2016/09/28

▼59

突如目の前が黒くなった
カナミは目を開いてみた
今度は青一色だった

再び目を閉じてみる
黒一色になった

目を開いてみる
青一色になった

変化はもう1つあった
体が沈み込んでいく感覚がなくなり、地に足が着いた

カナミは足元を見てみる
青一色だった

見た目はさっきと変わらないけど、なんか違う気がする…

目を閉じてみた
再び黒一色になる

今回は先ほどと変化があった
目の前にべヒーモスがいたのだ
出で立ちはファイナルファンタジーシリーズ等に出てくるそれをイメージしてもらうとわかりやすいだろう

!?

思わず目を見開いた
視界は青一色となり、べヒーモスは影も形もなくなった

…今のは、何??

目を閉じたら再びいるのだろうか?
目を閉じてみるカナミ
視界は真っ黒になるだけだった
べヒーモスは見当たらなかった

「何をしているのだ?」

あのべヒーモスだろうか?
カナミは言葉が出なかった
何を言っていいのかわからなかったのだ

「さあ、目を開けるのだ。そうでないと我を見ることは出来ぬぞ」

「…確かに言えてるわね」

目を開けるカナミ
目の前には華奢で小柄なカナミの体が最低でも100個は入りそうな紫色の体躯をしたべヒーモスがいた
周りの景色が真っ青なのは変わらなかったが

「ほう。我を見ても顔色1つ変えないとはな」

「そうね。ここまで来る間に色んな目に遭わされすぎたから…」

「フッ。実に面白い」

「それはそれとして、さっきから気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」

べヒーモスは黙っていた
カナミの発言を待っているようだった

「ここはどこなの?もしかしてわたしがさっき見た湖の中なの?」

「なぜそのように思ったのだ?」

「それは、わたしたちの周りがあの湖と同じ色だから」

「なるほど…。では聞くが、何色に見えるのだ?」

「青…。上も下も右も左も、全部同じ色」

「そうか…。あの湖は近付いてきた生き物の内側を投影すると言われている。そなたが見ているのは、まさにそなた自身の内面だ」

「わたしの、内面…」

「青には誠実、信頼、落ち着き、平和といった肯定的なイメージ以外では、失望、悲しみ、不安、憂鬱、寂しさといった負のイメージもある。そなたの青はどちらだ?」

「わたしの青、失望・悲しみ・不安・憂鬱・寂しさ、全部当てはまる…。肯定的なイメージは、ない…」

「そうか…」

「ということは、あなたもわたしの内面が具現化した結果現れたの?」

「我はずっとそなたの中にいた。正確にはそなたの細胞に埋め込まれていたのだ」

「…」

「今まではこうやって相見える機会がなかっただけなのだ。その必要もなかったのだがな」

「…」

べヒーモスは黙っていた
「今度はそなたの番だ」と言わんばかりに

「…今までは、わたしが瀕死状態になったときに出て来てくれたと思うけど、これからはそうでないときでも力を貸してくれるの?」

「…」

「ねえ、どうなの?」

「…その話は、そなたがここから生きて出ることが出来てから話すことにしよう。無事を祈る」

ベヒーモスは消え去った

「うっ!?」

口内に水が流れ込んできた
どうやら水中にいるようだったが、頭上を見ると、日光もしくは月光と思われる光が降り注いでいるのが見えた
ひとまずそこに向かえば地上に出ることは出来るだろう

▼58

どこもかしこも青…
上も下も右も左も…

というかそれさえも区別がつかない…
濃淡、色調全て同じ…

進んでいるのかそうでないのか…
浮き上がっているのか沈んでいるのか…

よくわからない…

そもそもここは何なの?
さっきまでは確かに空と湖と地面は分かれてた
それが気付いたら全部湖みたいになってる…

カナミは泳ぐのを止めることにした
抜いていた体の力も入れてみることにした
体が足から沈みこんでいく感覚があった

カナミは目を閉じてみた
なぜか通常は黒くなるところが青いままだった

…意味わかんない

体はそのまま足から沈みこんでいく
体から力を抜いてみたが、浮き上がることはなかった

2016/09/27

▼57

湖面は恐ろしく青かった
「深遠な青」という表現が相応しかった
青以外の色が入る余地はなかった

対岸は地平線のようだった
まるで海の地平線を見ているかのようだった

湖面にはさざ波1つ立っていなかった
深夜または廃墟内で感じるのとは違った静謐さがあった

カナミはこの青と同化したかのような錯覚を感じた
湖面に全く動きはなかった
しかし、辺りはいつの間にか青一色となっていた
「深遠な青」に飲み込まれたようだった

湖に落ちた?
だとしたら全然息苦しくないのはなぜ?

カナミは足元を見た
青以外の色は見えなかった

試しに体から力を抜いてみた
体が浮き上がるような感覚があった
やはりここは湖の中なのだろうか?

水泳のクロールのように手足を動かしてみた
水の中を泳いでいるような感覚があったが、青一色のためどの程度進んでいるかは全くわからなかった

▼56

太陽の出現とともに気温も上昇してきた
目を覚ますカナミ

いつの間にか眠っていたようだった
いつ眠りに落ちたかは覚えていなかった

霧は晴れていた
まるで霧など最初から発生していなかったかのようだった

目の前には湖が広がっていた
かなり大きかった
近くで見ると対岸は間違いなく見えないだろう

湖面は青かった
どちらかと言えば「紺碧」に近かった
おそらく透明度が高く、急激に深くなる場所があるため、青以外の光の反射が少ないのだろう

カナミは「もっと近くで見たい」という衝動を抑えることなく、湖畔へ向かった

▼55

霧の発生元はくり貫かれたような地形になっていた
俗に言う「盆地」だろう

霧は濃く、足を踏み入れると全てが真っ白に見えるのは想像に難くなかった
下手に先に進まない方がいいだろう

月や星の明かりがあるとはいえ今は夜なのだ
それに何が潜んでいるかわからない
木が突然体を貫こうとしてくるぐらいだから油断大敵だ

でも涼しい…

カナミにとっては束の間の休息だった
日中との気温差・霧に含まれる水蒸気が思いのほか心地良かった

▼54

辺りは月明かりと無数の星によって夜とは思えないほど明るかった
今までが暗すぎただけかもしれないが…

カナミは辺りを見回してみた
見渡す限り似た地形ばかりなのは言うまでもないが、日中と大きく異なる点があった
それほど遠くない場所に霧が発生している場所を見つけたのだ

池か湖でもあるのかな?

