2016/12/31

Monologue

あ…

あ、あ、あ…

あん!



ヨシキ、今日も激しい…

でも、ここ最近はなんか違う…

なんだろう…

愛されてるんじゃなくて、当たられてるような感じ…

う!



仕事でよくないことでもあったのかな…

それとも、私が声を失って、体もボロボロになっちゃって、働けなくなっちゃったから?



もしくはその両方?



ヨシキ…

2016/12/29

Time of obligation

薄闇に覆われた空間。
荒い息遣いが反響している。

白く浮かび上がっているヨシキの後ろ姿。
背中には力の限り掴んでいる手、足には程よい肉付きをした足が絡みついている。

サヤだった。
ヨシキは身長が165cmほどだが、サヤの全身はその後ろ姿に、完全に覆い隠されていた。

中肉中背の体が前後・上下に激しく動いている。
荒い息遣いに低めの唸り声が加わり、背中に大粒の汗が浮かんでいく。

サヤの指はその背中に食い込み、足も解くことができないほど絡みついていく。
いずれも小刻みに震えていた。



反響し続ける荒い息遣いと低めの唸り声。
しかし、本来なら上がるはずの高めの喘ぎ声が、全く上がってこなかった。

2016/12/28

Ashen planet

漆黒の宇宙空間に浮かぶ灰色の惑星。
ちょうど金色の惑星と赤色の惑星に挟まれる位置にあり、所々が薄くなっている以外は、全て濃くなっていた。

かつては、多種多様な生命が生存する青い星と呼ばれていたのが嘘のような状態だった。

2016/12/27

●0

対岸が見えないほどの大きな滝だった
滝壺に落ちる水量も膨大で、落差は100mほどだったため、落下速度が早く、轟音とともにおびただしい水煙が立ち上っていた

これまで昼夜問わずセルリアンブルーだった水が、ターコイスブルーに変わっていた
雲に覆われているときも色が変わらないことから、光の反射によるものではないようだった

滝の裏には洞窟があった

太陽光の届かない、暗闇、ひんやりとした空気に覆われた場所ではなく、ターコイスブルー一色だった
所々から、上を流れる川からのものと思われる水が漏れていた
湧き水のように壁面を伝うばかりでなく、小さな滝のように落ちてもきており、川のような場所もあった

洞窟の最深部は、滝が流れておらず、開けており、湖のような、ターコイスブルー一色の水たまりがある静謐な空間だった



リオとアッシェンは、ターコイスブルーの水中で抱き合っていた
何も身につけておらず、手首には切り傷ができていた
既に体中の血液が全て流れ出たのか、傷口からは何も出ておらず、全身は蒼白だった



----完----

2016/12/26

●19



小刻みに震えていたリオの背中が、上下にゆっくりと動き出した

アッシェンが顔を上げた
谷間に埋めていたせいか、目から下はほぼ全て赤黒くなっていた

リオは優しく微笑し、アッシェンの目の下を舐め始めた

「…汚しちゃったね。キミの胸、赤黒くなっちゃった…」

リオは何も言わずにアッシェンを見つめた
潤んだ黒目は、赤黒くなっていた白目を隠すほどの大きさになっていた



セルリアンブルー一色の静謐な空間に、お互いを感じ合い、愛し合う声や音がいつまでも響いていた

2016/12/25

●18

「…ミナ、痛い、よ」

「やっぱ、り…、……ミ?」

反響していた嗚咽が、少しずつ、段階的に弱まってきた

「違うよ…。あたしはリオだよ」

「…キミは、いつ、この世界に生まれたの?」

「たぶん、20年ぐらい前だと思う」

「…」

「何か、あったの?」

「アイツが…、世界を1つにしやがったんだ…」

「…アイツって、あの、白衣着た?」

「ああ…」

「でも、カナミに殺されてるんじゃ?」

「肉体はね…。精神は、しぶとく生きてやがった…」

「…」

「アイツは自分の頭脳を、どういう方法かわからないけど、世界中にデータとしてコピーしてたんだ」

「…そこまでして、何がしたかったんだろ…」

「信じられないかもだけど、世界は、キミが生まれる前は2つに分かれてた」

「そう、なんだ…」

「ずっと昔、ホント大昔に、究極生命体がやったって言われてる。ありえないくらいデカイ、機械みたいな生首なんだけどね」

「…」

「だから封印されてたんだけど、どうやら世界を1つにすると解けるみたいだったんだ」

「…それで、その究極、生命体?を復活させて、…まさか!?」

「その、まさかさ…。アイツは、自分の頭脳を同化させた」

「なんの、ために?」

「…」



「…究極生命体の力を、ただ単に体感してみたいだけ…」

「そ、…」

リオの両手が強くアッシェンの背中を抱いた

「…理由は謎だけど、世界を1つにするのに、カナミの真の力を目覚めさせる必要があったみたい…。アイツは、既に死んでるはずのボクのコピーを作り出して、カナミを誘き寄せつつ、それに成功した」

「…」

「カナミを剣で刺したのは、アイツなのさ…」

背中に食い込んでいる指が小刻みに震えていた
リオの背中も同様に震えていた

アッシェンの両手が、優しく、震える背中を抱いた

2016/12/24

●17

「そ…、それで…」

リオの背中は強く圧迫されたままだった

「…」

 リオは多少顔を歪めたものの、アッシェンの背中を優しく抱き、撫で続けた

「ボクは死んだ…。正確に言うと、肉体が、死んだ、んだ…」



「…ねぇ、1つ聞いてもいい?」

「…」

「だとしたら、あの場所…、えっと」

「森だったのが、焼き払われた、ような?」

「うん。そこにあった変な建物から出てきたよね?」

「…あれは、カナミの意識、だと思う。ボクは、既に肉体が死んでるから…」

「…そうだね。きっと、そうだね…」



「あの、ダークグレーな場所も、同じだと思う…」

「うん…、そう思う…」



「じゃあ、カナミを剣で刺したのは?」

「ボクじゃない…。ボクじゃないんだ…」

「!!」

アッシェンの指が、リオの背中が軋むほど食い込んでいた
リオの指もアッシェンの背中に食い込んだ



辺りにはアッシェンの嗚咽が反響していた

2016/12/23

●16

「アイツは…」

「うん…」

リオの背中を抱いている両手の力が弱まってきた
湧き出し続けていた感情も峠を越えたようだった

「生まれた子供を…、双子化しただけじゃない…」

「何をしたの?」

「…無理矢理、成長促進させたのさ。20年ぐらいを一気に…」

「…」

「それで…、そ……」

リオの背中が、再び両手で強く圧迫された

「…」

リオは顔を歪めることなく、アッシェンの背中を優しく抱いた

2016/12/22

●15

アッシェンの両手が強くリオの背中を抱いた

リオは顔を歪めたが、何も言わずに、しがみつくようにアッシェンを抱いた
指先は背中に食い込んでいた

アッシェンは、声を上げることはなかったが、内側から湧き出し続ける感情に身を任せるしかないようだった

リオは目を閉じ、受け入れ続けた
歪んでいた表情は、少しずつ元に戻っていった
背中に食い込んでいた指先も、力が弱まっていった

2016/12/21

●14

「ねぇ…」

「ん?」

「アッシェンを、返して…」

「んん〜?言ってることがよくわからないなぁ〜。ボクはアッシェンだよ」

「…乗っ取ったくせに」

「乗っ取ってはいないよ。同化しただけさ。さっき言ったじゃん」

「…」

「フフフ。まだ何かあるかい?」

「……なんで、あたしなの?」

「キミが好きだからさ。キミはキレイだ…。キミはかわいい…。キミは可憐だ…。キミはいじらしい…。それ以上の理由が必要なのかい?」

「…」

リオは静かに目を閉じた

「フフフ、いい子だ。あ、あともう1つ付け加えておくと、キミはカナミに似てるんだ」

リオはそっと目を開けて、アッシェンを直視した

「…ミナ?」

「…え?もしかして?」

「いや、そういうわけじゃないけど…」

「ああ…、そうさ。ボクはミナ…。正確に言うと、ミナの残留思念というか精神なんだ」

「カナミとは、どういう関係だったの?」

「それを話す前に、キミにはこれまである映像というか情景を見せてたんだけど、どこまで覚えてる?」

「…」

「順番に行こうか。白衣を着た男とガラス容器を覗き込む女…。容器の中は緑の液体で満たされている…。これは?」

「覚えてる…。あの2人は、たぶん恋人同士で…。それで…、あなたとカナミが生まれた」

「ほぼ正解。でも残念ながら、生まれた子供は1人だけだった」

「…それって」

「どういうことか想像つくかな?」

「…」

「あの白衣を着た男が、生まれた子供を人為的に双子化したのさ」

「!!」

「それだけじゃない…」

無表情だったアッシェンに異変が起こった
両目に赤黒い液体が湧き水のように溢れ、止まることなく頬を伝っていった

「う…」

アッシェンは泣き顔になり、唇も小刻みに震えており、二の句が告げない状態だった

「…」

磔にされていた両手がアッシェンの背中を抱いた
磔にしていた両手は脱力したように下ろされた

強引に開かれていた両脚がアッシェンを包み込んだ
強引に開いていた両腿は下ろされ、その上にリオが跨った

2016/12/20

●13

辺りにはリオの荒い息遣いが響いていた
アッシェンの顔が左を向いたまま戻ってこなかった
両脚を押さえている手の力も、心なしか弱まっているようだった

「…」

アッシェンの異変に気付いたのか、リオも平手打ちをした右手をゆっくりと下ろした

「…そろそろかな」

「!!」

アッシェンは顔を元に戻すと同時に、リオの両腕を磔にするように掴んだ

「あ…」

閉じられていたリオの両脚は、アッシェンの両腿に、M字型に開脚させられていた

「フフフ…。そんなにボクが欲しかったのかい?」

リオは激しく首を横に振った
その他満足に動かせる箇所は両手首ぐらいだった
アッシェンがちょうど両手首の下辺りを押さえていたからだった

「じゃあ、なんでこんなに締め付けるのかなぁ?それに…」

「いや…」

リオは顔を明後日の方向に逸らした

アッシェンはニヤニヤしていた
顔は、何度も平手打ちを浴びていたにも関わらず、傷はおろか腫れすらなかった

2016/12/19

●12

「!?」

「ずいぶん元気だね。ずっと起き上がらないから、動けないのかと思ったよ」

リオは上半身を半分だけ起こし、飛び退くように後退った
一糸まとわぬ姿のアッシェンが、四つん這いの体勢をとっていた

「…」

リオの眼差しには敵意と怯えが込められていた
右手は胸を、左手は下半身を隠していた
両脚は摺り合せるような形になっていた

「フフフ。そんな目で見たってムダさ」

アッシェンは四つん這いの状態で、じりじりと近づいてきた
あくまで、敢えてそのようにしているかのようだった

「…」

リオも、アッシェンから目を離さずに、同じ体勢のままじりじりと後退った
溢れていた赤黒い涙は、途切れることなく流れ続けていた

「ねぇ、なんでボクがこんな体勢でいると思う?それと、キミはなんで両足で立たないの?」

アッシェンの口元には歪んだ笑みが浮かんでいた



リオの背中が壁に当たった

「それはね…」

アッシェンはリオの両脚を押さえた

「まだ意識が回復してそれほど時間が経ってないから、体が言うこと聞かないってこと」

「…」

リオは見る見る泣き顔になり、唇は小刻みに震えていた

「フフフ…。キミもかわいいね…」

アッシェンの手が摺り合わされた両脚を開こうとしていた

「いや!!」

リオは右手で平手打ちを浴びせた
アッシェンは顔を左に向けたが、全く意に介していない様子で、すぐに元に戻した
両脚を開こうとしているのは変わらずだった

「いや!!いや!!いやッ!!!!」

平手打ちは、両手で何度も浴びせられた
アッシェンの顔は、その都度左右に向けては戻しを繰り返していた

洞窟内には、リオの声と平手打ちの音が反響し続けていた

2016/12/18

●11

「おはよう」

ダークマターの声だった

固く閉じられていたリオの目が、しっかりと開いていた
白目は赤黒いままだった

「ここは何色に見えるかい?」

「…セルリアン、ブルー」

「そっか。てっきり赤く見えてるのかと思ったよ」



「キレイだよね…」

「…」

「でも、この色は全て化学物質なんだよね。たぶん、世界崩壊からずっとこの色なんだろうね。ただ、この湖みたいな水たまりはもっと色が薄かったんだ。なんで濃くなったと思う?」

