2016/07/30

§10

シュウは「9区」をぶらついていた

「9区」の景観は「10区」と似ていた
所々に、規模の大きな生産緑地と思われる公園や庭園、河川があるのが、相違点だった

シュウは「9区」が好きだった
「10区」を選んだのは、月収と家賃の兼ね合いからだった

反対側に、見覚えのある男女が歩いていた
距離は離れていたが、ちょうどすれ違うところだった

男は、キウェインだった
一緒にいる女性は、あの小柄で細身の、黒目の割合が多い女性だった
デニムのショートパンツから伸びている、程よい肉付きをした、形のいい脚は、体の半分を占めているかのような長さだった

シュウは立ち止まり、2人に視線を向けた

彼らは恋人同士だろうか?
だとしたら、こないだの背の高い女性は?
ならば、この女性はなぜあのとき近くに?
いや、間違いなくこの男の彼女だろう…
あの感じ…
肉体的にも精神的にも異性によって満たされている何かがある…

女性は、シュウの視線に気付いたようだった
あの無機質で深遠な瞳を向けてきた

シュウは俯いた
そうするしかなかったかのようだった

キウェインの瞳は、シュウを認識していないようだった
女性と同様、無機質で深遠だった

彼らの姿が完全に見えなくなるまで、俯き続けていた
そうするしかなかったのだ

§9

「10区」は「9区」と同様、年収の高い人間たちの居住区だった

舗装の行き届いた道路
碁盤割りにされた区画
集合住宅の数よりも戸建住宅の多いと思われる景観

住宅は、いずれも規模が大きく、凝ったデザインをしており、玄関にオブジェが設置されていることも多かった

学歴の高さと年収の高さは、一部例外はあったにしても、比例関係にあった
物事の考え方、捉え方、視点など、即時仕事に繋がるものではないが、学歴の高い人間は、勉強を通して培ったこれらの能力を応用できることが多く、成果を上げることにも長けていた

端から見れば、シュウは、少なくともスラムの中では、高給取りへの道と何不自由のない生活が約束されていたにも関わらず、自ら放棄した不可解な存在だっただろう

両親とともに暮らしていた場合は、間違いなく糾弾されたに違いない

2016/07/27

§8

シュウは、「10区」で一人暮らしをしていた
大学を卒業し、就職とともに始めた

これはシュウ自身で決めたことだった
これまでの人生の中で、唯一と言ってもよかったが、明確な動機はなかった

特に両親と仲が悪かったわけでもなく、価値観や思想、思考に嫌悪感を感じていたわけでもなかったが、好きというほどでもなかった

共稼ぎだったため、家にいることもほとんどなく、いたとしてもシュウと行動パターンが違うため、顔を合わせることも少なかった

血縁関係だが、1番身近な他人であり、不可解な存在
いてもいなくても、さほど変わらないし、影響もない

お互い、そのように思っていたのだろう

2016/07/25

§7

広い道路だった
車道は片道2車線で、歩道は歩行者用と自転車用に分かれていた
交通量は多くなく、自動車同士の追い越しや追い抜きもなく、耳障りなクラクションが鳴ることもなかった

街灯は、歩道側に疎らに設置されていた
住宅街に設置されている街灯よりも高く、明るさは道路全体を十二分に網羅できていた

道路の両側には、経済力や見栄の象徴とも言える、デザイナーズマンションや凝った外観のオフィスビルが立ち並んでいた

一歩中に入るとどのような景観になるのだろうか
この景観と裏腹なものになるのだろうか

スラムは、栄えている場所と寂れた場所の差が著しく、且つその境界も曖昧な区が多かった

§6

シュウは失職者だった
勤務先からの収入は、失職した月のものが支払われる、翌月までだった

まるで敷かれたレールを進むような24年間だった
自分自身で何かを選択する、ということがなかったのだ

両親は高校中退者で、共稼ぎで、年収はやっと400クレジットに届くかどうか、という状態だった
そのためか、学歴が年収に直結すると信じてやまないところがあり、シュウもそれに抗う理由がなく、スラムの中でも偏差値が高い大学を卒業した

その大学も、いわゆる一貫校で、中学校の入学試験で合格してしまえば、大学までのレールは保証されたも同然だった

シュウの収入源は勤務先のみだった
自治体は収入が途絶えると、問答無用で貧民街に送り込むと言われていた

今は、ちょうど最後の収入が支払われた月だった

§5

「4区」は、景観は「7区」と似ていた
「7区」ほどではなかったが、ホテル街には50件程度ラブホテルがあると言われていた

2人は、どのホテルに入るか物色中のようだった
時間帯は午後だったため、自らの存在を誇示するかのようなネオンはなく、殺風景だった
人通りは疎らだったが、サービスタイムや宿泊の延長でそれなりの人数が滞在しているせいか、どのホテルからも人の気配が伝わってきた

2人は、3〜4階建ての、夜になると壁面が淡い青に光ると思われるホテルに入っていった

この界隈を、シュウのように目的もなくぶらついている人間は、おそらくいないだろう
行き交うのは、大半が2人連れだった

この2人連れも、シュウと同じぐらいの、20代前半の男女ばかりではなかった
明らかに歳が離れた、父と娘のような2人連れも何組かいた
高い確率で男の金目当てなのだろうが、中には、そうではないと思われるような組み合わせも見かけた