その憶測はあながち間違いではないだろう
霧は気温の高い日中に水が蒸発し、日没とともに急激に気温が低下することで、空気中を漂っていた水蒸気が小さな水粒となって空中に浮かんだ状態なのだ

カナミは霧の発生元に向かってみることにした
何らかの水源があれば、かねてから望んでいた「涼む」が満たされるのは確実だ

▼53

太陽が沈む
太陽と月が入れ替わる時が来た

気温が急激に下がり始めた
この調子なら地表が冷えるのも早いだろう
溜まっていた熱の放出も早いに違いない

だいぶ涼しくなってきたわね
25℃ぐらいかな?

辺りは暗くなってきた
木々がなくなったため、漆黒の闇とはならなかった

カナミは空を見上げてみた
無数の星が見えた
星の並びから何らかの星座かと思われたが、残念ながらよくわからなかった

…星ってこんなにもハッキリ見えるものだったのね

地下で暮らす前にも星空を見たことはあったが、地球は大気汚染がかなり進行していたため、今回のように見えることはなかった

▼52

日差しは強かった
カナミは優しさの欠片もない日差しだと思った
少し動くと頭がクラクラしそうだった
肌にも刺すような痛みがあった

太陽は中心部で水素の核融合を起こし、ガンマ線を発生する
ガンマ線は高温のため、固定されずに飛び交っている電子や陽子により直進を阻害される
直進を阻害されたガンマ線は、近くのガスに吸収されてエックス線として放出される
エックス線は、ガスへの吸収と放出を繰り返し、直進できるほどの外側部に到達したころには可視光線や赤外線、紫外線となる
これらが太陽光として放射されているのだ

地球に到達するまでに紫外線は成層圏のオゾン層で90%以上がカットされる
可視光線、赤外線も、大気圏中での反射・散乱・吸収などによって平均4割強が減衰し、地上に到達する

おそらくこの太陽光は、これらの物質が地球のそれよりも多いに違いない
いたずらに動き回るのは体力の消耗を早めるだけだ
夜になってから動く方が賢明かもしれない

▼51

太陽が昇る
月ほどではないが、地球にいるときに見えたものより若干大きく見えた

暑い…

今までは高さのある木々に覆われているおかげで気温が一定に保たれていたのだろう
カナミは全身にじっとりと汗をかき始めていた
現時点の気温は少なく見積もっても35℃はあるに違いない

カナミは汗をかきにくい体質だったが、気温が30℃を超えるとじわじわと汗が滲み出て来るのは自覚していた

…早く涼める場所を探さなきゃ

見渡す限り焼け野原になってしまったこの場所では難しいのは言うまでもない

2016/09/26

▼50

少しずつ目を開け始めるカナミ
視界には森というよりは焼け野原に等しい場所が広がっていた

!?
一体何があったの?

カナミは意識を失っていたため、夜の間に何が起こっていたのか知る由もない

「何があったか教えてあげようか?」

「ホント、どこにでも現れるのね」

建物の影から現れるミナ

「減らず口が叩けるってことはそれだけ体力が回復してるってことだね。いいことだ」

「で、一体何があったわけ?」

「その前に1ついいかな?キミは夜の間ずっと意識を失ってたの?」

「んな当たり前のこと聞かないでよ。でなきゃ何があったかなんて聞かないって」

ミナは含み笑いをしていた
まるでカナミの反応を楽しんでいるかのようだった

「いいねぇ、こうでなくっちゃ。早くキミと1つになりたい…」

ミナの目に全てを凍てつかせるような冷たさが浮かんでいた
カナミは身の危険を感じたが、どうすることも出来なかった
意識が戻ったとはいえ、まだ体はまともに動く状態ではなかったのだ

「まあ、それはまだ先の話。それはそうと話を戻すけど、この森をこんなにしたのはキミだよ。キミが内なる力を目覚めさせてディアボロスに変身し、木を根こそぎなぎ倒し、熱線で何もかも焼き尽くしたのさ」

「わたしが?」

「おそらく意識を失っているときだろうね。現時点では瀕死もしくはそれに近い状態になるとキミの力は目覚めるみたい。ちなみにボクが意図的に目覚めさせたときはディアボロスではなく、ビーストに変身したよ」

「…」

「さて、この辺にしとこうか。ボクにはやるべきことがある。でも困ったことにそれはキミの力がないと出来なかったりする。それも今回のように特定の状況にならないと発動しないっていうんじゃなくて、キミ自身でコントロール可能な状態になってる必要があるのさ」

「セカイを1つにするのにってこと?」

「さあね。とりあえずボクはこのまま北に向かう。キミもおいでよ。というかもう後戻り出来ないわけだから、必然的にそうするしかないわけだけど」

「内なる力…。ビースト…。ディアボロス…」

カナミはようやく自分の体が動かせる状態になってきたのを感じた

2016/09/23

▼49

カナミの目の前には淡い光に包まれた黄金色の草原が広がっていた
心なしかそよ風が吹いているようだった

おはよう、カナミ

…誰?