「…さぁ」

「フフフ。この水たまりは、この洞窟の上を流れてる川とは水脈が違うのさ。だから化学物質の影響も多少なりとも少なかった。でも、ボクは見つけちゃったのさ。ここと外を繋げられる場所を」

「…」

「理由かい?理由なんてないさ。そもそも理由なんて必要なのかい?ただそうしたかっただけ。それだけさ」

「…」

「それはそうと、ここはどこだと思う?」

「……あの滝の裏にある、洞窟?」

「ああ、そうだよ。それも最下部さ」

「…」

「まさか、キミがあの滝から落ちようとするなんて思わなかったよ。でも大丈夫さ。キミを死なせたりなんかしない…」

「…あたし、滝壺に落ちたの?」

「いや、落ちてないよ。途中でしっかりと受け止めたからね」



リオの唇は震えており、目には赤黒い液体が溢れていた
溢れていた液体は、目尻から次々と止まるなく流れ落ちていた

2016/12/16

●10

「ここでは、色のあるものは全てダークグレーなんだね…」

「…だから、何?」

「キミの体は、そのオンナの返り血を浴びてるはずなのに、ダークグレーになってるから」

亡骸となった女性の体は、ゆっくりと確実に増えていた水に飲み込まれていた

「…で?」

「死んじゃったね」

「あなたが殺したんでしょ!!」

ミナの口元には薄ら笑いが浮かんでいた
フードで目元が見えないのは相変わらずだった

「まだ気付かないみたいだね」

ミナは被っていたフードを取る

「ボクはキミでもあるし、キミはボクでもある」

ミナは、表情に闇や憎悪が色濃く出ている以外は、カナミと全く同じ顔だった

2016/12/15

●9

「ダメ!!」

カナミは蠢く右腕を押さえ、飛び退いた

「カナミ?」

「わたしに近付かないで!!うっ!!」

カナミの右腕は、もはや人間のものではなかった
異様に尖った爪
前腕部は鱗に覆われていた

右腕は蛇のように蠢いており、カナミはそれを必死に押さえていた

「…ミナね」

「え?!」

「わたしは逃げも隠れもしないわよ」

女性は、真っ直ぐカナミに視線を向けていた

「ミナが、いるの?!」

向けられた毅然とした視線は、外れることはなかった

「フフフ…。よくわかったね。勘てヤツ?」

外見はカナミのままだったが、顔付きは全くの別人に切り替わっていた
厭世的な雰囲気は一変し、内側に闇や憎悪を抱える禍々しさが感じられた

「わたしはあなたたちの…」

「それ、もう聞き飽きたよ。ったくどんだけ美化すりゃ気が済むわけ?わたしはあの人を愛していたとかさ、あなたたちは決して人体実験のために生まれたわけじゃないとかさ…。で、その結果がこのザマだよ!」

「…」

「確かに主犯はあの男かもしれないけど、アンタも十分共犯だよね。なんせ、あの子に事実を捻じ曲げて伝えたんだから。さも双子として生まれてきたみたいな言い方しやがって…」

「…」

「ボクたちは所詮、アイツのおぞましくて汚ねぇ私利私欲の産物なんだろ?どうなんだ?」

「違う!!わたしは人体実験なんかのために、あなたたちを産んだんじゃない!!」

「…じゃあ、何のため?」

「わかってほしいとは言わない…。わたしは、あの人を尊敬してたし、憧れていた。そして、気付いたら好きになってた…。すごく愛おしかったし、あの人の子供が欲しいって思ってた」

「ふ~ん…」

「それがこんなことになるなんて…」

「…」

「遺伝子操作をされたのはあなたたちだけじゃないの…。わたしの体は、あなたたちを産んだそのときから時を刻むことがなくなってしまった…。あの人は『人間が若々しく美しいのは一瞬だけだ。美しいものが老いて醜くなることは耐え難い』って言ってた」

「ハハ…。ホント狂ってるね、アイツ…。人間じゃねぇや。でもそれに気付けなかった、もしくは、気付いてても見て見ぬフリをした…」

ミナの右手が女性の体を貫通した

「それも同罪だよ」



!?

カナミの右腕が、ちょうど心臓の辺りを完全に貫通していた

その知的で美しい顔から、生気がなくなっていった
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった

「あ…、ああ…」

カナミはすぐ右腕を引き抜いたが、既に手遅れなようで、女性の体は力なく前のめりになった
女性を抱きかかえたカナミの全身が、ダークグレーに染まっていった



慟哭は、止まることなく辺りに反響し続けていた

2016/12/14

●8

……セ



コロセ…

誰!?

コロスンダ

うっ!?

止まることなく、一定のペースで滴り落ちる紅い液体に染まった手

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

ハヤク!!

!?

右腕が意思とは無関係な、何者かに操られているかのような動きをしようとしていた

2016/12/13

●7

「…大きくなったよね」

「…いつの頃と比べて?」

「あなたがまだ、赤ちゃんだったときと比べて…」

「…よく覚えてない」

「確かにね…」



「わたしが話さなくても、いずれは知ることになると思う…。でも、できればわたしの口から、あなたに伝えたい…」

透明度のないダークグレーの水が、膝を覆うほどになろうとしていた

「…」

カナミは顔を上げた
シャープで整った顔立ちが目に留まった

女性は柔和な笑みを浮かべた
カナミも釣られて口元だけ笑ったような形になった



女性の顔や回りの景色が滲んでいた
カナミの頬を水滴が伝っていた

「カナミ…。あなたはわたしの子よ。ミナは…。あなたの双子なの」

女性の体が、優しくカナミを包み込んでいた
水面に波紋がいくつもできていき、カナミは、収まることなく吹き出す感情にひたすら身を任せていた

2016/12/12

●6

「やっと会えたね」

カナミのぼやけた視界には、女性と思われる人間の顔が映っていた
水は頭頂部まで来ており、辛うじて顔だけが出ている状態だった

「あなたは…」

焦点が徐々に合ってきたようで、逆さだったが、今度は女性の顔がハッキリと見えた

27~28歳ぐらいだろう
メガネが似合いそうな、小顔の知的美人だった

「だいぶ目付きもしっかりしてきたね。起きられそう?」

「…やってみる」



「う…」

カナミは、体育座りの体勢のまま蹲った

「大丈夫?やっぱりまだムリそう?」

「…頭が、クラクラする」

「そうだよね。もう少ししたら良くなってくるはずだから」

カナミは顔を上げることができなかったが、女性はカナミの前にしゃがんで話しかけてきているようだった

2016/12/11

●5

セルリアンブルー一色の空間だった
所々、同色の水が湧き水のように壁面を伝っており、小さな滝のようなものもあり、川のような場所もあった

リオが、一糸まとわぬ姿で仰向けに横たわっていた
目は固く閉じられており、微動だにしなかった

そこは、滝が流れておらず、開けており、湖のような、セルリアンブルー一色の水たまりがあった

アッシェンは無表情で、どこかを見るともなく見ているような眼差しのまま、瞬き1つしなかったが、瞳にはリオが映っていた

2016/12/10

●4

カナミは水溜りのような場所に、仰向けに寝転がっていた
ダークグレー一色の、物音1つしない、空気の流れも感じられない空間だった

「…」

カナミは焦点が合っていなかった
ただひたすら、この無機質な空間を眺めているかのようだった



ゆっくりと、カナミの体に接している水の量が増えていった

2016/12/09

●3

そこは、残存していた地下シェルターだった

リオは寝袋で静かに寝息を立てていた
ちょうど10歳になったころだった

「…」

リオと面影のよく似た、母親と思われる女性だった
悲しそうな、別れを惜しむような表情だった

「寝たか?」

父親と思われる男の声だった

「…」

女性の瞳にはリオが映っていたが、次第にその姿は崩れていった

「先に行ってるぞ」

男は、残っていた約1年分の食料が詰まったリュックを背負っていた


生気がなく、静寂に覆われた針葉樹の森
月明かりが葉と葉の間から漏れていた
透明感のある漆黒の池

リオは、寝袋で静かに寝息を立てたままだった
側には、約1年分の食料が詰まったリュックが置かれていた


リオの両親は、セルリアンブルーの水中で抱き合っていた
何も身につけておらず、手首には切り傷ができていた
既に体中の血液が全て流れ出たのか、傷口からは何も出ておらず、全身は蒼白だった

