降っているのか
そもそも建物自体がどのようになっているのか

そこは、ロビーと思われるフロアだった
しかし、カナミが10年間潜んでいた建物のそれとは、似て非なるものだった

どちらかと言えば、もう1つのセカイにあった研究施設に近かった
ガラス張りのドアもなければ、窓もなかった
広さも100分の1程度だった

照明は、LEDと思われる無機質で白いものだった
配置は最低限だったため、薄暗かった

残留思念が徘徊していることはなかった
それどころか生物の気配すらしない



出入口と思われるドアが見えた
おそらくカードキーやボタン等で開閉可能なタイプだろう
それ以外のドアは、地下シェルターに通じる非常ドアとエレベーターのみだった

2016/10/15

▼79

ぼやけた視界
そこが、これまでいた灰色の空間でないことは、なんとなくわかっていた

空気の流れがあった
灼熱の太陽光が降り注いでいた
土の匂いを感じた

視界は次第に明瞭としてきた
佇んでいる人影が、ミナだと気付くほどに

「お目覚めのようだね」

「…ここは?」

「キミの目で確かめることをオススメするよ」

どうやらうつ伏せになっていたようだ
ゆっくりと体を起こしていく

くり貫かれたような地形が目に付く
あの空間へ誘ってきた湖畔と同じ場所だろうか?
それとも、その対岸だろうか?

「後ろがどうなってるか見てみたら?安心しなよ。ボクは背後から襲ったりしないから」

「そうね…」

思いのほか体力の回復が早かった
カナミは立ち上がり、そのまま向き直った

!!

そのような光景を誰が想像できただろうか?
ついさっきまでは、確かにさざ波1つない青い湖だった

ミナはいつの間にか姿を消していた

▼78

湖畔にカナミが倒れていた
湖面は「深遠な青」のままだった

う…

カナミは意識を取り戻し始める
頭は鈍痛に苛まれ、体は錆付いたかのように動かなかった
唯一の救いは、一糸纏わぬ姿になっていない、ということだった

ミナはその様子をひたすら凝視していた
瞬き1つしない目だった

▼77

カナミは目を覚ました

そこは懐かしい場所だった
10年の歳月を過ごした地下シェルターだったのだ

…裸じゃない!良かったぁ~
それはそうと、ここにいるってことは、戻ってきたってこと?
にしても、なんで体育座りみたいな形で寝てたんだろ…

見たところ、もう1つのセカイに飛ばされる前と変化はなかった

人気はない
自家発電機能は生きているようだった
水道の機能も生きているようだった

2016/10/12

▼76

「まさか…。どうやって?」

ミナの言っていたことは、すぐには信じられなかった
記憶では、自分の中に埋め込まれた異形が殺めたはず
だが、ミナがウソを言っているとは思えなかった

「アイツめ…。ボクの記憶を操作しやがったな…。そうとしか思えない」

「…」

「ボクだけじゃない。キミもやられてる…」

それは一部分だけだろうか?
それとも、今までの記憶全てだろうか?

「あの野郎…。…ボクにはわかるんだ。いや、感じるんだ…。アイツが何らかの形で生存してるのが…」

「…まさか、残留思念として?」

「そうかもね。さて、準備は整った。あとはキミに来てもらうだけさ」

ミナは掻き消すように消えた
カナミの視界は、全てがモザイク状になっていった
耳鳴りが激しく鳴り響く

静謐な空間
音という概念が、最初から存在していなかったような場所

倒れたカナミが浮き上がってくることはなかった
目の前は、真っ白なままだった

▼75

アナイアレイション…
カンゼンナルハカイ…

ミナの放った言葉がひたすら反響し続けた

「フフフ…。そうさ、ボクは何もかもぶっ壊したいんだよ。何もかも…」

ミナは見るもの全てを凍てつかせるような、不気味な笑みを浮かべていた
カナミは、自分が衣類を身につけていないことに気付き、慌てて見られたくない場所を隠した
なんとなく身の危険を感じたからだ