辺りを見回してみたが、誰もいなかった

でも、あなたの声聞き覚えがある…

そうね
まだあなたが崩壊したセカイにいたときに、こうやってあなたの意識に語りかけたわ


…思い出した

あのときはそれほどではなかったけど、今回は結構重症だったみたい
今、何が見える?


黄金色の草原、そよ風に吹かれてる…
あなたに話しかけられるまでは暗い場所にいたよ

そう…


ねぇ、ここは一体どこ?
わたしはさっきまで森にいた
変な木に胸を貫かれて、そこから意識を失って、気付いたらここにいる

ここは生と死の狭間
でも、どちらかといえば生に近い場所ね
淡い光が見えるでしょ?


うん

あなたにはまだやるべきことがある
あの子、ミナを止められるのはあなたしかいない
体内にディアボロスを埋め込まれたあなたにしか…


それはあの人体実験でってこと?

ごめんなさい
あなたの意識に直接語りかけられる時間は限られているの
もう行かないといけない
おそらく今度は直接会うことになると思うから


淡い光が眩しい光に変わり、黄金色の草原はかき消された

▼48

……きて



お……て

…誰?

カナミ、そろそろ時間よ

…時間?

そう、起きる時間よ
早くしないと遅刻するわよ


…遅刻?

カナミは自分の置かれた状況が全く把握できていなかった
かろうじて自分が暗い場所にいるということだけ認識できていた

さぁさぁ、外はいい天気よ
ほら起きて


ま、眩しい…

カナミは少しずつ目を開けていった

2016/09/21

▼47

夜が明けた
森はその原形を留めないような状態となっていた
見渡す限り木々は黒い煤と化していた

例の研究施設が入った建物は残っていた
カナミはその建物にもたれるように倒れていた
見たところ外傷はなかった
木に貫かれたはずの箇所も最初から何事もなかったかのような状態だった

閉ざされていたはずの研究施設からミナが出てきた
猛禽類を思わせる瞬き1つしない眼差しだった

カナミは動き出す気配が全く感じられなかった
昏々と眠り続けているような状態だった

ミナはカナミを一瞥し、去っていった
口元には「全て思惑通り」とでも言いたげな笑みが浮かんでいた

▼46

夜が訪れた
スーパームーンは相変わらずだった
前日と違いがあるとすれば、森の中の木々がなぎ倒されたり、へし折られたり、跡形もなく燃やされたりしている、ということだった

カナミを串刺しにしていた木はいの一番に灰にされてしまった
カナミは意識を失ったと同時に周りの景色と同化するように消え去った
影も形もなくなってしまったのだ

その後、一筋の熱線が降り注ぎ、その木を直撃した
木は一瞬のうちに黒焦げになり、地表に崩れ落ちていった

スーパームーンを背に悪魔と酷似した異形の影が見えた
熱線を発したのはこの影だろうか?
木が完全に崩れ落ちたのを見届けると、異形の影は目に留まらぬ速さで森へ飛び込んで行った

夜が明けるころには「ここは以前何から何まで全く同じ木々で構成された森だった」と呼ばれるような状態になっているのは間違いないだろう

2016/09/14

▼45

貫かれた胸からは紅い液体が止まることなく流れ続けていた
滝というよりは湧水のように…

太陽は既に10分の9ほど沈んでいた
もうじき月の出番が来ることだろう

カナミは自身の細胞に潜んでいた何かが目覚めつつあるのを感じた

う…
ア、アツイ…

体からは紅い液体が滴り続けていた
常人ならば間違いなく死に至っているだろう
カナミは程なくして意識を失った

▼44

ククク…

あそこはある意味隔離空間なんだね…

アンタ狂ってるよ…

こうなることも計算に入れてたのかい?

木の高さは建物より高いし

木の見た目は全く同じだし

これで方向感覚の狂いを誘発し

そもそも森から脱出しようという本能自体を萎縮させる

それでも効果がない生き物のためにああいう木まで作り出すなんて…

しかし容赦ないよね

あんなことされたら並みの人間は既に死んでるよ

でも相手が悪い…

もうじき内なる力が目覚めるころだ

そうなったら…

…さぁ、おねむの時間は終わりだ

▼43

え!?

さすがのカナミもこれは想定外だった
ここの木は確かに生命の活動らしきものが皆無に等しかった
いや、仮にそのようなものが感じられたとしても、誰が予測できただろうか?

いきなり木の枝が恐ろしい速さで伸びてきて、カナミの胸を貫いたのだ
おそらく貫通しているだろう

カナミは口内が熱いもので満たされていくのを感じた
口から何かが滴り落ちているような感覚もあった

ふと見ると、木の枝が緑の胴体を串刺しにしているようだった
胴体には前脚も後脚もなかった
間違いなくあのライオンだろう

カナミは咳き込みそうになるのをなんとか堪えていた
咳き込むとより状況が悪化するのは間違いなかった
熱いものが止まることなく込み上げてくることだろう

!?

木はカナミをそのまま高く持ち上げだした
無論串刺しにしたまま…
カナミの視界は森全体が俯瞰的に見えるような状況だった

う…
も、もうダメ…

咳き込むたびに熱いものが止めどなく体内から込み上げてくるのを感じた
串刺しにされた部位や開いた口からも熱いものが流れ落ちているのを感じた
まるで川が流れるように…

2016/09/12

▼42

カナミは森の中を歩いていた
どこに向かっているかはわからなかった
ひたすら同じ景色が続くのだから無理もない
当初は木に印をつけようと考えていたが、後戻りできない状況のため無意味と判断した

どのくらい歩いただろうか?
木漏れ日はオレンジ色になっていた
少なく見積もっても夜明けから夕方まで歩き続けていることになるだろう

?…
柔らかい?