2016/12/08

●2

ミナの右腕がカナミの体を貫通した
カナミは膝をつき、頭を垂れた

これまで無表情だったミナに、一瞬「してやったり」の表情が浮かんだ

「?」

ミナの右腕がカナミの体から抜けることはなかった
カナミの両腕は、力が抜けたようになっているだけだった

「フフフ。どういうつもりだい?キミはまだ生きてるのかい?」

ミナの足元には闇が発生しており、すぐさま全身を覆い尽くした

2016/12/07

●1

黒い雲に覆われた、所々にできた切れ目が微かにプラチナ色になっている空
静かに降り注ぐ無数の水滴

轟音を上げる滝壺に落ちていくリオの視界には、それらが以前と同様に赤黒く見えた

視界が反転した
リオの体は、頭の重みで滝壺に対して垂直になった



リオは目を閉じた
飛び散っていく赤い塊は、上空からの水滴とぶつかり、かき消されていった

2016/12/06

●0

辺りには、カナミの荒い息遣いが響き渡っていた
ミナの右腕は、刃渡り1mほどの血塗られた剣になっており、切先からは鮮血が滴り落ちていた

「…」

カナミの体は闇に覆われていたが、腕を含め、そうでない場所には何らかの傷ができていた
出血量が多く、まともに体が動く状態ではなかった

2016/12/05

●7

静かな雨音を掻き消すような轟音が響いてきた
これまで続いていた不毛な景観に、セルリアンブルーの水が流れる、対岸が見えない大きな滝が現れた



アッシェンの姿はどこにも見当たらなかった

「まさか、滝壺にでも落ちたと思った?」

「!?」

リオの振り返った先に、アッシェンが、ずっとその場にいたかのように立っていた

「どうしたの?ずいぶん驚いてるみたいだけど?」

これまで言葉の存在を知らなかったかのようなアッシェンが、確かにしゃべっていた
しかし声は、明らかに自らを不可視物質またはダークマターと名乗っていたそれだった

「…」

「フフフ…。じゃあ、順番にいこうか。アッシェンはあくまでアッシェンだ。この子が最初からダークマターだった、ということはない」

「…どこかで、乗り移ったの?」

「正確に言うと、同化したって感じかな」

「…あの森に来たときには、もう?」

「そうだね」

アッシェンは無表情で、どこかを見るともなく見ているような眼差しのまま、瞬き1つしなかった

「…その目、あのときと同じ…」


漆黒の水面が細波だっていた

アッシェンの髪が風になびいていた
リオはアッシェンに倒され、肩の辺りを掴まれて身動きができない状態だった



互いの視線が交錯していた
セルリアンブルーの瞳は、赤い景観に混ざることはなく、本来の色に見えた


「フフフ…よく気付いたね」

「でも、だとしたら、そのあとはどこから喋ってたの?」

「あれかい?あれはホントに池から喋ってたよ。で、あの子との同化も、あのときは解除してた」

「…」

「ほかにはあるかい?」

「…」

辺りには滝の轟音が響いていた
雨は降り続いていたが、異形となってしまったアッシェンは全く濡れていないように見えた



アッシェンの脚に力が入ったように見えた

「!?」

錯覚ではなく、間違いなくアッシェンはじりじりと近づいてきた

「…」

リオは、アッシェンを凝視しながら後退りしていた
アッシェンの口元に歪んだ笑みが浮かんだ

「!?」

水が滝壺に落ちる音が、一段と大きく聞こえた
これ以上の後退りは、そのまま落下することを意味していた

アッシェンは、手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいていた

「何を怯えてるんだい?」

「いや…、来ないで…」

リオの瞳は潤んでおり、白目は赤黒くなっていた

「その感じだと、ボクも赤いかい?」

「…」

リオの唇は震えており、目には赤黒い液体が溢れていた

「そんなに悲しいかい?フフフ…それには及ばないよ。だって、キミの胎内には」

「いや!!」

リオは目を閉じて激しく首を振った
赤黒い液体が頬を伝っていた

「フフフ…、じゃあどうするの?」

「…」

リオはゆっくりと目を開けた
赤黒い水たまりに、無機質に輝く黒目が浮かんでいるようだった



リオの足が静かに後退りをした
体は頭の重みで、轟音の中に向かっていった

「無駄だよ。キミはボクのもの…。逃れることなんてできやしないのさ…」

アッシェンは不気味な薄笑いを浮かべていた

2016/12/04

●6

漆黒の水面に規則正しく波紋ができ、消えていった
雨は一定のペースで降り続いており、辺りは薄闇に包まれていた

「…」

リオはゆっくりと、しっかり大地を踏みしめるように歩いていた
濡れて重くなった髪から、額や頬を伝って顎から、水滴が止まることなく滴り落ち続けていた

降り注ぐ無数の水の塊、漆黒の水たまり、静かに響く雨音

●5

水面に一滴の水滴が落ち、緩やかに波紋が広がっていった

「…アッシェ、ン…」

リオの瞳には、薄暗くなった、ひたすら続く大きな水たまりと黒い煤に覆われた大地が映っていた

水面に次々と水滴が落ちてきた
辺りは水煙こそ出ていなかったが、降り注ぐ水の塊が無数見えた

「…会いたいよ」

リオはゆっくりと、起き上がり、歩き出した

2016/12/03

●4

鮮明だった景観は、黒とプラチナが歪に混じり合った、輪郭がひどくぼやけた不鮮明なものになっていた
水面は、様々な大きさの波紋ができては消えを繰り返していた

「フフフ…」

不鮮明な景観に黒がより多く溶け出してきた

「…その声は」

「そうだよ。ボクさ。不可視物質さ」

「…」

「ダークマターって言った方がわかりやすいかな?」

「…たぶん」

「それはそうと、あの子、名前はアッシェンていうみたいだけど、このまま歩いて行くと、向こう岸が見えないぐらい大きい滝があって、そこにいるみたいだよ」

「…」

「まぁ、信じる信じないは勝手だけど、事実は1つだけさ。空はまた雲行きが怪しくなってきたから、またさっきみたいな雨が降るだろうし、アッシェンにも会いたいだろ?」

「…うん」

「フフフ、なら答えは1つだね」

「…もしかして、見てたの?」

「ボクはいつだって見てるさ」

「…」

「さぁ、急いだ方がいいかもよ。自然は待っちゃくれないからね」

不鮮明で滲んだ景観が次第に鮮明になっていった
日光の帯は消えており、かろうじてできていた黒い雲の切れ目が、微かにプラチナ色になっているだけだった

2016/12/02

●3

アッシェンの目の前には、対岸が見えないほどの大きな滝が広がっていた

滝壺に落ちる水量も膨大で、落差は100mほどだったため、落下速度が早く、轟音とともにおびただしい水煙が立ち上っていた
流れる水はセルリアンブルーのままだった

「…」

アッシェンの眼差しは、どこかを見るともなく見ているままだった


リオは、水に浸かっていた顔をゆっくりと上げた
髪からは、水滴が速いペースで滴り落ちており、目には涙が溢れていた

「…どこ、いっちゃったの?まだ名前、聞いてないのに…」

溢れていた涙が止めどなく頬を伝っていった
歪な細波に、次々と波紋ができていった

2016/12/01

●2

「!?」

足元にあったはずの水たまりが一気に迫ってきた

リオの体は水平に、水たまりに投げ出された
大量の水が跳ね上がり、水面に様々な大きさの波紋ができた

「…」

リオはそのまま動かなかった
水に浸かった指が、ゆっくりと引っ掻くように動き、握り拳となった

アッシェンの姿はどこにも見当たらなかった

固く握られた拳は小刻みに震えていた
水面には歪な細波ができていた

2016/11/30

●1

アッシェンは振り返ることなく、何かに取り付かれたかのように、同じペースで歩いていた
リオは、加速度的に荒くなっていく息遣いとともに走っていた

大きな水たまり、黒い煤に覆われた大地、限りなく黒に近い灰色の空、プラチナ色をした日光の帯

この景観がひたすら続いていた

アッシェンの歩くペースは変わらなかった
リオの息遣いは声を出すのが困難なほど荒く、目は細まり、焦点もずれ気味だった

体力の限界で足がもつれるのが先か、気持ちの途絶えによって足が止まるのが先か

時間の問題だった

●0

アッシェンが、リオが雨で重くなった衣類に手こずりながらも、なんとか身につけ終わるのを待ってから、歩き出した

「どこ行くの?待って!」

走っているわけではなかったが、アッシェンは足の動きが速かった

リオは走っていた
自身の歩幅と歩いたときの足の動きから、そうせざるを得なかった

2016/11/29

●11

「何見てるの?」

アッシェンの右側から、リオが見上げるように視線を向けた
左手は、ゆっくりと背中に回り、腰布に覆われた尻を撫でるように動いていた

「…」

アッシェンは変わらず、地平線のどこかを見るともなく見ているような眼差しをしていた

「…あたしも着るね」

リオが離れるのとほぼ同時に、アッシェンの口元が微かに動いた
言葉にならない何かを呟いたようだった

2016/11/28

●10

水面に細波ができていた
鮮明に映っていた空と日光は歪に混ざり合っていた

リオは静かに寝息を立てていた
固く結ばれていたはずの手は1つだけになっていた

アッシェンは瞬き1つせず、地平線のどこかを見るともなく見ているような眼差しをしていた

どこもかしこもほぼ同じ景観だった
水たまりのない場所は、濡れた煤がより黒くなっており、微風では舞い上がることはなさそうだった

「起きてたんだね」

リオの声だった
アッシェンは微かに頷くような仕草をした



リオは背後からアッシェンを抱きしめた
華奢な指が、微かに分かれているように見える腹筋をくすぐるように動いていた

「…」

アッシェンは、眼差し、表情、いずれも変わらなかった

2016/11/27

●9

大きな水たまりに、限りなく黒に近い灰色の空と、その細い切れ目から差し込む、プラチナ色の日光が映っていた

辺りには、降り続いていた雨を物語るように、似たような大きさの水たまりがいくつもできていた
水面に映る情景は、無風なためか整然としていた

2つの手が、引き離すことができないほど固く結ばれていた

リオは、ゆっくりと、うっすらと目を開けていった
やはり赤い景観はなく、血の涙も流れていなかった

アッシェンは眠っていた
聞こえてくる寝息から、眠りは深そうだった



リオはアッシェンを一瞥し、微笑を浮かべながら目を閉じた

雲の切れ目が大きくなってきたのか、差し込む日光の帯も太くなっていた

2016/11/26

●8

アッシェンの手が、胸の膨らみを、潰すように、元通りにするように動いていた
指先は、時々その先端を弄ぶように動いていた

リオの顔は、言葉にならない甲高い叫びや荒い息遣いとともに、反り返ったり、元に戻ったりしていた
全身からは、水滴が飛び散っていた

雨の勢いは衰えることがなく、かかっていた靄は、霧のようになっていた

リオの手が、割って入るように、アッシェンの手を握った
アッシェンの体が起き上がり、背中が、露になっていた場所を隠すように重なった



辺りは真っ白だった
2人が互いを感じ合う声は、雨音ともに、止まることはなかった

2016/11/25

●7

降り続く雨が、リオの髪を、肩を、胸の膨らみを、腰の括れを、濡らしていた
雨音に、甲高い声と、途切れ途切れな荒い息遣いが入り混じっていた

リオの顔は、不規則に上下左右に揺れていた
張り付いた髪で表情は見えなかった
黄土色に光っている体は、一定のペースで上下に動いており、それに合わせて胸の膨らみも揺れていた

滴る水滴、飛び散る水滴
水たまりには様々な形の波紋ができていた

アッシェンの手が、軟らかく動いている胸を鷲掴みした
これまでと1オクターブほど高い声を上げ、リオの顔が反り返った

垂れ下がる髪と顔に張り付いたままの髪

2016/11/24

●6

夜が明けた
森はその原形を留めないような状態となっていた
見渡す限り木々は黒い煤と化していた

一瞥するだけでは何の建物かわからない構造をした、窓のない10階建ての建物
カナミはその建物にもたれるように倒れていた
見たところ外傷はなかった
木に貫かれたはずの箇所も、最初から何事もなかったかのような状態だった

建物から、フード付の、カナミと色違いの黒いローブを着たミナが出てきた
猛禽類を思わせる、瞬き1つしない眼差しだった

カナミは動き出す気配が全くなかった
昏々と眠り続けているような状態だった

ミナはカナミを一瞥し、去っていった
口元には「全て思惑通り」とでも言いたげな笑みが浮かんでいた

2016/11/23

●5

藍色の中にセルリアンブルーが、混じり合うように映っていた
2つの唇は、触れるか触れないかの微妙な距離にあった

リオの手が、アッシェンの髪、肩甲骨、背中、腰、尻を、上から順番に優しく撫でていた



濃い灰色だった空は、随所に黒が入り混じっており、ついに重力を伴った水の塊が大量に落ちてきた
辺りは水煙に覆われ、靄がかかったようだった

リオは目を閉じていた
2つの唇は、互いを感じ合うように1つになっていた



アッシェンの体は、降り注ぐ雨や汗で白光りしており、平泳ぎのように、バタフライのように動いていた
リオは、苦痛と恍惚が入り混じった表情で、甲高い声を上げていた

絡まり合う脚、食い込むほどの力で背中を掴んでいる手

2016/11/22

●4

カナミは、ひたすら同じ景観が続く森の中を歩いていた
木漏れ日は夕焼けによって赤く染まっていた
無機質な木々が血に飢えた獣のようだった

!?