「ハハハ、大丈夫だよ。ボクはこんな場所でキミと1つになりたくないから」

「……何もかもって言うけど、もう1つのセカイは既に壊れてる…」

「うん、そうだね」

「だったら、なんでセカイを1つにしようとするの?あとはこのセカイだけ破壊すればいいんじゃない?」

ミナはひたすら含み笑いをしていた
『何もわかってないんだね』と言っているようだった

「言ったろ?完全なる破壊って。それには分けられているセカイを1つにする必要があるのさ。どうしてもね…。それに…」

ミナの周囲が冷え込んでいくのを感じた
目には黒い憎悪の炎が燃え上がっていた

「どういうわけか、アイツは生きてやがるみたいなんだ…」

▼74

カナミは、すぐには二の句が告げなかった

「もっと言うと、ボクはキミの裏の顔ってわけ」

「…人為的に分けられた双子じゃなかったの?」

「アイツはそうしたかっただろうね。なんせ、遺伝子組み換えとか細胞分裂とかの専門家様だからね」

ミナの口元は笑っていたが、目は、言葉にするのもおぞましい、と言っているようだった

「思い出してもごらんよ。あの研究施設にはガラス容器が2つあったよね?人間1人がすっぽりと入るくらいの」

「ああ、そういえば…」

「アイツは、産まれてきた赤ん坊の精神を分離させること、体に得体の知れない何かを埋め込むこと、には成功したけどね」

「…」

「どうやら、ボクとキミはお互いのことが肉眼でも見えるみたいだね。なぜ見えてるのかまではわからないけど。少なくとも傍目には、キミとボクが入れ替わってるように見えてるみたい」

「ミナ…」

「ん?」

「ミナの、本当の目的は何?」

「ボクの、本当の目的、かぁ…」

「わたしと1つになりたいとか、セカイを1つにする、ってだけじゃないよね?わたしにはわかる。ミナには、それ以外にも目的があるっていうのが」

…しばしの間、静寂がその場を支配した
静寂を破ったのは、言うまでもなくミナだった
含み笑いとともに…

「そうだね。じゃあ、そろそろ話しておこうか。ボクの本当の目的、それは…」

ミナの口から聞き慣れない単語が発せられたが、よく聞き取れなかった

「ゆっくり言おうか。アナイアレイション(annihilation)。『完全なる破壊』、さ」

▼73

「ここでは、色のあるものは全てダークグレーなんだね…」

「…だから、何?」

「キミの体は、そのオンナの返り血を浴びているはずなのに、ダークグレーになっているから」

亡骸となった女性の体は、ゆっくりと確実に増えていた水に飲み込まれていた

「…で?」

「死んじゃったね」

「あなたが殺したんでしょ!!」

ミナの口元には薄ら笑いが浮かんでいた
フードで目元が見えないのは相変わらずだった

「まだ気付かないみたいだね」

ミナは被っていたフードを取る

「ボクはキミでもあるし、キミはボクでもある」

ミナは、表情に闇や憎悪が色濃く出ている以外は、カナミと全く同じ顔だった

2016/10/09

▼72

あ…
ああ…

その知的で美しい顔からみるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった




「ダメ!!」

カナミは蠢く右腕を押さえ、飛び退いた

「カナミ?」

「わたしに近付かないで!!うっ!!」

カナミの右腕は、もはや人間のものではなかった
異様に尖った爪
前腕部は鱗に覆われていた

右腕は蛇のように蠢いていた
カナミはそれを必死に押さえていた

「…ミナね」


「え?!」

「わたしは逃げも隠れもしないわよ」

女性は、真っ直ぐカナミに視線を向けていた

「ミナが、いるの?!」

向けられた毅然とした視線は、外れることはなかった

「フフフ…。よくわかったね。勘てヤツ?」

外見はカナミのままだったが、顔付きは全くの別人に切り替わっていた
厭世的な雰囲気は一変し、内側に闇や憎悪を抱える禍々しさが感じられた

「わたしはあなたたちの…」

「それ、もう聞き飽きたよ。ったくどんだけ美化すりゃ気が済むわけ?わたしはあの人を愛していたとかさ、あなたたちは決して人体実験のために生まれたわけじゃないとかさ…。で、その結果がこのザマだよ!」

「…」

「確かに主犯はあの男かもしれないけど、アンタも十分共犯だよね。なんせ、あの子に事実を捻じ曲げて伝えたんだから。さも双子として生まれてきたみたいな言い方しやがって…」

「…」

「ボクたちは所詮、アイツのおぞましくて汚ねぇ私利私欲の産物なんだろ?どうなんだ?」

「違う!!わたしは人体実験なんかのために、あなたたちを産んだんじゃない!!」

「…じゃあ、何のため?」

「わかってほしいとは言わない…。わたしは、あの人を尊敬してたし、憧れていた。そして、気付いたら好きになってた…。すごく愛おしかったし、あの人の子供が欲しいって思ってた」

「ふ~ん…」

「それがこんなことになるなんて…」

「…」

「遺伝子操作をされたのはあなたたちだけじゃないの…。わたしの体は、あなたたちを産んだそのときから時を刻むことがなくなってしまった…。あの人は『人間が若々しく美しいのは一瞬だけだ。美しいものが老いて醜くなることは耐え難い』って言ってた

「ハハ…。ホント狂ってるね、アイツ…。人間じゃねぇや。でもそれに気付けなかった、もしくは、気付いてても見て見ぬフリをした…」

ミナの右手が女性の体を貫通した

「それも同罪だよ」





え!?