足元を見ると緑色の蛇がいた
無残にも胴体の半分ぐらいで切り取られていた
既に事切れているようで、襲い掛かってくることはおろか動き出すことすらなかった
よく見るとその死骸はそこら中に散らばっていた

本体はどこ?
この分だとバラバラにされてそうだけど

その予想は見事に的中した
蛇の死骸を目で追っていくと、切断された脚と思われる部位が転がっていた
保護色の緑だったため、目を凝らさないと見つけるのが困難だった

よく見ると夥しい量の血で大地が染まっていたが、辺りが暗くなり始めているのと、夕焼けの色と同化するような状態だったため、気付かなかった

これは…
昨日の緑のライオン!?

鬣のようにくっついていた蛇はむしり取られたかのようになっており、首は鋭利な刃物で切り落とされたようだった

…すごい血
しかもまだそんなに時間が経ってないみたい
このライオンをここまでしちゃうなんて…
一体どんな化け物が潜んでるの?

おそらくまだこの近くに潜んでいるはずだ
しかし、姿は見えない
無論気配も感じられなかった

カナミも気配を消すようにした
出来るだけ周りと同化することを意識してみた

…やっぱり何かいる

木漏れ日は夕焼けによって紅く染まっていた
無機質な木々がまるで血に飢えた獣のようだった

▼41

程なくして森全体が明るくなってきた
木々の隙間から太陽の光が降り注いできたのだ

気のせいだろうか?
朝陽のわりには光が強い気がした

仮にこの星が月との距離が地球よりも近い位置にあるとしたら、当然太陽との距離も近くなる
その影響だろうか?

…開くわけない、よね

例の研究施設の入口はやはり閉ざされていた
なんとなく、知っていたが再確認したかった
それだけだった

▼40

夜が白みかけてきた
辺りを覆っていた漆黒の闇は消えつつあった

カナミは一睡もしなかった
「寝たい」という欲求が湧き起こらなかったのだ
この状況では無理もない

…夜が明けたらこの森がどうなってるのか探索してみないとね

その夜明けは間もなく訪れようとしていた
視界に木々がかなり明瞭と映るようになっていた

この森は果たしてどこまで続いているのだろうか?
あの緑のライオンと同等、もしくはそれ以上に異形の生物がまだたくさん潜んでいるのだろうか?

2016/09/08

▼39

月が沈んだ
再び辺りは漆黒の闇となった
カナミは目が慣れていたせいか月明かりがなくてもそれほど不自由はしなかった

…やっぱり何かいるわね
いいかげん出てきてよ
今更何が出てきても驚きゃしないから

カナミの呼びかけに反応したかどうかはわからないが、闇に潜んでいた生物がその姿を現した
緑色をした雄ライオンだった
異様だったのは、鬣部分が無数の生きた蛇になっていることだった
元々この色だったのか、この森で効果的に獲物を狩るために体質変化を起こしたのかまではわからないが

ライオンはカナミを発見すると、すぐに襲い掛かることはなく、様子を窺っていた
鬣の蛇たちも同じようにカナミの様子を窺っていた
迂闊に手を出すと、自らに危険が及ぶことを恐れているようにも見えた

…!?

一瞬だが、カナミは自分自身の何かが反応したのを感じた
ミナの言っていた能力だろうか?
それと同時にライオンは後退りをし始め、逃げるように闇へ姿を消した

あの化物が逃げ出すなんて…
わたしの中には一体何がいると言うの?

辺りから生物の気配が消えていた
カナミの内に潜む何かに恐れをなしているのはほぼ確実だった

▼38

程なくして月が出てきたようだ
木漏れ日のように月明かりが差し込んできた

気のせいか生物たちの気配が消えた
明かりがある場所では動かない習性なのだろうか?

無論、木々に阻まれて正確な月の大きさや形までは確認できなかったが、おそらくスーパームーン以上に大きな月だろう
今まで見たことがないほどの月明かりだったからだ

スーパームーンは月が球に最も近づいたときに満月または新月を迎えることだ
最接近時は地球から35万6577kmの距離まで近付いた、と言われている
しかし、この月は明らかにその距離よりも近いはずだ

ミナはセカイは2つに分けられていると言っていたが、ここは地球ではない別の星なのだろうか?
だとしたら、地球と月の間に作られているに違いない

▼37

日が落ちた
突如漆黒の闇とはならなかった
降り注ぐ木漏れ日が次第に少なくなり、という形で現在は漆黒の闇となっていた

森の中に変化が出てきた
木漏れ日が注いでいたときは他の生物の気配が全くなかったが、にわかに生物の気配が出始めてきたのだ

…何かいる?
でも、これじゃどこに何がいるかわからない

おそらくカナミの言っていた、遺伝子組み換えもしくは遺伝子改変を施された得体の知れない生物たちだろう
迂闊に動き回らない方が賢明なのは言うまでもない

幸い、外気温は20~25℃程度だったため、凍えてしまうことはなかった
森の中を探索するとしたら日が昇っている間の方がよさそうだ

▼36

こういった方向感覚が狂う危険性のある場所ではむやみやたらに動かない方がよい
まずは基点となる場所を作ることが先決だ
幸いその基点作りは研究施設の入った建物があるので問題なかった

…開かない

いつの間にか入口は閉ざされていた
自動ドアの要領で扉の前に立っても開くことはなかった
無論押しても、後ろや横に引こうとしても同様だった

日が落ちても外にいるしかないわけね

この建物は10階建てほどの高さで窓がなかった
一瞥するだけでは何の建物かわからない構造だった
内部で行われていたことを考えれば当然といえば当然だが

カナミは空の様子を見ようとした
合わせて太陽の南中高度からおおよその時間帯を推測しようとしていた
森には日光が降り注いでいたが、木漏れ日程度のものだったからだ

…ダメね
この木高すぎる…
それに葉っぱが大きすぎてよく見えない…
しかも密林みたいな感じだし…

日が落ちたときは月明かりでもない限り、漆黒の闇と化すのは容易に想像がついた

2016/09/07

▼35

カナミは森の中にいた
ちょうど例の研究施設から外に出たところだった
エレベーターが止まった先はエレベーターホールとなっており、そのまま外に出ることが出来た
地下で10年以上暮らしていたカナミにとっては極めて久しぶりとなる地上だった