突然、木の枝が恐ろしい速さで伸びてきて、カナミの胸を貫いた
貫かれた胸からは、湧き水のように赤い液体が、止まることなく流れ続けていた



木は、串刺しにしたカナミをそのまま高く持ち上げだした


太陽は既に10分の9ほど沈んでいた

カナミの体からは赤い液体が滴り続けていた
常人ならば間違いなく死に至っているだろう



カナミはついに、力尽きるように意識を失った

2016/11/21

●3

空は濃い灰色の雲に覆われていた
雨は、まだ降っていなかった

リオの身につけていたものは、1つ、また1つと剥がされていった
艶のある、黄土色と白を混ぜ合わせたような肌、なだらかな放物線のような胸、細身ながら、ほどよい肉付きをした形のいい脚

アッシェンの腰布も剥がされていった

リオはゆっくりと目を開けていった
その瞳は、白よりも藍色の割合が多かった

2016/11/20

●2

緑の液体が満たされたガラス容器の中
容器の下から、鑑賞魚の水槽のように、気泡が送り込まれていた

ガラス容器を覗き込む女性

「…カナミ。……がい。……なないで」

女性の声は、気泡が送り込まれる音にかき消されていた

白衣を着た男がやってきた
背丈は女性よりも10cmほど高かった

男は女性の背後で何かを語りかけつつ、腰辺りに手を回していた
女性の表情には悲しみが漂っていた


赤い液体に染まった、爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われている手
止まることなく一定のペースで、その液体はポタポタと滴り落ちていた

白衣を着た男が倒れていた
完全に事切れているようだった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は次第に生気が失われていき、土気色になっていった

2016/11/18

●1

ぎこちなく、うっすらと目を開けていくリオ
流れ続けていた赤い液体は、跡形もなく消えていた

そこには赤い景観はなく、アッシェンの瞳以外の肌も、曇った空も、本来の色だった



リオの胸にアッシェンの手が触れ、微かに撫でるように動いた

「ダメ!」

その手を払いのけ、藍色の瞳でアッシェンを睨んだ

「…」

アッシェンは無表情で、瞬き1つしなかった
リオの右手は胸を、左手は下半身を隠していた



アッシェンは舌を出した
どす黒い赤色をしていた

「…それって、もしかして?」

無表情だったアッシェンに微笑が浮かび、赤い液体が流れていないリオの目の下辺りを軽く撫でて、その指を藍色の瞳に映るように差し出した

「…」

リオの両手は、脱力したように、自然に体の横に置かれた
口元には微笑が浮かび、目は静かに閉じられた

そこには、これまでの赤黒い景観はなかった

●0

意識を失っているのか、ただ眠っているだけなのか、目を閉じて仰向けに横たわっているリオ
血の涙は、変わらず流れ続けていた

透き通るセルリアンブルーの中にリオが映っていた
その姿が次第に大きくなっていく

リオは、アッシェンの後ろ姿に隠された



空は、淡い灰色に白を混ぜたような雲に覆われていた
かつて森だったのが焼き払われたような、一面黒い煤に覆われた景観が広がっていた

●0

フフフ…
奇跡って、このことを言うんだね
こんな、死んでるも同然の星で生き延びてたなんてさ…

しかも、ボクのように人為的ではなく、自然な営みで生を受けてるしね…

でも、あまりに劣悪な環境だったせいか、キミたちも既に人間じゃなくなってる可能性が高い
昔のボクのように…

あの必然とも言える人災から30年経って、色々とだいぶマシになりつつあるけど、壊れる前のような状態になるのはまだ先だろう

まぁ、全てはいずれ闇に飲み込まれる…
動いているものは止まる…
形あるものはその原形を失う…

これは抗いようのない宿命だ

とは言っても、キミたちにはまだ生きていてもらうよ
破壊の楽しさは、全てを無にすることだけではないからね…

フフフ…

2016/11/17

●7

葉と葉の間から日光が差し込んでいた
赤黒くはなく、鮮やかな赤のままだった

「…ねぇ」

アッシェンは、すぐそばにいるリオを一瞥した
リオは仰向けの状態で、瞬きもせず、どこかを見ているか見ていないかハッキリしないような眼差しのままだった

「…なんで、…しゃべらないの?」

アッシェンは困惑した表情を浮かべた



「無駄だよ」

「!?」

「どこに、いるの?」

「さぁ、どこだろう。もし、そこの池にいるって言ったらどうする?」

「…」

「ま、いいや。いずれ見えるようになるときが来ると思うから」

アッシェンは、狼狽えたように辺りを見回していた

「フフフ。その子はさ、この世界に30年ぐらい前に生まれてから、言葉の存在を全く知らずに生きてきたみたい」

「…」

「信じる信じないは勝手だけど」

アッシェンは、狼狽えたように辺りを見回し続けていた

「さて、この辺にしとこうか。こんな世界でせっかく出会ったんだからさ」

鮮やかな赤だった景観が黒一色となった

2016/11/16

●6

漆黒の水面が細波だっていた
アッシェンの髪が風になびいていた



互いの視線が交錯していた
セルリアンブルーの瞳は、赤い景観に混ざることはなく、本来の色に見えた



アッシェンの視線が一瞬落ちた
瞳には、リオの頬を伝う、どす黒い、赤い液体が映った

「…」

リオの視界からアッシェンの姿が遠ざかっていった
押さえられていた肩の自由も利くようになっていた

しかし、リオは動かなかった
瞬きもせず、どこかを見ているか見ていないかハッキリしないような眼差しをしていた

2016/11/15

●5

水面は、木々や葉と葉の間からの日光を反射して、無機質に輝いていた
澄んでいたが、深さがかなりあるのか、底は見えず、透明感のある漆黒だった

リオは少しずつ目を開け始めた
赤黒かった景観が鮮やかな赤になっていた

水面を反射する日光の影響だろうか
流れ続ける血の色に変化はなかった



リオは辺りを見回していた
葉と葉が擦れ合う音が、いつになく大きかった

「!?」

叢からアッシェンが、動物のように飛び出してきた
リオは倒され、肩の辺りを掴まれて身動きができない状態だった



身長は180cm前後で、贅肉のついていない、細身だが、最低限必要な筋肉はついている体型だった
なお、身につけているものは、セルリアンブルーの腰布のみだった

2016/11/14

●4

闇夜だった
リオの記憶している限りでは初めてだった

葉と葉の間から月明かりが漏れてくることはなかった
池の水面は透明感のある漆黒だった

いつもは赤黒いはずの景観が、なぜか本来の色に見えた
しかし、滴り落ちる液体が止まったわけではなかった

ひとまず眠ることにした
目を閉じたときの景観も、これまでは赤黒かったが、今回は黒かった



「フフフ…」

リオは目を見開いた
景観は黒いままだった

「そんなに勢いよく目を開いても見えないと思うよ」

「…誰?」

「キミはボクの言ってることがわかるみたいだね。ボク?ボクは、不可視物質かな」

「…フカシ、?」

「まぁ、いいや。夜が明けたら面白いことになるから、楽しみにしてて…」

黒かった景観は、再び赤黒くなった

2016/11/13

●3

食料が底をついた

この人工的で無機質な場所に、自然の恵みは期待できそうになかったが、奇跡的に湧き水でできている池があり、飲み水はかろうじて確保できていた

しかし食料はそうはいかず、細々と食いつなぐ以外に方法がなかった

無闇やたらに動き回らない、食べる量を限界まで少なくする、飲み水を多く摂る

リオなりの、生き延びるための工夫だった

2016/11/12

●2

赤黒い景観は、目を閉じても変わらなかった

当初は、一時的なものだろうということで、拭ってもみたが、流れ続ける血は止まることはなかった
外傷らしきものも確認できなかった

本来なら死んでいてもおかしくないような状態だったが、体温の急低下や意識が朦朧とするなどの症状はなかった
景観が常に赤黒いという以外で、特に不便を感じることはなかった

リオの瞳はアズライトのようだった
血の涙と混ざっても変色することはなかった

日光が出ているとき、角度によっては、青にも藍にも見え、どす黒い赤との対比が際立っていた

●1

リオは血の涙を流し続けていた
10歳ごろ両親に、この森に捨てられて以来だった

両親がリオを生んだのは、世界が1つになった時期とほぼ同じだった
残存していた地下シェルターで、備蓄の食料で10年ほど食いつなぐことはできたが、それだけだった

降り続いていた有害物質の雨は止んでおり、太陽も出ていた
しかしながら、それは状況の好転を意味するものではなかった

リオは森の中で目覚めた
約1年分の食料が託されていたが、これまで一緒だった両親はどこにも見当たらなかった

両親の名を呼んでみたが、虚しく反響するだけで、やがて静寂に吸収されてしまった
力の限り泣き叫びながら呼んでみたが、結果は同じだった

●0

世界が1つになったあとも、遺伝子操作により、高さ、太さ、枝や葉の付き方、大きさ、形など、全てが全く同じ木々で構成された森は、分かれていたときに、悪魔と酷似した異形の影によって焼き払われたもの以外は、存続していた

そこは針葉樹の森だった
常緑樹の森として造られていたためか、気候が変動しても葉の色は変わることがなく、落葉することもなかった

生気がなく、常に静寂に覆われていた
日光が木々の間から差し込んでいるときほど顕著だった

景観は、常にどす黒い赤だった
少なくともリオの瞳に映し出された景観は

2016/11/11

●4

なぜか水の色がいつもより濃くなっていた

突然滝や湧き水が流れてくることはなく、どこかが壊れたような音もなく、これまでと何も変わったところはないようだった

アッシェンの瞳は、生まれたときから、上の階を流れる水、目の前にある湖とも同じ色だった

「どうしたの?ずいぶん狼狽えてるみたいだけど?」

「!?」

「フフフ。そんなに勢いよく周りを見回しても、ボクは見つからないよ」

「…」

「怯えてるの?なんだか子犬みたいだね」

「…」

「あ、もしかしてボクの言ってることわからないとか?」

「…」

「フフフ。まぁ、いいや。ここは直に暗黒となる…」

「!?」

洞窟内が一瞬で黒一色となった

「さぁ、行こうか…。キミはそろそろ外に出るべきなのさ」

そこに残ったのは、静寂と暗黒のみだった

2016/11/10

●3

世界が1つになったのは20年前だったが、それは天変地異と核爆発が起こってから10年後でもあった

アッシェンが認識している世界は、洞窟内と洞窟外の一部だけだった
有害物質の雨が、10年ほど前から降らなくなったとき、太陽光の明るさに誘われて、それとなく外に出てみた

轟音とともに落ちる水が、太陽光の反射でターコイスブルーに見えた
また、これまではよく見えなかった左右の状況も、多少は見えた

残念ながら、滝壺に降りることができそうな構造にはなっておらず、上の川を見渡すことができる場所に移動することも難しそうだった

2016/11/09

●2

アッシェンの両親は、世界崩壊時、甚大な被害を受けた都市部からなんとか逃れ、この洞窟に身を寄せていた
母親は、既にアッシェンを身籠っていた

一命を取りとめたものの、それだけだった

これまで住んでいた場所は、もはや人の住めるような状態ではなかった
無論助けが来ることもない
洞窟内で食料や飲料を調達して延命できるとしても、いつまで持つかわからなかった

父親は自ら命を絶つことを選んだ
母親は、胎内で着実に育っている命もろとも死ぬことはできなかった

洞窟外では有害物質の雨が降り続いていたため、洞窟内で食料と飲料を調達するしかなかった
夫の亡骸にも手を出さざるをえなかった

アッシェンは無事に生まれ、母親は力尽きるように亡くなった

2016/11/08

●1

滝の裏には洞窟があった

太陽光の届かない、暗闇、ひんやりとした空気に覆われた場所ではなく、セルリアンブルー一色だった
所々から、上を流れる川からのものと思われる水が漏れていた
湧き水のように壁面を伝うばかりでなく、小さな滝のように落ちてもきており、川のような場所もあった

アッシェンは、洞窟の最深部で生きていた
底なしの洞窟と言われていたが、体感的には地下6階程度だった

どの階よりも広く、開けており、唯一滝が流れておらず、湖のようになっていた
水脈が異なるためか、化学物質の汚染度合いが低いためか、スカイブルー一色だった

上の階を流れる水の音が微かに聞こえてくる以外では、基本的に静かだった
気温も常時22〜23℃に保たれていた

●0

対岸が見えないほどの大きな滝だった
滝壺に落ちる水量も膨大で、落差は100mほどだったため、落下速度が早く、轟音とともにおびただしい水煙が立ち上っていた

流れる水は、昼夜問わずセルリアンブルーだった
雲に覆われているときも色が変わらないことから、光の反射によるものではないようだった

世界崩壊からの年数経過により、化学物質を大量に含んだ雨や雪は降らなくなっていたが、土に含まれていた化学物質はすぐに分解されることはない

無色透明な水が流れるのはまだ先のことになるだろう

●0

かつて、世界は2つに分かれていた

1つは、天変地異と核爆発によって崩壊してしまった世界
特に都市部の崩壊が著しかった
また、崩壊時に大気中に飛散した多量の有害物質が雨となり、長期間、しとしと地表に降り続いていた