シュウの足は「4区」駅とは反対側に向かっていた

§4

「4区」に到着した
男はキウェイン、女はアイコという名前のようだった

シュウのいる側と反対のドアが開いた
2人は降りて行った

シュウも、自然さを装って続いた

開いたドアの、ちょうど2人のいた反対側に、シュウとそれほど歳が離れていないと思われる、150cmぐらいの細身の女性がいた

先ほどの2人とは対照的な目をしていた
白目よりも黒目の割合が多かったのだ

その瞳は、ガラス球のように澄んでおり、黒い宝石のようだった
そして、無機質で、深遠だった

シュウは、降りる寸前に一瞥した

女性は、自身の内面に向き合っているかのような眼差しだった
瞳に映っていても、認識はしていないかのようだった

§3

列車が「7区」に到着した
シュウのいる側のドアが開き、大半の人間が降り、ほぼ同数の人間が乗ってきた

スラム街は、自治体が管理しやすくする目的だろう、「1区」「7区」などのように番号で分けられていた
またここ数年、この「区」は増える一方だった
現在は貧民街も含めると、「30区」程度になるようだった

「7区」はスラムの歓楽街の1つだった
列車から見えるのは凝ったデザインのオフィスビルばかりだったが、一歩外れると数多くのいかがわしい施設やラブホテルがあった
なお、そうでない商業施設も数多くあり、多くの人間が出入りする場所でもあった

乗ってきた人間たちの中で、やたらと人目に付く男女がいた
彼らは、そのまま奥のドア付近に向かって行った

男は全身黒尽くめで、質感はレザーのようだった
黒は着る人間を選びがちだが、この男にはよく似合っていた
色に負けることはなく、むしろ引き立てられていた

女は露出度の高い格好だったが、品位に欠けることはなく、妖艶な美しさがあった

アップにした髪
胸元が深いデザインのマスタード色のノースリーブ
丈が短いせいか、ヘソ出しルックになっていた
ミニスカートはタイトなデザインでココアブラウンだった

2人とも同性の中でも背の高い方だろう
男は180cm近くあり、女は10cm程度のコチニールレッドのハイヒールを履いており、男と目線の高さがほぼ同じだった

「なんか…、ないな…」

「1区までは…」

「うん…」

女は男の手を握りしめ、指は間接を弄ぶように動いていた
名残惜しそうな、強請るような目付きだった
その目は、黒目よりも白目の割合が多く、切れ長だった
また、眉も釣り上がっていた

男も女と同じように、黒目よりも白目の割合が多く、切れ長な目をしていた
どこを見ているかわからないような目付きだったが、どことなく女を視界に見据えてはいるようだった

「また、会って…」

「ああ」

「今度は、…に招待するね」

「今回の報酬だと…か?あのマシーン、…と作動しない…て聞いたことがある」

「大丈夫。今回の報酬、…から。自治体って、確か1回でも…れば、パスコード発行する…だし」

「…じゃあ、問題ないか」

シュウの位置では、距離があり、列車の音も相俟って、2人の言っていることがよく聞き取ることができなかった

「ねえ、やっぱり…いたい。まだ昼だし、…遅くならないと帰ってこないし」

「じゃあ、4区に…。…じゃないけど、色々あるしな」

「うん♪」

外は曇りだった
雨の降らない、白に薄い灰色を混ぜたような空模様

しかし、シュウの瞳に外の様子は映っていなかった
そこには、ドアガラスに映る反対側の男女が映っていた

2016/07/24

§2

シュウの住んでいる街は階級社会だった
最低年収によって「上流」「中流」「スラム」「貧民」となっていた

シュウは「スラム」の住人だった
年収は約300クレジット(※)で、500クレジット以上になると「中流」に、1000クレジット以上になると「上流」に、なるのだった

なお「スラム」の中でも、年収が200クレジットに満たない者は「貧民」として扱われ、荒廃した無人の雑居ビルばかりの、衣食住や労働環境が無きに等しい、劣悪な環境に強制的に送り込まれるのだった


このため脱出を図ろうとする者ばかりだったが、成功例はほぼ皆無だった

「貧民街」と「スラム街」には境界となる森があり、自治体は24時間体制の監視場を設置していた
脱出をしようとした「貧民」たちは、ここの監視員によって殺戮されていたのだ

しかしこういった情報は、自治体の隠蔽工作によって、明るみになることはなかった

今この瞬間にも命を落としている「貧民」がいる
というのは、紛れもない現実だった


(※)1クレジットは、日本円にすると10000円に相当します

§1

高架下は、右側と左側で明るさが極端だった
特に左側は、街灯が1つもなく、人気のない、明かりが点くこともない雑居ビルや集合住宅ばかりだった

高架上にあるのは高速道路だろうか
自動車が行き交う音が、耳障りな騒音に変換されて、高架下に流れてくるのだった

シュウは右側を歩いていた
あてもなく歩いていた

こちら側の景観も左側と同じだった
相違点があるとしたら、街灯があるかどうかだった
その街灯も、あるとしても疎らで、照度も不十分だった

シュウの眼差しは虚ろだった
すぐ目の前に何かがあったとしても、認識しないだろうと思われた

しかし足取りは、それに似つかわしくなくしっかりしており、歩く速度も速かった

§0

日が昇る
無機質で、プラチナ色だった

廃墟のような街並
冷たい光に照らされ、影のように黒い、所々崩れ落ちたビル群

この街には人気がなかった
最初からそうだったのか、元々は栄えていたが、何らかの理由で崩壊しそれに伴って人気がなくなったのか

そのどちらかだろうが、正確なところはわからなかった

何が起こったのか?
なぜこのような景観となったのか?
いつから?
だれが?
どのような手段が用いられたのか?


あくまでも事実は1つだけだった
廃墟のような街が存在する、という