…この森なんか変ね
上手く言えないけど…

よく見ると木々は全て同じだった
高さ、太さ、枝や葉の付き方・大きさ・形など
全てが同じだった

そして何よりも異様だったのが、森自体が静かすぎるということだった
日光は降り注いでいたが、木々は生物活動を全くしていない様子だ
無論、他の生物が棲みついている気配もなかった

この森もあの男によって作り出されたということ?

残念ながら現時点ではこの問いかけに答えてくれる者は誰もいないようだった

▼34

遺伝子工学とは、遺伝子を人工的に操作する技術のことだ
生物の自然な生育過程では起こらない人為的な型式で行うことを意味する
遺伝子導入や遺伝子組換えなどの技術で生物に遺伝子操作を行う事でもある

一部の例を挙げれば、細菌や培養細胞によるホルモン(インスリンやエリスロポエチンなど)の生産、除草剤耐性などの性質を与えた遺伝子組換え作物、遺伝子操作を施した研究用マウス(トランスジェニックマウス)、また人間を対象とした遺伝子治療の試みなどがある

このような遺伝子操作産物を目的とする応用のほかに、生物学・医学研究の一環(実験技術)としての遺伝子操作も盛んに行われている

この遺伝子操作によって生み出された「緑色に光る猫」をご存知だろうか?

猫のエイズを引き起こす猫免疫不全ウイルス(FIV)
これを抑える働きを持つサルの遺伝子を猫の卵母細胞に注入し、その後受精させたのだ
加えて、遺伝子操作を行った部分を容易に判別できるよう、クラゲの遺伝子も組み入れた
これにより遺伝子操作された細胞は緑色を発色するようになる

遺伝子操作された卵母細胞から生まれた猫の細胞を採取したところ、FIVへの耐性を示した
なお、これらの「耐性」を持つたんぱく質は猫の体内で自力で作られていた

また、遺伝子操作した猫同士を交配させたところ、生まれた8匹の子猫にも操作された遺伝子が引き継がれていたのだ

これも実に興味深い…

私は当初、臓器移植のように双方の遺伝子同士が拒絶反応を起こすものと思ったが、そのようなことはないようだ…

この技術は様々なものに応用できそうだ…

遺伝子の世界は可能性の宝庫だということだ…

ククク…

▼33

エレベーターは下に向かっていた
どうやらあの隔離施設は最上階だったようだ

今回は途中にある研究施設に止まることはなかった
行き着く場所はあの冷たいLEDに覆われた空間だろうか?
それとも全く新しい場所となるのだろうか?

エレベーターが停止した
なぜか扉が今までよりもゆっくりと開いていく気がした

2016/09/04

▼32

ごめんなさい…

まさかあの人がこんなことをするなんて思わなかった…

わたしはあの人の子供が欲しかっただけなのに…

本当は1人だった子供の染色体を操作して2人にして、さらに遺伝子操作と改変までするなんて…

ねぇ、あなたたちはまだ生きているの?

勝手なことかもしれないけど…

お願い…

死なないで…

▼31

カプセルは全て破壊されていた
夥しい数の肉片、おそらくカプセルに潜んでいたと思われる生物の死骸も多数散らばっていた

いずれも遺伝子操作もしくは遺伝子改変をされたのでは?
と思われるような特異且つ奇怪な生物ばかりだった

カナミの瞳孔は開きっ放しだった
しかし、眼差しはどこを見ているのかわからないような虚ろなものだった
顔色は顔面蒼白そのものだった

「フフフ…。キミってボクなんかよりもずっと残虐だよね。何もここまで原形がわからないくらいまでバラバラにすることないじゃん」

ミナの瞳孔も開きっ放しだった
その眼差しはカナミのそれと酷似していた

「まあ、でもしょうがないよね。アイツの作り出したモンスターは思った以上に凶暴だったからね。ここまでしないとボクたちが死ぬ羽目になったわけだから」

「ミナ…。一体わたしに何をしたの?」

カナミの顔色は生気を取り戻しつつあった
瞳孔は開きっ放しだったが、焦点は合いつつあった

「おや、もう戻ってきたんだね。いや、ちょっとキミの力を借りたのさ。正確に言うとキミの体の中にある力を借りたって感じかな」

「これは…わたしがやったっていうの?」

「ああ~、キミだけじゃないよ。ボクとキミでやった。キミはキミの中にある力を使うことができないみたいだけど、ボクはその力を覚醒させることができるみたい」

「わたしはもう人間じゃないってことなのね」

「そうなるね。ボクもキミも遺伝子操作、もしくは遺伝子改変をさせられたアンドロイドなのさ。アイツは既にほかの動物ではありとあらゆる実験をしていたみたいだ。ここにいた哀れな動物たちはその過程の中で凶暴性を増したので隔離したっていうことなんだろうね」

「人体実験は当然わたしたちだけじゃないんだよね?」

「うん。どれくらいの人間が実験台になっていたのかっていうのはわからないけどね。厄介なのはそのアンドロイドたち、そしてこういう動物たちが相当数逃げ出してるってことなんだよね。アイツが死んだことによって」

「…」

「いずれも凶暴性はかなり増してるみたい。まあ、ボクの計画は誰にもジャマさせないけどね。キミもそろそろ自分の力を有効活用できるようになっておかないと、これからは生き延びることが難しくなるよ」