地表に落ちると何らかの化学反応を起こすせいか、溶けるような音に加え、辺りが見舞わせないほどの蒸気と異臭が発生していた

崩壊の引き金は大地震だった
それは、今まで世界各国で発生していたものとは比較にならないほどの規模だった

明確な原因は解明されていないが、地中に埋まっていた石油やメタンハイドレートなどの資源が枯渇することにより、激しい地殻変動が起こり、引き起こされたと言われていた

その揺れは全世界を巻き込んだ
そして、各国が軍備として保有していた核兵器が全て爆発し、大量の核物質が漏れ出た

なお都市部では、死んだ人間たちと思われる多くの残留思念が徘徊していた


もう1つは、遺伝子操作を施された動植物のみが生息していた世界

高さ、太さ、枝や葉の付き方・大きさ・形など、全てが同じ木々
鬣部分が無数の生きた蛇になっていた、緑色の雄ライオン
ヤマタノオロチと酷似した八首の化物

これらはごく一部だった

また、太陽や月との距離が近かったようで、日中の日差しは強く、気温も高かった
月もスーパームーン以上に大きな月だった


2つの世界は、20年前に1つになった
このとき、巨大な、機械部品で作られた生首のような究極生命体が出現し、その強大な力によって、再び世界が破壊されかけた

しかし、長くは続かなかった
世界が1つになったときにできあがった闇によって、究極生命体が葬り去られたからだ

なお世界が2つに分かれたのは、この究極生命体によるものと言われていた
太古の昔に邪神たちが創り出し、あまりにも強大な力だったため、当時の英雄たちに封印されたようだった

復活に至った理由、そして世界が1つになった理由は、世界的な科学者やその近しい者が関わっていたと言われていたが、詳細は不明だった

2016/11/07

▼13

「ファハハハ!ハ?」

それまで高笑い一色だった生首に異変が起きた
突如、爆発し始めたのだ

「なんだと!?この究極生命体が、なぜだ??まさか!コピーがやられたというのか?ぬぉおぉおおお!!」

爆発は止まることなく続いた

「その通り…」

生首の視界には、全身が闇に覆われたカナミと思われる人影がいた
闇の中から覗く目は、ガラス球のように、無機質に澄んでいた

「クッ!なぜだ!?私は究極生命体だ。あのコピーもそれ相応の能力を備えていた。なのに、なのに!!なぜだーーーー!!」

「全てのものは、みんな元の場所に戻る…。アンタは本来ならこの世に存在していない。それは、わたしもミナも同じ…」

究極生命体は、既に原形を留めないほど崩壊していた
完全崩壊となるのは、もはや時間の問題だろう

「燃え盛る炎は、燃えるものがなくなり次第、消える…。都市部に降っていた有害物質の雨も、いずれは自然の浄化作用によって、有害物質が含まれていない雨となるだろう…。既に天変地異と核爆発によって崩壊してしまったセカイ…。遺伝子操作を施された動植物のみが生息していたセカイ…。双方とも人間の醜い私利私欲により、歪められたもの…。これらを1つにしても、根本的な解決とはならない…。ここは、生命の宿らない死のセカイ…。これは、必然によってもたらされたもの…。…そして、わたしが、こちらのセカイに来ることは、2度とないだろう…」

闇の中に見えた人影が消えた
闇と同化するように、消えた

究極生命体は、完全崩壊し、全て水源に落ちていった
凄まじい量の水飛沫と水蒸気が発生したのは言うまでもない

このセカイの行く末は、全て自然の手に委ねられたのだ



-完-

2016/11/06

▼12

見えるのは黒のみ
最初から光が存在していなかったかのような空間

ミナは、右腕の自由が利くことに気付いたようだった
カナミは、姿を消していた

「どうやら、我の出番のようだな」


ベヒーモスが現れた

「…な、なんだよ、それ。なんでアンタみたいなのがいるわけ?んなの聞いてないし」

「さぁな。我は自らの役目を果たしに来た。ただそれだけだ」

「…ボクを殺すってこと?ムリだよ。その巨体じゃボクの動きについてこれるわけが、う!?」

ベヒーモスの角がミナの体を突き抜けていた

「バ、バカな…」

「フッ。愚かな」

ベヒーモスはミナをそのまま投げ飛ばした

「さて、我も本来の場所に戻るとしよう」

ベヒーモスは、周りの黒と同化するように消えた

ミナは、どこか1点を凝視するような眼差しをしていた
しかし、眼球は微動だにしなかった

そして、2度と動き出すことはなかった

2016/11/05

▼11

ミナの右腕がカナミの体を貫通した
カナミは、膝をつき、頭を垂れる

これまで無表情だったミナに、一瞬だが、「してやったり」の表情が浮かんだ
あとは右腕を引き抜くだけだった

「ん?」

ミナの右腕がカナミの体から抜けることはなかった
カナミの両腕は、ミナの右腕を掴んでいなかった
ただ、力が抜けたようになっているだけだった

ミナの足元には、漆黒の闇が発生していた

「フフフ。どういうつもりだい?キミはまだ生きてるのかい?」

その問いかけに答える者は誰もいなかった
漆黒の闇が、ミナを覆い尽くした

2016/11/04

▼10

ハア…、ハア…、ハア…、ハア…

辺りにはカナミの息遣いが響き渡っていた

「フフフ。もう限界かい?」

ミナの剣は、血塗られた剣と化していた
切先からは、鮮血が滴り落ちていた

「…」

カナミは、腕に限らず、闇に覆われていない場所は何らかの傷が出来ていた
出血量が多く、もはやまともに体が動く状態ではなくなっていた

「…そんなに、わたしが怖いの?」

「は?」

「だって、そうじゃない…。わたしにはわかる…。あなたは、やろうと思えばすぐにでもわたしを殺せたはず…。でも、自分も無傷では済まない…。場合によっては、わたしにやられる可能性があった…。それが、怖かったんでしょ?」

「…で?」

「だから…こうやって、わたしを弱らせて、確実に殺そうとしてるんでしょ?あと、剣て突いて引くためのものじゃん?今までの攻撃って、全部切り付けだったでしょ?突きをやらなかったのは、わたしの懐に入らざるを得ないから…。結果的に、自分がやられるリスクが出てくる…。要するに、あなたはただの臆病者…」

「珍しくよく喋るねぇ。でも、もう立ってるのもやっとなんじゃない?」

「…そうだね。今だったら、確実に殺せると思うよ」

カナミを覆っていた闇が消えた

「フフフ。どうやら、その闇はキミの体力というか生命力と連動してるみたいだね。罠かと思ったけど、キミが瀕死なのは間違いなさそうだし。じゃあ、お望みどおりラクにしてあげるよ」

ミナは姿を消した

カナミが瀕死状態なのは間違いなかった
しかし、カナミにはミナの動きが見えていた

まるで、スローモーションを見ているかのように…

2016/11/03

▼09

「フハハハハ!私は最強だ!全てを焼き尽くし、全てを爆発し、全てを崩壊させる。破壊衝動は崇高なる欲望だ。歴史を紐解くと、全ての事象の根幹は、破壊と殺戮によって成り立っていることが明白だ。誰も否定できまい?」

生首の両目が光る

至る所で爆発が起こっていた
森林だった場所、砂漠だった場所、都市だった場所
全て炎の海と化していた

唯一の例外が、生首が現れた水源ぐらいだった

▼08

先に仕掛けるのはどちらだろうか?
カナミもミナも、当初の間合いから動いていなかった

「フフフ。どうしたの?なんで仕掛けてこないの?」

「それ、わたしのセリフなんだけど」

ミナは、あくまでコピーだからかもしれないが、恐ろしく無表情だった
加えて、カナミはミナの手の内をほとんど知らない
「仕掛けない」というよりは、「仕掛けられない」と言った方が正確かもしれない

「フフフ…。その強がり、いつまで言ってられるかな」

ミナには余裕が感じられた
おそらく、カナミの心の内も見透かしているのだろう

「さて、そろそろ終わりにしようか。大丈夫。そこから動かなければ、痛みを感じる間もなく、ラクになれるから…」

ミナの姿が消えた

!?

カナミは咄嗟に体を反転させた

「う!?」

カナミの腕に創傷ができていた
出血の仕方から、静脈は切断されている可能性が高かった
何らかの方法で止血しなければ、湧き水のように出続けるような状態だった

「うわ、痛そう…。だから言ったじゃん。動かないでって」

ミナが姿を現した
右腕が、刃渡り1mほどの剣に変化していた

「キミを覆ってる闇って防具の代わりにはならないんだね。まぁ、なったとしてもボクの動きについてこれないと意味なさそう」

「防具っていうよりは武器だし。この闇に取り込まれたモンスターたちがどうなったかは、知ってんじゃない?」

「いや、わからないな。だって、キミはまだボクの動きを目で追えてないでしょ?残像すら見えてないと思うな。だから、知る必要はないってわけ」

ミナのスピードは尋常ではなかった
確かにカナミの闇は、目で動きが追えない相手に闇雲に噴出しても意味がない

状況はカナミが圧倒的に不利だった

2016/11/02

▼07

カナミは、黒い水源に飛び込んだ

最初から黒しか存在していないかのような空間
これが半永久的に続くかと思われた

しかしながら、そこはどこかの神殿のような場所だった
それは、カナミが見た精神世界と酷似していた
相違点は、白い線と黒い面で構成されている、ということだった

ミナが佇んでいた
カナミを待ち構えていたかのようだった

「来ると思っていたよ」

「あなたは、コピーだよね?」

「そうだよ。だって、前話したように、ミナはもう死んでるんだから。それはそうと、何しにきたの?」

「さぁ、何だろうね。わたしも、またここに来るとは思ってなかったし」

「ふ~ん。まぁ、いいや。てかキミしぶといよねぇ。表のセカイで完全に肉体を消去したのにね」

「それはどっちだか。表のセカイで変な生首になって、こっちではミナのコピーになってるようなヤツに言われたくないし」

「ハハハ…。どうやらキミは、こっちのセカイでも消去しないとダメみたいだね」

「…死ぬのは仕方がない。でも、殺されるのはイヤ。それが、変な生首だったら尚更…」

避けては通れない戦いが始まろうとしていた

2016/11/01

▼06

そろそろ、かな?

カナミは少しずつ目を開けていった
そこは、白い線と黒い面で構成されたセカイだった

裏のセカイ…

そこは、巨大な生首が現れた水源のようだった
水源は広大なため、対岸がどのようになっているか、見ることは出来なかった

今回も、深遠な青に飲み込まれたように、この黒い面に飲み込まれるのだろうか?

…どっかに通じてる?

黒い面に入ったカナミの手が、そのまま黒と同化する
そこには黒しか存在していないかのようだった

カナミは手を元に戻した
黒くなっていた手も元に戻る

後戻りできないって?
だって、もう戻りようがないよね…

選択肢が1つしかないときは、覚悟という名の、開き直りに近い感情が生まれやすい
この状況が、まさにそれだろう

2016/10/31

▼05

カナミは、いつしかの、淡い光に包まれた黄金色の草原にいた
そよ風は、今回は吹いていないようだった

風が、止んでる…
ここにいるってことは、また死にかけてる?

いいえ…
残念ながら、あなたの肉体は既に消されてる


わたし、あの変な生首にやられちゃったのね…

ええ…
あの生命体は、太古の昔に邪神たちが創り出したもの
目から放たれる光線は、鋼鉄をも溶かすって言われてる
その強大な力によって、セカイは2つに分けられてしまった

 
ああ…
そのときに、どこぞの英雄さんみたいな人たちが封印したのね
それで、セカイを1つにしないと、その封印を解けなくした

そうね

アイツは、その辺も計算に入れて、わたしやミナを創ったの?