カナミの右腕は女性の体を完全に貫通していた
ちょうど心臓の辺りだった

その知的で美しい顔から、みるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった

「あ…、ああ…」

右腕を引き抜いたが、既に手遅れだった
女性の体が力なく前のめりになる

「あ…、あ…、ヴぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」

女性を抱きかかえたカナミの全身がダークグレーに染まっていく

▼71

……せ



ころせ…

誰!?

殺すんだ

うっ!?

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

早く!!

!?

右腕が意思とは無関係な動きをしようとしていた
何者かに操られているかのようだった

▼70

カナミは、収まることなく吹き出す感情に、ひたすら身を任せていた

物心ついたときから、自分には感情が備わっていない
もしくは、備わっていたのかもしれないが、生きてきた環境が要因で、枯渇してしまった

そう思っていた

柔らかかった…
温かかった…
心地良かった…

この感情も、いずれは終わりが来るのだろうか…

▼69

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

白衣を着た男が倒れていた
完全に事切れているようだった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は、次第に生気が失われていき、土気色になっていった

▼68

緑の液体が満たされたガラス容器の中…
容器の下からは、気泡が送り込まれていた
鑑賞魚の水槽のように…

ガラス容器を覗き込む女性

「…カナミ。……がい。……なないで」


女性の声は、気泡が送り込まれる音にかき消された

白衣を着た男がやってきた
背丈は、女性よりも10センチほど高かった

男は女性の背後で何かを語りかけつつ、腰辺りに手を回していた
女性の表情に、そこはかとなく悲しみが漂う

2016/10/04

▼67

「…大きくなったよね」

「…いつの頃と比べて?」

「あなたがまだ、赤ちゃんだったときと比べて…」

「…よく覚えてない」

「確かにね…」

目眩は治まっていた
しかし、カナミは顔を上げる気にならなかった
女性と顔を合わせる勇気がなかったのだ
彼女の口から語られるだろう、その内容を聞き入れる勇気が…

「わたしが話さなくても、いずれは知ることになると思う…。でも、出来ればわたしの口から、あなたに伝えたい…」

水の高さは、間もなく膝を覆うほどになろうとしていた
ゆっくりとだが、確実に生身の体を覆っていく
透明度のない、ダークグレーの水だった

「…」

カナミは顔を上げた
シャープで整った顔立ちが目に留まった

女性は柔和な笑みを浮かべた
カナミも釣られて口元だけ笑ったような形になった
深い何かに包み込まれるような感覚があったからだ

それは、今まで感じたことのないものだった
柔らかく、何よりも温かった

カナミは水滴が頬を伝っていくのを感じた
それは一粒、また一粒と増えていった
いつしか女性の顔や回りの景色も滲んでいった

水滴は止めどなく流れていた
ダークグレーの水面に波紋がいくつも出来ていった

「カナミ…。あなたはわたしの子よ。ミナは…。あなたの双子なの」


柔らかい体に包み込まれるのを感じた
込み上げて来る感情を抑えるのは不可能だった

2016/10/03

▼66

「やっと会えたね」

カナミのぼやけた視界には、女性と思われる人間の顔が写っていた
水は頭頂部まで来ていた
辛うじて顔だけが出ている状態だった

「あなたは…」

「そう。わたしが今まであなたの意識に直接語りかけてたの」

カナミは焦点が徐々に合ってくるのを感じた
逆さまだったが、今度は女性の顔がハッキリと見えた

27~28歳ぐらいだろう
メガネが似合いそうな、小顔の知的美人だった

「だいぶ目付きもしっかりしてきたね。起きられそう?」

「…やってみる」

体が重かった
精神的な疲れは肉体にも影響する

……

なんとか体育座りをすることが出来た
急に体を動かしたせいだろうか?
立ち眩みに似た症状が襲う

「う…」

カナミは体育座りの体勢のまま蹲った
水は、衣類に覆われていない下半身が隠れるほどの高さまで来ていた

「大丈夫?やっぱりまだムリそう?」

「…頭が、クラクラする」

カナミは顔を上げることが出来なかった
声の聞こえてきた方向から、女性は、カナミの前にしゃがんで話しかけてきているようだった

「そうだよね。もう少ししたら良くなってくるはずだから」

カナミはこの女性に見覚えがなかった
しかし、なぜか他人のような気がしなかった
まるで、以前から知っているかのような、何かがあった

2016/10/02

▼65

どれくらい時間が経ったのだろうか?
何時間も意識を失ったままだったのだろうか?
それとも、ほんの数分だったのだろうか?

カナミは意識を取り戻していた
水溜りのような場所に、仰向けに寝転がっているようだった

目に付くのはダークグレー一色の無機質な空間
明らかに先ほどの神殿とは異なる場所だった

カナミは体を起こす気になれなかった
ただひたすらこの無機質な空間を眺めていた
目の焦点は合っておらず、放心状態に等しかった

静かだった
物音1つしなかった
そして、空気の流れもなかった

カナミは体に接する水の量が少しずつ増えていくのを感じた
この水はどこまで増えていくのだろうか?
体を覆い隠すほどの量になるのだろうか?