「…」

「あと言い忘れたけど、今回は別にキミを助けたわけじゃないよ。ただ単にキミの力を見たかったっていうだけだから。それじゃ、次会うときはセカイが1つになったときだね」

ミナの気配が消えた
カナミにとってはいずれもどうでもいいようなことばかりだったが、見えない何かに操られているに等しいこの状況は、何とかして解消したいとは考えていた

▼30

遺伝子はDNA二重螺旋構造
それがさらに巻いた構造をとり、染色体を成す

性染色体とは、雌雄異体の生物で性決定に関与する染色体
性染色体として、X,Y,Z,Wと名づけられた4種類の染色体がある
XとYは雌がX染色体を2本持つ性決定方式(雄ヘテロ型:XY型)で観察される性染色体に付けられた名称であり、ZとWは雄がZ染色体を2本持つ性決定方式(雌ヘテロ型:ZW型)で観察される性染色体の名称である

ヒトを含む哺乳類では雄ヘテロXY型が一般的
この性決定様式では正常な雌はXX個体であり、正常な雄はXY個体である

性決定様式を大きく分けると、遺伝によって性別が決まる遺伝性決定と、個体が置かれた環境によって性別が決まる環境性決定などの遺伝によらない性決定に分けられる

遺伝性決定は染色体性決定とも呼び、通常は雌雄で異なる性染色体構成を持つ生物で観察される
しかし、遺伝性決定の生物種の中には、雌雄で性染色体の形状に見分けが付きにくい例も含まれている
また、一口に性染色体が関わる性決定といってもその機構は一様ではない

人間の性別は、根本的には男性化を促す遺伝子の有無に由来し、受精の瞬間にほぼ決定される
人間の23対の染色体のうちの1対は性染色体と呼ばれ他の常染色体とは区別される
この性染色体の型(X染色体とY染色体の組み合わせ)によって、性別発達の機序は大きく左右される

無論、典型例があればそうでない例も存在する
クラインフェルター症候群、ターナー症候群、カルマン症候群など



実に興味深い内容だ

▼29

カナミは緑の液体が満たされたガラス容器の中にいた
容器の下から気泡が送り込まれている
鑑賞魚の水槽のように

カナミのいるガラス容器を白衣を着た女性が覗いているようだった
意識が朦朧としている、且つあまり視界のよくない状態だったため、顔立ちはほとんど見えなかったが、シルエットから細身の長身なのは確認できた
カナミに何かを語りかけているようだったが、気泡を送り込む装置のモーター音しか聞こえなかった

例の白衣を着た学者風の男がやってきた
やはり顔立ちはよく見えないが、背丈はその女性よりも10センチほど高いようだった

男は女性の背後で何かを語りかけているようだった
女性の表情に翳りが見えた気がした

男は女性の腰辺りに手を回しているようだった
程なくして女性が男の方を向き直った

男の手は女性の背中や腰辺りを弄っていた
女性は特に抵抗する様子はなく、男のされるがままだった

カナミは視界がぼやけてくるのを感じた



どうやら目蓋が落ちたようだった
そのまま意識は沈んでいった

▼28

白衣を着た男が倒れている
完全に事切れているようで、今後一切動き出すことはなさそうだった

紅い液体に染まった手
その液体はポタポタと滴り落ちていた

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりはモンスターという感じだった

虚ろな眼差しのカナミ
次第に生気が失われていく顔
顔色は土気色になっていく

紅い液体は止まることなく、一定のペースでポタポタと落ち続ける

不敵で妖しげな笑みを浮かべるミナ
目深に被ったフードのため、顔は影に覆われていた

フードの下に見え隠れする冷たく眼光の鋭い目は恐ろしく無表情だった

▼27

到着した場所は倉庫のようだった
照明は薄暗く、先ほどのガラス容器に入っていた液体と同じような緑色だった

そして、入ってすぐに目に付くのは、少なく見積もっても数十個はあると思われる卵形のカプセルだった
窓らしきものが付いているが、中身を見ることは出来るだろうか?
もしかしたら見ない方がよいかもしれないが…
室内の照明により、何とも言えない不気味な雰囲気を醸し出していたのは事実だった

エレベーターの扉が音もなく閉まった
ボタンを押しても開くことはなかった
無論、押しても引いても叩いても開くことがなかったのは言うまでもない

…何かいる?!

おそらくカプセルの中だろう
高い確率で人間ではない生き物がいるはずだ

カナミの耳には自分自身の心臓が鳴る音しか聞こえなかった
心臓の音は次第に大きくなっていく
そのテンポは速くなるばかりだった

…来る!?

どのカプセルかまではわからないが、何かが蠢く気配があった

!?

背後から鋭利なもので突かれたような感覚があった

「うん、やっぱり紅いね」

「ミナ?なんで?」

「それ以上しゃべらない方がいいよ。というかそろそろ意識が飛ぶと思うけどね」

カナミは視界がぼやけていくのを感じた
意識が飛ぶ前に見えたのは、カプセルが木端微塵に破壊していく様だった

▼26

また上に向かってる?
このエレベーターは確かここより上には行かない気がしたけど?

次はどこに連れていかれるの?
次はわたしに何を見せるつもりなの?
次はわたしにどんな記憶を呼び戻そうとしているの?

ねぇ、ミナ…
わたし、あなたが他人とは思えない…

なんか上手く言えないけど…

これ何なんだろう?

直接会ったことがないのに前から知ってたみたいな感じ…

ねぇ、ミナ…
セカイを1つにしたいっていうことだったけど、そもそもなぜセカイは分けられたの?
それを1つにするためにわたしの記憶が必要なの?
あなたの本当の目的は何?