あの人は、自分の研究については、ほとんど人に話さなかった
あなたやミナについても、遺伝子の新たな可能性を見い出す、としか言ってなかった

 

…なるほど


…ねぇ、あなたは、仮にわたしが実験サンプルでなかったとしても、わたしやミナを生むつもりだった?

ええ、もちろん
1人の女として、そして1人の母親として

 

そう、なんだ…

だからわたしは、あなたやミナに生きていてほしかった
どんな形でも





…わたしは、どうすればいい?

あなたには背負わされた使命はない
なので、好きにしていいのよ
ここに居たければ、居ていいのよ


…そうね

…なんか、変な感じ
ここがわたしの居場所な気がするけど…
ここに居るのはまだ早いっていう気もする…

あなたには、まだやるべきことがあるみたいね
わかったわ


淡い光が眩しい光に変わる

カナミは目を閉じた
目を開ける頃、カナミの目にはどのような空間が広がっているのだろうか?

2016/10/30

▼04

「フッ。だとしたら、私は最悪でもあり最低でもある、ということだな」

「わたしはあなたがわからない…。自分の欲望のために、多くの命を実験台にし、弄んできた…。これがどういうことかわかってるの!?」

「残念ながらわからないな。欲望とは最も純粋なものだ。形は違えど誰にでもある。もちろんキミにもな。それを否定するということかね?」

「この、人でなし!!!!!」

「フハハハハハ。そうとも、私は強大な力を手にした。もはや人間などではない。だが、それを言うなら、キミも同じだ」

「違う!!違う!!!違う!!!!わたしは…、わたしは…」

生首の両目が光った
あまりにも眩しい光だった

「前にも言ったと思うが、キミの用は、すでに済んでいるのだ。ご苦労さん」

カナミの姿は跡形もなく消えていた

2016/10/29

▼03

そこはオアシスだろうか?
砂ばかりの場所に、湖のような巨大な水源が現れた

見つけた…

ここも、あの湖と同様に精神世界への入口となるのだろうか?

「フハハハハ!まさかここで鉢合わせすることになるとはな」

湖の中から、カナミの約200倍ほどの大きさの、機械部品で作られた生首が現れた

「…誰?」

「随分物忘れが激しいようだな。それともわざとかね?」

「別に…。てか、どうでもいいし…」

「フッ。まぁ、いい。それより、なぜここに来たのかね?」

「あなたって、何でもかんでも理由付けしたがるのね。…理由なんてない。ここが、わたしのいるべき場所だと感じたから…。ただ、それだけ…」

「なるほど。その感覚は残念ながら私には理解ができない。なぜならば、ここは塩分濃度が異常に高い塩湖なのだ」

「へぇ…」

「塩湖は、塩分やミネラルを含んだ淡水が河川から流入するにも関わらず、その出口がないために、水分が蒸発しても塩分は蒸発しないで残る。その結果できたものなのだ。この湖の塩分濃度はどれぐらいだと思うかね?」

「さぁ…」

「海水の塩分濃度は約3%だが、この湖は少なくともその10倍はある。つまり、生物の生息が極めて困難なのだ」

「…機械だったら生息できるってこと?」

「生息?私はここに生息などしていないよ。この機械、いやこの生命体は湖の底に眠っていた。それこそ太古の昔からな。いわゆる究極生命体なのだ」

「もしかして、人造人間?目的や手段は違うけど、わたしやミナのように人為的に作り出された…」

「おそらくそうだろう。まぁ、私にとってはその目的や手段はどうでもいいのだ。この究極生命体と、私の頭脳が同化できたことに意義があるのだからな」

「あなたの目的は何?究極生命体として生まれ変わる、ってことだけじゃない気がするけど?」

「なかなか興味深い問いだな。その答えは案外簡単なものだ。わかるかね?」

「…」

「ヒントを出そう。目的というほど大それたものではなく、さっきキミが話していた感覚とやらに近い」

「……たぶん、わたしが思い付いたことで当たってる気がするけど、だとしたら…最悪、ていうか最低」

「ほぉ、言ってもらえるかな?」

「ただ単に、その究極生命体の力を体感してみたいだけ…」

しばしの間、静寂がその場を支配する
湖面は気流によって、さざ波が出来ていた

2016/10/28

▼02

灼熱の太陽が沈み、月の出番がやってきた
立ち昇っていた陽炎は瞬く間に消えた
40℃近くあった気温は、20℃程度になっているに違いない

この砂漠は見渡す限り、植物が生息していない
また、空は雲1つない快晴状態だった
このため、発生した熱を保温しておくことができず、急激に気温が下がるのだろう

カナミは、この急激な日較差を何とも思っていないようだった
何かに取り付かれたような足取りも、太陽が昇っていたときとほぼ変化なしのようだ

もうすぐ…
もうすぐで、あるはず…

その表情のない瞳には、何が映っているのだろうか?

2016/10/27

▼01

死ぬのは仕方がない…

でも、殺されるのはいや…

ただ、それだけ…


カナミは何かに突き動かされているようだった

陽炎が揺らめく灼熱の砂漠
砂以外には何も見えない場所

時折、砂の中に潜んでいた異形たちがカナミに襲い掛かる

サンドクローラーほどではないが
体長4~5mほどのイモムシやムカデ、サソリなど…



残念ながら、いずれも原形を保ったまま生存することはなかった


シヌノハ、シカタガナイ…



デモ、コロサレルノハ、イヤ…





タダ、ソレダケ…

▼00

究極生命体…

それは、しばしば苛烈な環境で生まれるものだ

異常高温…

異常低温…

異常乾燥…

苛烈な環境を耐え抜き、生きてきたもの

これこそが真に強いものであり、究極生命体となり得るのだ

現時点で、この究極生命体に相応しいものは…



なるほど…

そこにいたか…

2016/10/26

▼99

君は、どうしたい?



…わたしは

………

…どうもしたくない

だって…

興味ない…

アイツの研究とか、セカイが1つになったとか…

それに…



わたしは、人為的に作られた存在…

だから…







ここはわたしがいるべきセカイじゃない…



わたしは、帰りたい…

本来いるべきセカイに…


サンドクローラーの巨体は、無残にも切り刻まれていた
完全に肉片と化していた

カナミは漆黒の闇を身に纏っていた
この世のものとは思えない呻き声
ガラス球のような瞬き1つしない瞳
そこから上は、全て包帯のようなもので覆われていた

▼98

ククク…

時は満ちた…

私は天才だ…

何人たりとも私を止めることは出来ない…

私は最強の生命体となる…

名実と共に食物連鎖の頂点だ…

フフフ…

ハハハ…

ハーハッハッハッハ!!

2016/10/25

▼97

カナミは目を開けた

いつの間にか目を閉じていたようだった
あまりに光が眩しかったせいだろう

そこは砂漠だった
見渡す限り砂しかなかった
日差しは恐ろしく強く、陽炎が立ち昇っていた

キミハドウシタイ?



ワタシハドウシタイ?

ソンナコト、カンガエタコトモナカッタ…

砂の中から体長10mほどの化物が姿を現した
サンドクローラーだ

直訳すると「砂漠のイモムシ」となるが、その外見はイモムシとはほど遠かった
どちらかと言えば、巨大な地縛霊に近かった

カナミは全く気付いていないようだった
サンドクローラーがちょうど背後にいるにも関わらず…

キミハ、ドウシタイ?
ワタシハ、ドウシタイ?

10mの巨体がカナミに圧し掛かってきた
カナミの周りには影が出来ていた





ワタシハ…

影は見る見るうちに大きくなっていった
カナミが押し潰されるのは、もはや時間の問題だった

2016/10/22

▼96

洞窟内は真っ黒だった
光が入って来ないからではなく、異次元へ通じているからだろう

!!

突如洞窟内から漆黒の闇が吹き出し、2人を覆い尽くした

「実はここって1人しか入れない場所なんだよね。あの女はそれを知らなかったのか、アイツに記憶を消されたかわからないけど、キミと一緒に入っちゃったんだ」

「わたしはもう1つのセカイに行けたけど…」

「そう。あの女は生きてはいたけど、キミも見たように、ああいった形で外界とは接触できない状態になってしまった」

「…」

「さて、こんなとこかな。今までボクのコピーから聞かされたことは、ほぼ全てアイツがでっち上げたってことがわかったと思うけど、どうかな?」

「そうね…」

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。キミはまだ表のセカイの住人だからね」

眩しいほどの明るい光が現れる
太陽を肉眼で直視したかのようだった

▼95

そこは、あの森だった
高さ・太さ・枝や、葉の付き方・大きさ・形など、全てが同じ木々

カナミをおぶって、心なしか早足で歩いている女性
これ以上犠牲者を出したくない…
そう思っていたに違いない

「この森には、もう1つのセカイへの入口があったんだ。もちろん、行ったら戻って来れないものだったけど。あの女はそこに向かっていた」

「そこが、あの地下シェルターに通じてた…」

「そうだね。キミは運が良かったと思うよ。あっちのセカイは既にエライことになってたからさ。地上に出てたら、有害物質の雨でひとたまりもないだろうし」

「まさか、ああなったのもアイツの仕業なの?」

「いや、関係ないよ。あっちのセカイは遅かれ早かれ崩壊する運命だった。たとえ大地震が起こらなかったとしてもね。わかるだろ?」

「…それは、そうね」

「止まることを知らない人間のエゴ…。膨れ上がりすぎて、破裂するのは時間の問題だった。人間もやっぱり動物だよね。いや、それだと彼らに失礼か。人間は死ななきゃわからないけど、彼らはそうなる前に回避するからね」

女性の前に洞窟が開いていた
もう1つのセカイへの入口なのは間違いない

女性は立ち止まり、肩で息をしていた
それに合わせてカナミの体も揺れていたが、目を覚ますことはなかった

▼94

まだ原形を留めたガラス容器は、もぬけの空だった

「か…。かは…」

男は目を見開いていた
カナミの腕は、男の体を貫通していた
その腕は硬い鱗に覆われており、人間のものというよりは、モンスターに等しかった

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は、次第に生気が失われていき、土気色になっていった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

「どうやらキミの体の方が強かったみたい。急激な成長促進で命を落とすことなく、アイツの施した遺伝子操作も機能していた」

「…あの腕のことね」

「それ以外ではメタモルフォーゼかな」

「…」

「ディアボロス、ビースト、ベヒーモス…。いずれも強大な力を持ってるが故に、キミの体力と精神力は著しく消耗してしまう」

「代償、ってわけね」

「そうだね。このあとアイツの肉体は死ぬ。アタマはしぶとく生き残ってるみたいだけどね。キミも意識不明状態になる」

「…」

「この状況は明らかに普通じゃない。既に亡骸に等しい状態になったアイツとボク、生きてるかどうか定かではないキミ…。ここであの女は最も本能に忠実な行動を取った」

「わたしとミナを連れ出した…」

「残念ながらそれは出来なかった。女の力で人間の体2人分を運ぶのは無理だ。なので、少しでも生きてる可能性の高いキミを連れ出した。しょうがないよね。まぁ、あの男をどれだけ愛してたとは言っても、所詮は他人だ。ボクとキミは、あの女にとっては血の繋がった存在だからね」

「…なるほど」

「さて、これでだいぶ補完できたと思うけど、まだ気になるとこはあるかい?」

「……わたしは、どこに連れて行かれたの?」

「その前に1つ聞いてもいいかな?キミはこれからどうしたい?」

「え?」

「気付いてるとは思うけど、キミはあの男に利用されてる。ヤツは、とんでもないことをやらかそうとしてる」

「…」

「すぐには出なさそうだね。まぁ、いいや。とりあえず、キミが連れて行かれた場所に行こうか」

キミハコレカラドウシタイ?

カナミの中でこの言葉が何度も反響していた

▼93

あの男が肩を震わせていた
泣いているのだろうか?
それとも笑っているのだろうか?