今は全く考える気力が湧かなかった

▼64

そこは、カナミが生きてきた約20年の歳月で、見たことも聞いたこともない場所だった
1度たりとも…

目に付くものは、どこかの神殿と思われるようなものばかりだった
色は全てダークグレーだった
無機質で妙に透明感のある色だった

カナミは体を起こした
そこで初めて気が付いた
自分が衣類を一切身に着けていないということに…

ちょ…!?
なんで??
いつから!?
誰が!?
何のために??

「忘れたのか?ここはそなたの内面や意識が具現化した場所だということに」

カナミの背後からベヒーモスの声が聞こえてきた
振り返る気にはなれなかった

「…我がやったわけではない。ってことでしょ?」

「フッ。我は人間ではない。従って人間の女には興味などない」

「…」

沈黙がその場を支配した
あのベヒーモスのことだ
カナミの前に回り込んでくることはないだろう
根拠はなかったが、確信はあった

カナミは振り返ってみた
手で隠すところは隠して…

??

ベヒーモスの姿は影も形もなかった

カナミは辺りを見回してみた
結果は同じだった

…もしかして

カナミは目を閉じ、ベヒーモスの姿をイメージした
一目で強烈な印象を与える風貌だったため、頭の中で思い描くのは容易かった
そして、その出来上がったベヒーモスに自らの意識を同化させていった

「フッ。合格だ。さあ、目を開けるがよい」

カナミはゆっくりと目を開いていく
目の前に大きな鏡が出現していた
そこに映っていたのはベヒーモスの姿そのものだった

「我の力が必要なときはいつでも呼ぶがよい」

鏡に映っていたベヒーモスが消えた
カナミは自身の体が人間に戻っていくのを感じた

急激に精神力を使ったせいだろうか?
目の前が歪んでいくのを感じた
そして、意識を失った

▼63

カナミはいつの間にか気を失っていたことに気がついた
引き込まれる勢いがあまりにも凄まじかったためだろう
高所から落ちたときもこのような感覚なのだろうか?

わたし、気を失ってた?
ここは…どこ?

カナミは背中が地に付いているのを感じた
そして、息を止めていなくても問題なく呼吸が出来る状態であることも

わたしは確かに水中に引き込まれたはず…
ここは水中じゃないってこと?

カナミは目を閉じていた
目の前は青ではなく黒だった

目を開けたら今度はどのような光景が広がっているのだろうか?
カナミはまだその心の準備が出来ていなかった

「ほぉ…。さすがだな…」


聞き覚えのある声だった

「…これはあなたの仕業なの?」

「フッ。我以外にこのようなことが出来る者がいるとでも?」

「相変わらずもったいぶるの好きね。で、ここはどこなの?まさか湖の底だったりとか?」

「それはそなた自身の目で確かめるがよい。我が語るより説得力があろう?」

「…」

カナミは少しずつ目を開け始めた

▼62

不測の事態だったが、カナミは水中に引き込まれた際、息を止めるのを忘れなかった
思わず目も閉じてしまったが…

水が体内に入り、肺にまで入ってしまった場合、タダでは済まない
引き込まれてしまったものはやむを得ないのだ
勢いからいって、無闇に抵抗したところでどうにもならない

仮にカナミの足に巻き付いているものを振り解いて水面に戻ったとしても、根本的な解決にならないのだ
かと言ってこのまま引き込まれ続けた方がいいというわけではないが…

カナミを引っ張り続ける勢いは衰える気配がなかった
この湖はどれだけ深いのだろうか?
目を開けるのはこの勢いが弱まってからの方がよさそうだ

▼61

この湖はどれだけ大きいのだろうか?
カナミはやっとの思いで水面に辿り着いたが、目に映るのは水と空、そして地平線だった

これじゃ、どこに向かえばいいかわからない…

太陽の高さを見る限り、今は正午ぐらいだろう
下手に動かない方がよさそうだが、日が落ちると見通しが悪くなるのは確実なため、出来れば少しでも地に足が着く場所に移動したかった

!?

カナミは足に触手のようなものが巻き付いたのを感じた
それと同時に凄まじい勢いで水中に引き込まれてしまった

▼60

まだなの?
一体どれだけ深いの?

光が降り注いでいるのは確認できていたが、カナミがいた場所は思った以上に深かったようだ
周りが青一色だったためか水面との距離がいまいち取れなかったのだ

く…
息止めてられるのも、限度があるって!

光の加減から、ようやく水面に近付いてきたようだった
しかし、カナミは気付いていなかった
底の方から近付いて来ている大きな得体の知れない影に…