2016/09/03

▼25

カナミは言われるがまま戻ることにした
あの場所には何らかの手がかりになりそうな情報が1つも見つからなかったのだから無理もない

研究施設なのだから報告書や資料の類があるかと思ったが、その手のものは何もなかった
元々なかったのか、何者かが処分したのかまでは無論わからない

今までの展開からすると、元来た道を戻ったはずなのに全く雰囲気の違う場所にワープするものかと予想していたが、それは見事に裏切られた
何事もなくエレベーターの前に辿り着き、ボタンを押すと何事もなかったかのように開いた

▼24

「驚いたかい?これは当時の状況を再現してみただけさ」

「…悪趣味」

「人聞きが悪いなぁ。キミがいいとこまで思い出してたもんだから、その答えを出してあげたのに」

「あなたもわたしと同じように人体実験のサンプルだったのね」

「ああ…」

心なしかミナの声のトーンが低くなった気がした

「ミナ?」

緑だった液体が突如青くなった
それと同時にミナは断末魔の叫びとしか言いようのない叫びをあげ、ガラス容器を破壊した

「な!?」

「残念ながらこっから先は覚えてないんだ。意識を失ってたから」

割れたはずのガラス容器は何事もなかったかのように元に戻っていた
容器に入っていたカナミもいなくなっていた

「あ、そうそう。あの男はセカイでも指折りの学者だったみたいだよ。確か細胞分裂とか遺伝子組み換えとかの専門家だったんだとか」

どこからともなくミナの声が聞こえてくる
姿は見えない

「このあとボクが意識を取り戻したとき、あの男は死んでた。んでキミも、どっちの手だかわからないけど、片手が真っ赤に染まっていた。んで真っ赤な液体がポタポタと滴り落ちてた。たぶんあの男の血だと思う。キミは人形のように無表情だった」

「…」

「さすがに言葉が出なかったよ。身の危険を感じたからね。ボクも同じようになってしまうんじゃないかって」

「わからない…」

「それはそうだろうね。あのときの表情は何かに取り憑かれたみたいだったから」

「でも、わたしもミナも生きている…」

「うん。それは紛れもない事実だ。でも、これ以降のことは覚えてないんだ。どうやらまた意識を失ったみたいなんだよね。気が付いたら、どこかの洞窟みたいな場所にキミといた。そのときのキミは息をしてなかった」

「じゃあ、ここにいるわたしは一体…」

「キミは確かにカナミだよ。どうやらあの男はキミの細胞というか遺伝子に何か得体の知れないものを埋め込んだんだと思う。それが何なのかはボクにはわからない」

「…」

「細胞とか遺伝子もそうだけど、生きているものに絶対はないと思うんだよね。キミの暴走は完全に想定外だったはずさ。それを思い知らされるための代償が自分の命だっていうんだから、皮肉だよね」

「…」

「さて、この辺にしておこうか。まだ何か思い出せそうかい?」

「…わからない」

「焦らなくていいよ。時が来れば全て明らかになることだから。とりあえず、ボクはセカイを1つにしたいだけだから。じゃあ、来た道を戻っておいでよ」

ミナの言うことはウソのような本当の話なのだろうか?
それとも本当のようなウソの話なのだろうか?
真実はカナミ自身で確かめるしかなかった

▼23

「気がついたみたいだね」

ミナの声だった
どこにいるかはわからなかった

「…」

「ああ、そうだよ。キミはさっきいたところと同じ場所にいるよ。ここはある男のおぞましきエゴに塗れた醜悪な研究施設さ」

カナミの目には天井がハッキリではなく、ぼんやりと映っていた
薄暗い緑色の光に照らされたレンガ造りの天井だった
先ほどまで視界に入っていた液体の色と酷似していた

「緑の液体…、白衣を着た男…、肩を震わせてた…」

「少しずつ記憶が戻ってきてるみたいだね。ほかに見えたものはあるかい?」

「…いや、それだけ」

カナミは体全体が浮いているような感覚があった
ありとあらゆる感覚が麻痺しているような感覚だった
全身麻酔をされるとこのような感覚になるのだろうか?

「まだキミは断片的な記憶が少しずつ戻って来ている状態だ。おそらくあるときを境に一気に戻ってくるのか、このまま断片状のものが同じように戻ってくるのかはわからないけどね」

「わたしは、人体、実験、だったの?」

「そうだよ。全てはあの男の私利私欲によるものさ」

カナミはだいぶ意識がハッキリとしてきたのを感じた
麻痺したような感覚も収まってきた

「起き上がれるかい?もし起き上がれるんだったら面白いものが見られると思うよ」

カナミは体を起こすことにした
やはり手術台と思われる場所に乗せられていたようだった

「ボクはここにいるよ」

例のガラス容器にミナが入っていた
内部には先ほど視界に入っていた緑の液体が容器いっぱいに入っていた

「そしてキミもね」

さすがのカナミも驚きを隠せなかった
もう一方の容器に入っていたのがカナミだったからだ

▼22

意識が薄っすらと戻ってきた

…どうやら緑の液体の中にいるようだ

…体は動かなかった

正確に言うと、麻酔によって麻痺しているような感じだった

視界には、白衣を着た学者のような身なりをした男の後姿が入った
男は肩を震わせているようだった
笑っているのか?
泣いているのか?
よくわからなかった

再び意識が遠退いてきた…
目の前が再び白くなっていく…

▼21

降りた先は何かの研究施設のようだった
ここはLEDの灯りが間接照明のような色合いだったせいか、若干有機的な印象だ

至るところに試験管やビーカー、フラスコが乱雑に置かれていた
また、棚には医薬用外劇物ないしは毒物と思われるものが大量に並んでいた
かつては化学的要素の強い研究を行っていたことだろう

ここも生物の気配が感じられないわね
ミナ、だっけ?
あの子はここは別のセカイだって言ってた
別のセカイもあっちと同じように人間の住めないセカイになってるってこと?