奥にある2つのガラス容器には、人間が1人ずつ入っていた
カナミとミナなのは間違いないだろう

「ついに…ついにやったぞ!私は天才だ!ひゃひゃひゃひゃ!!」

「なぜ、コイツがこんなに嬉しがってるかわかるかな?生まれた赤ん坊を人為的に双子化することに成功したってだけじゃないんだ。何だと思う?」

「見当も付かない…」

男の狂喜乱舞は当分収まりそうになかった

「成長促進さ」

「成長、促進?」

「ああ。それも20年分ぐらいを一気にね」

「じゃあ、ミナはそのとき…」

「うん。そういうこと」

…!?

ガラス容器が突如青くなった
ミナは断末魔の叫びをあげ、ガラス容器を破壊した
血も凍るような叫びだった

「な、なんと!?」

「仮にボクがキミのクローンだったら、成功してたかもしれないけどね。クローンて全く同じ細胞だから」

もう一方の容器に入っているのはカナミだろう

「キミは昏睡したままだった。急激な成長促進の影響だろうね」

木端微塵に割れたガラス容器
うつ伏せに倒れているミナは微動だにしなかった

▼92

黒と白で彩られた書庫は、永遠に続くかと思われたが、すぐさま開けた空間になった

白衣の男女が抱き合っていた
固い抱擁だった
熱い抱擁だった

黒が主体の空間では、彼らの白がコントラストとしてやたらと目立った

「ここから先が、どうなるかはわかるだろうから、次行こうか。彼らが、どれだけお互いを好きだったとか、愛してたとかなんてどうでもいいよね?結果的に、キミやボクの元となる赤ん坊が誕生した。そして、母体となるあの女は、どのタイミングかわからないけど、遺伝子操作をされて、歳を重ねることがなくなってしまった」

「そうね…」

「女って、基本的に自分より年上で、自分の知らないことを知ってたり、自分の出来ないことが出来る男に憧れを感じて、それがやがて…みたいなのが多いよね。まあ、あの男はそれを巧く利用したわけだけど」

「うん…」

「さて、次だ」

2人はいつの間にか消えていた
場所は病院の手術室のようなところに切り替わっていた

▼91

そこは、全てのものが黒と白だけで構成された場所だった
面が黒、線が白だった

見覚えのある場所だった
洋館の中にある図書室、そんな場所だった

書庫は異様に高かった
小柄なカナミの、10倍ほどの高さだった

ここは、あの人体実験が行われていた場所?

「ここは、2つのセカイが1つになったことで生まれた闇さ。コインの表裏と同じ。どっちかを切り離すことは出来ないってわけ」

ミナの声だった
しかし、姿は見えなかった

「ボクは表のセカイでは既に死んでる。ただ、それはあくまでも肉体がってこと。さて、キミには見てもらわなきゃいけないことがある。そのまま真っ直ぐ歩いておいでよ。まあ、書庫があるから、いやでも真っ直ぐ歩かざるを得ないけどね」

それは、断片化した記憶を補完するものとなるだろう

2016/10/21

▼90

まさか、これが今まで見ていたミナだということなのだろうか?

「科学に不可能はない。もちろんこの私にもな。キミが今まで見ていたのは、私がこうやって作り出したコピーなのだ。ミナは、人体実験のときに死んでしまったのだよ。まあ、私の研究に喜んで協力してくれた、あの美しい女が産んだ赤ん坊を、人為的に双子化するのは成功したがね」

「…」

「まあ、さっき『キミたち』と言ったのは、科学的にはあり得ないが、もしかしたらキミの心の中で、ミナが生きているかもしれない。そう思ったからなのだよ」

「…そうね。きっと、そうだと思う…」

根拠はなかったが、確信はあった
あの精神世界は、紛れもなくカナミ自身のものだったからだ

「それはそうと、なんであなたはミナのコピーを使ってわたしをここまで連れてきたの?」

「ならば聞くが、私が自らのコピーを作り出して、キミの元に現れたとしたら、どうしていたかな?おそらくここまで来ることはなかったのではないかと思うが、どうだろう?」

「…それは、そうね」

「それでは意味がないのだよ。私の研究を完成させるには、セカイを1つにする必要があるのだ。それにはキミの力が必要だったのだよ」

「ということは、ここは1つになったセカイなの?」

「いかにも」

あの深い闇に飲み込まれたときに、何かが起こったのは間違いない
しかし、カナミはそのときのことを全く覚えていなかった

「さて、そろそろいいかな?私は忙しいのだ。そして、キミの用は済んだのだ」

カナミの足元にブラックホールのようなものが現れた

どこに通じているのだろうか?
異次元への入口なのだろうか?

考える間もなく、吸い込まれていった

2016/10/20

▼89

降りた先は、展望台のような場所だった
ロビーよりも遥かに広かった
ミナと初対面したあの場所と酷似していた

外の様子が見えた
エレベーター内で見えたそれと全く同じだった

「ねえ、ミナ。セカイはもう1つになったの?」

そこはメカニカルで無機質な空間だった
人影らしきものは見当たらなかったが、カナミは感じていた
得体の知れないものの気配を…

「まさか、科学の力でどうにも出来ないことがあるとは…。まあ、いい。これぞ備えあれば憂いなし、というものだ」

その声はどこからともなく聞こえてきた
発信元は特定出来なかった

「おっと、私が誰かということは聞かないでくれたまえ。キミの、いやキミたちの1番身近な他人なのだからな」

声の主は、ほぼ間違いなくあの白衣の男だろう

「…どこにいるの?」

「私はここにいるよ」

「ここって??」

「正確に言おう。ここには建物のシステムを管理しているコンピューターがある。マザーコンピュータとでも言えばいいかな。どこにあるかは、あとでじっくり探してくれたまえ。私は、そのコンピューターに頭脳のコピーをデータとしてインプットしておいた。もちろん、データはここだけではない。セカイのありとあらゆるところにインプットしておいたのだ。重要なものは分散させておく、というのは常識だからな」

ここに来たのは、あの男に呼ばれていたからだろうか?

「さて、そろそろキミたちに来てもらった理由を教えてあげよう。これを見るがいい」

人影が形作られていく…
それは、ミナだった

▼88

エレベーターは直通タイプのものだった
降りる階を選ぶことは、出来ないようだった

エレベーターはガラス張りだったため、外の様子は見ることが出来た
しかし、ダークグレー一色だった

あの雨雲の中を進んでいるのだろうか?
色は、もう1つのセカイで見た、カナミの精神世界と酷似していた



到着音が響く
ドアがゆっくりと開いていった

▼87

ミナは、盆地を上りきった辺りで立ち止まっていた

「後ろを見てみなよ」

カナミはちょうど追い付いたところだった
地面がかすかに揺れているようだった

ミナは振り返る気配がない

「時は満ちた…」

カナミは振り返る
盆地だったその場所は、深い闇に覆われていた
既に、闇は目と鼻の先まで来ていた

!?

カナミの視界は、黒以外のものが何も見えない状態になった
闇に飲み込まれたようだ

▼86

エレベーターには何も乗っていなかった
カナミを促すように、しばし開いたままだった

おそらく上に向かうのだろう

この建物は何階まであるのだろうか?
行き先は展望台のようになっているのだろうか?
それとも、研究施設だろうか?
または、異形の生物が封印された倉庫だろうか?

黒い雨は止む気配が全くなかった
外から概観を確認するのは、自殺行為も同然だった

エレベーターは開いたままだった
行使出来る選択肢は、数が少ないのは言うまでもないだろう

2016/10/19

▼85

闇は徐々に消えていった
程なくしてカナミが現れた
今回は、精神的にも肉体的にも、全く消耗していなかった

化物はうつ伏せに倒れていた
八首はいずれも微動だにしなかった
もう2度と動き出すことはないだろう

「これが、わたしの力…」

明らかに、ベヒーモスやディアボロスにメタモルフォーゼしたときとは違った感覚があった

「そうみたいだね」

消えていたミナが現れる

「わたしに力を貸してくれたの?」

「いや。ボクに出来ることは、キミのメタモルフォーゼを手伝うことぐらいさ。今のは、完全にキミ自身の眠れる獅子が目覚めた。そんな感じだと思う」

「…」

「覚えてるだろ?ついさっき起こったことを」

カナミは頷いた

「ゾクゾクしたよ…。キミの力、思ってた以上に強力だったし…」

ミナの感情は、頗る昂っているようだった

「あの化物は、わたしの力を試すための実験台だったの?」

「さぁね。前も言ったと思うけど、ここは遺伝子操作された異形の獣で溢れてるのさ」

ミナは立ち止まった
ちょうどカナミとすれ違う形になった

「もうすぐセカイは1つになる…。後戻りは、できない…」

ミナは含み笑いをしつつ、カナミとの距離を離していった

「…」

後戻りできない…
これはカナミも同じだった

▼84

見えるものは、黒という色のみ…
光は初めから存在していなかった

そんな空間だった

八首たちは様子を窺うしか出来なかった
下手に動くと、自らの首を喰いちぎる恐れがあったのだ

どこからともなく白い人影が現れた
身につけている衣類は、カナミのそれだったが、目から上が包帯のようなもので覆われているため、正体不明状態だった

「フフフ…。怯えてるの?」

声は山彦のように反響した
発していたのはその人影だったが、カナミでもミナでもない声だった

八首は、威嚇するような低い唸り声を発していた

「大丈夫…。すぐには殺さないであげるから…」

捕らえられる距離だと判断したのだろう
八首は一斉に襲い掛かった

喰いついた箇所から闇が噴出した
闇はそのまま八首を拘束した

「あ~あ…。これだからケダモノってヤツは…」

骨を砕かれていく音が響き渡った

▼83

力は目覚めた
カナミに喰いつこうとした八首は、一歩手前で見えない何かに弾かれた

どうやら結界が張られていたようだ
足元から漆黒の闇が発生し、カナミを包み込む

化物は異変に気付き、一旦様子を見ることにした
迂闊に手を出した場合、足元の死骸と同じ運命が自分の身に降りかかる…
本能から出たサインだった

闇は、カナミを完全に覆い隠した
深淵なる闇…
どこからともなく聞こえてくる呻き声…
到底この世のものとは思えなかった

これから何が始まるのだろうか?

八首たちは、隙があれば襲い掛かることが出来るように身構えていた
胴体も脚にバネを溜め込むような動きを見せていた

突如、カナミを覆っていた闇が、噴水のように化物目掛けて吹き出した
闇は瞬く間に、その巨体を覆い尽くした

2016/10/18

▼82

そこには、ヤマタノオロチと酷似した八首の化物がいた
胴体はドラゴンのようだったが、八又に分かれた首は、いずれも毒蛇と思われるような出で立ちだった

湖だった場所は、焼け野原のようになっていた
最初から湖など存在していなかったかのように…

化物の足元には、はらわたを食い破られた胴体がいくつも転がっていた
胴体には首はなかった
流れ出た血が大地を赤く染めていた

毒蛇はいずれも口から血を流していた
ついさっきまでお食事中だったのだろう

化物は、いつしかのライオンのように、カナミの様子を窺うことはなかった
いきなり、八首が一斉に襲い掛かってきたのだ

その速度は、人間には反応できないほどのものだったが、カナミにはスローモーションのように感じられた

2016/10/17

▼81

そのドアはあっさりと開いた
自動ドアのように

そこは、カナミの内なる力によって、焼き払われた森だった
空は薄暗く、雨が降っていた
黒い雨だった

あの雨だろうか?
明らかに、水以外の化学物質の臭いが辺りに漂っていた
地表に落ちても、何かが蒸発する音や煙が発生することはなかったが…

エレベーターが動いていた
下に向かっているようだった



エレベーターの到着音がロビーに響き渡る
向き直るカナミ
ゆっくりとドアが開く

▼80

カナミは、地下シェルターから出てみることにした
確かめたかったのだ

残留思念が徘徊しているのか
有害物質の雨は降っているのか
そもそも建物自体がどのようになっているのか

そこは、ロビーと思われるフロアだった
しかし、カナミが10年間潜んでいた建物のそれとは、似て非なるものだった

どちらかと言えば、もう1つのセカイにあった研究施設に近かった
ガラス張りのドアもなければ、窓もなかった
広さも100分の1程度だった

照明は、LEDと思われる無機質で白いものだった
配置は最低限だったため、薄暗かった

残留思念が徘徊していることはなかった
それどころか生物の気配すらしない



出入口と思われるドアが見えた
おそらくカードキーやボタン等で開閉可能なタイプだろう
それ以外のドアは、地下シェルターに通じる非常ドアとエレベーターのみだった

2016/10/15

▼79

ぼやけた視界
そこが、これまでいた灰色の空間でないことは、なんとなくわかっていた

空気の流れがあった
灼熱の太陽光が降り注いでいた
土の匂いを感じた

視界は次第に明瞭としてきた
佇んでいる人影が、ミナだと気付くほどに

「お目覚めのようだね」

「…ここは?」

「キミの目で確かめることをオススメするよ」

どうやらうつ伏せになっていたようだ
ゆっくりと体を起こしていく

くり貫かれたような地形が目に付く
あの空間へ誘ってきた湖畔と同じ場所だろうか?
それとも、その対岸だろうか?