…!?

奥に進むにつれて様相が変わってきた
そこは西洋の洋館内にある図書室のような場所だった
書庫の高さは天井ほどだった
収められた書籍は分厚く、悠久の歴史を感じさせるものばかりだった

ここで終わりみたいね

まるで病院の手術室を彷彿とさせる場所だった
病院との違いは、書庫で囲まれていること、大人の人間が入ることが出来る大きさのガラス容器が2つ設置されていることだった

何に使ってたのかな?

…うっ!?
目の前がクラクラする?!

ここから逃げ出そう



え?!

ボクたちは人体実験


人体実験って??
あ、頭が…痛い!?

カナミは目の前が白くなっていくのを感じた

▼20

エレベーターは降りる階を指定することができない直通タイプのものだった
イメージとしては搬入や搬出に使用するエレベーターだろうか

どうやら上に向かっているようだ
エレベーターが動き出すとき、上の階に向かうときの一瞬体が浮き上がるような感覚があったからだ

エレベーター内は静かだった
まるでデパートにある直通エレベーターに乗っているようだった

ここもLEDの灯りは白く無機質だった
床も壁も天井も全て同じ作りだった



どうやら到着したようだ
エレベーターが止まるときの上から押さえつけられるような感覚があったからだ

▼19

カナミはひとまず道なりに歩いてみることにした
残念ながら宝箱は見当たらない
武器や防具も落ちている形跡もない

しかし予想に反して、歩き始めて視界に入ってくる景色で同じなのはLEDの灯りと無機質な空気感のみとなった

当初視界に入っていたのは、迷路のように入り組んでいる空間だった
それが進むにつれて一本道になっていった
後ろを振り返っても一本道があるのみだった

なぜ先ほどは迷路のような空間が視界に入ったのだろうか?
単なる目の錯覚なのか、それともミナと名乗る人物の仕業だろうか?

程なくしてエレベーターと思われる扉が目に付いた
どうやらこのエレベーターは正常に動作するようだ
ボタンを押すと音もなく開いた

この状況での選択肢は「乗る」以外にないのは言うまでもないだろう

▼18

この空間は視界に入る景色が全て同じだった
そのため、気を抜くと方向感覚が麻痺する危険性があった
カナミのいた場所は、見渡す限り出入口らしきものは何1つなかった

そもそも出入口自体あるかどうかが問題よね
しかもモンスターがいるって?
でも、何かがいそうな気配はしないわね
ひょっとしてゲームみたいに宝箱が置いてあって、武器とか防具が手に入るとか?

1つ確かなことは、この場に留まっていても状況は何も変わらないということだ

2016/09/02

▼17

カナミは見知らぬ場所にいた
少なくとも今までいた地下シェルターではないことは明らかだった

おそらくどこかの地下だろう
白を基調とした無機質で冷たい空間
灯りは蛍光灯ではなくLEDだった
それが余計に冷たさを強調させた

…なんか変ね
知らないはずなのに前来たことがある?
でも、なんだろうこの違和感
あのビルで感じたのと似てる?

「そうだよ。ここも作り出された空間さ」

どこからともなく例の黒ローブが現れた
相変わらずフードを目深に被っていたが、今回は多少なりとも顔が見えた
とは言っても顔の輪郭や肌の色合いが見えるだけだった

どちらかと言えば端正な顔立ちだろう
全体的な輪郭はシャープだった
肌の色合いは冷たい光のLEDに照らされているせいか、白く見えた
病的な生白さではなく、卵肌だった
声のトーンは高めだった

この見た目と声のトーンからでは男性なのか女性なのか判別ができなかった

「キミってどうでもいいことを気にするんだね」

「別に気にしてるってほどじゃないけど」

「フフ…。キミってホント面白いね」

「…で、今度は何しに来たの?」

「ん?もちろんキミに会いに来たんだよ。何当たり前のこと聞いてんのさ」

キミが何を聞きたいかはわかってるけどね、とでも言いたげな様子だった

「聞き方が悪かったみたいね。え~と…」

「そうだよ。ここはさっきとはまた違う場所さ。そして、キミは確かにこの場所を訪れたことがある。ボクと一緒にね」

「え??」

「でも、ボクが何者かっていうのを話すのはまだ早いかな。キミはまだ自分自身のことをよく理解していないようだからね」

カナミの頭の中は様々な思いが駆け巡っており、すぐに二の句が告げない状態だった

「ヒントをあげるよ。セカイは確かに崩壊したけど、さっきの場所とここはそれとはまた別のセカイなのさ。偶然ではなく必然的に分けられていたんだ」

「人為的にってこと?でも何のために?そもそも誰が?」

「何でも人に聞くのはよくないなぁ。答えは自分自身で見つけるものだろ?まずはここから脱出しないとね。ここは残留思念とは違ったモンスターがいるみたいだから、気をつけてね。それじゃ」

その人物は周りと同化するように消えた

「あ、そうだ。せっかくだから自己紹介しておくよ。ボクはミナ」

「ミナ…?」

どこかで聞き覚えのある名前だったが、思い出せなかった

▼16

ねぇ、そろそろ意識戻ってきたんじゃない?

…そうかもね

暗く光の届かない闇…
たぶん目を開けると淡い光が見えると思うよ


…目が重い

そうよね
なんせあなたは1度死んでるんだもの…


…どういうこと?

いずれわかるわ
ごめんね
わたしはそろそろ行かないといけない


…いずれ、か
わたしは「いずれ」じゃなくて今知りたい
だってその「いずれ」は永遠に来ないかもしれないでしょ?

…ねぇ



…答えはわたしで見つけるしかないのね