「後ろがどうなってるか見てみたら?安心しなよ。ボクは背後から襲ったりしないから」

「そうね…」

思いのほか体力の回復が早かった
カナミは立ち上がり、そのまま向き直った

!!

そのような光景を誰が想像できただろうか?
ついさっきまでは、確かにさざ波1つない青い湖だった

ミナはいつの間にか姿を消していた

▼78

湖畔にカナミが倒れていた
湖面は「深遠な青」のままだった

う…

カナミは意識を取り戻し始める
頭は鈍痛に苛まれ、体は錆付いたかのように動かなかった
唯一の救いは、一糸纏わぬ姿になっていない、ということだった

ミナはその様子をひたすら凝視していた
瞬き1つしない目だった

▼77

カナミは目を覚ました

そこは懐かしい場所だった
10年の歳月を過ごした地下シェルターだったのだ

…裸じゃない!良かったぁ~
それはそうと、ここにいるってことは、戻ってきたってこと?
にしても、なんで体育座りみたいな形で寝てたんだろ…

見たところ、もう1つのセカイに飛ばされる前と変化はなかった

人気はない
自家発電機能は生きているようだった
水道の機能も生きているようだった

2016/10/12

▼76

「まさか…。どうやって?」

ミナの言っていたことは、すぐには信じられなかった
記憶では、自分の中に埋め込まれた異形が殺めたはず
だが、ミナがウソを言っているとは思えなかった

「アイツめ…。ボクの記憶を操作しやがったな…。そうとしか思えない」

「…」

「ボクだけじゃない。キミもやられてる…」

それは一部分だけだろうか?
それとも、今までの記憶全てだろうか?

「あの野郎…。…ボクにはわかるんだ。いや、感じるんだ…。アイツが何らかの形で生存してるのが…」

「…まさか、残留思念として?」

「そうかもね。さて、準備は整った。あとはキミに来てもらうだけさ」

ミナは掻き消すように消えた
カナミの視界は、全てがモザイク状になっていった
耳鳴りが激しく鳴り響く

静謐な空間
音という概念が、最初から存在していなかったような場所

倒れたカナミが浮き上がってくることはなかった
目の前は、真っ白なままだった

▼75

アナイアレイション…
カンゼンナルハカイ…

ミナの放った言葉がひたすら反響し続けた

「フフフ…。そうさ、ボクは何もかもぶっ壊したいんだよ。何もかも…」

ミナは見るもの全てを凍てつかせるような、不気味な笑みを浮かべていた
カナミは、自分が衣類を身につけていないことに気付き、慌てて見られたくない場所を隠した
なんとなく身の危険を感じたからだ

「ハハハ、大丈夫だよ。ボクはこんな場所でキミと1つになりたくないから」

「……何もかもって言うけど、もう1つのセカイは既に壊れてる…」

「うん、そうだね」

「だったら、なんでセカイを1つにしようとするの?あとはこのセカイだけ破壊すればいいんじゃない?」

ミナはひたすら含み笑いをしていた
『何もわかってないんだね』と言っているようだった

「言ったろ?完全なる破壊って。それには分けられているセカイを1つにする必要があるのさ。どうしてもね…。それに…」

ミナの周囲が冷え込んでいくのを感じた
目には黒い憎悪の炎が燃え上がっていた

「どういうわけか、アイツは生きてやがるみたいなんだ…」

▼74

カナミは、すぐには二の句が告げなかった

「もっと言うと、ボクはキミの裏の顔ってわけ」

「…人為的に分けられた双子じゃなかったの?」

「アイツはそうしたかっただろうね。なんせ、遺伝子組み換えとか細胞分裂とかの専門家様だからね」

ミナの口元は笑っていたが、目は、言葉にするのもおぞましい、と言っているようだった

「思い出してもごらんよ。あの研究施設にはガラス容器が2つあったよね?人間1人がすっぽりと入るくらいの」

「ああ、そういえば…」

「アイツは、産まれてきた赤ん坊の精神を分離させること、体に得体の知れない何かを埋め込むこと、には成功したけどね」

「…」

「どうやら、ボクとキミはお互いのことが肉眼でも見えるみたいだね。なぜ見えてるのかまではわからないけど。少なくとも傍目には、キミとボクが入れ替わってるように見えてるみたい」

「ミナ…」

「ん?」

「ミナの、本当の目的は何?」

「ボクの、本当の目的、かぁ…」

「わたしと1つになりたいとか、セカイを1つにする、ってだけじゃないよね?わたしにはわかる。ミナには、それ以外にも目的があるっていうのが」

…しばしの間、静寂がその場を支配した
静寂を破ったのは、言うまでもなくミナだった
含み笑いとともに…

「そうだね。じゃあ、そろそろ話しておこうか。ボクの本当の目的、それは…」

ミナの口から聞き慣れない単語が発せられたが、よく聞き取れなかった

「ゆっくり言おうか。アナイアレイション(annihilation)。『完全なる破壊』、さ」

▼73

「ここでは、色のあるものは全てダークグレーなんだね…」

「…だから、何?」

「キミの体は、そのオンナの返り血を浴びているはずなのに、ダークグレーになっているから」

亡骸となった女性の体は、ゆっくりと確実に増えていた水に飲み込まれていた

「…で?」

「死んじゃったね」

「あなたが殺したんでしょ!!」

ミナの口元には薄ら笑いが浮かんでいた
フードで目元が見えないのは相変わらずだった

「まだ気付かないみたいだね」

ミナは被っていたフードを取る

「ボクはキミでもあるし、キミはボクでもある」

ミナは、表情に闇や憎悪が色濃く出ている以外は、カナミと全く同じ顔だった

2016/10/09

▼72

あ…
ああ…

その知的で美しい顔からみるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった




「ダメ!!」

カナミは蠢く右腕を押さえ、飛び退いた

「カナミ?」

「わたしに近付かないで!!うっ!!」

カナミの右腕は、もはや人間のものではなかった
異様に尖った爪
前腕部は鱗に覆われていた

右腕は蛇のように蠢いていた
カナミはそれを必死に押さえていた

「…ミナね」


「え?!」

「わたしは逃げも隠れもしないわよ」

女性は、真っ直ぐカナミに視線を向けていた

「ミナが、いるの?!」

向けられた毅然とした視線は、外れることはなかった

「フフフ…。よくわかったね。勘てヤツ?」

外見はカナミのままだったが、顔付きは全くの別人に切り替わっていた
厭世的な雰囲気は一変し、内側に闇や憎悪を抱える禍々しさが感じられた

「わたしはあなたたちの…」

「それ、もう聞き飽きたよ。ったくどんだけ美化すりゃ気が済むわけ?わたしはあの人を愛していたとかさ、あなたたちは決して人体実験のために生まれたわけじゃないとかさ…。で、その結果がこのザマだよ!」

「…」

「確かに主犯はあの男かもしれないけど、アンタも十分共犯だよね。なんせ、あの子に事実を捻じ曲げて伝えたんだから。さも双子として生まれてきたみたいな言い方しやがって…」

「…」

「ボクたちは所詮、アイツのおぞましくて汚ねぇ私利私欲の産物なんだろ?どうなんだ?」

「違う!!わたしは人体実験なんかのために、あなたたちを産んだんじゃない!!」

「…じゃあ、何のため?」

「わかってほしいとは言わない…。わたしは、あの人を尊敬してたし、憧れていた。そして、気付いたら好きになってた…。すごく愛おしかったし、あの人の子供が欲しいって思ってた」

「ふ~ん…」

「それがこんなことになるなんて…」

「…」

「遺伝子操作をされたのはあなたたちだけじゃないの…。わたしの体は、あなたたちを産んだそのときから時を刻むことがなくなってしまった…。あの人は『人間が若々しく美しいのは一瞬だけだ。美しいものが老いて醜くなることは耐え難い』って言ってた

「ハハ…。ホント狂ってるね、アイツ…。人間じゃねぇや。でもそれに気付けなかった、もしくは、気付いてても見て見ぬフリをした…」

ミナの右手が女性の体を貫通した

「それも同罪だよ」





え!?

カナミの右腕は女性の体を完全に貫通していた
ちょうど心臓の辺りだった

その知的で美しい顔から、みるみる生気がなくなっていく
目は大きく見開かれていたが、やがて眼球は微動だにしなくなった

「あ…、ああ…」

右腕を引き抜いたが、既に手遅れだった
女性の体が力なく前のめりになる

「あ…、あ…、ヴぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」

女性を抱きかかえたカナミの全身がダークグレーに染まっていく

▼71

……せ



ころせ…

誰!?

殺すんだ

うっ!?

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

早く!!

!?

右腕が意思とは無関係な動きをしようとしていた
何者かに操られているかのようだった

▼70

カナミは、収まることなく吹き出す感情に、ひたすら身を任せていた

物心ついたときから、自分には感情が備わっていない
もしくは、備わっていたのかもしれないが、生きてきた環境が要因で、枯渇してしまった

そう思っていた

柔らかかった…
温かかった…
心地良かった…

この感情も、いずれは終わりが来るのだろうか…

▼69

紅い液体に染まった手…
その液体はポタポタと滴り落ちていた
止まることなく、一定のペースで…

その手は爪が異常に尖っており、質感も硬い鱗に覆われているようだった
人間のものというよりは、モンスターに等しかった

白衣を着た男が倒れていた
完全に事切れているようだった

女性は立ち竦んでいた
涼しげな瞳の中に、怯えの色が見えた

虚ろな眼差しのカナミ
顔色は、次第に生気が失われていき、土気色になっていった

▼68

緑の液体が満たされたガラス容器の中…
容器の下からは、気泡が送り込まれていた
鑑賞魚の水槽のように…

ガラス容器を覗き込む女性

「…カナミ。……がい。……なないで」


女性の声は、気泡が送り込まれる音にかき消された

白衣を着た男がやってきた
背丈は、女性よりも10センチほど高かった

男は女性の背後で何かを語りかけつつ、腰辺りに手を回していた
女性の表情に、そこはかとなく悲しみが漂う

2016/10/04

▼67

「…大きくなったよね」

「…いつの頃と比べて?」

「あなたがまだ、赤ちゃんだったときと比べて…」

「…よく覚えてない」

「確かにね…」

目眩は治まっていた
しかし、カナミは顔を上げる気にならなかった
女性と顔を合わせる勇気がなかったのだ
彼女の口から語られるだろう、その内容を聞き入れる勇気が…

「わたしが話さなくても、いずれは知ることになると思う…。でも、出来ればわたしの口から、あなたに伝えたい…」

水の高さは、間もなく膝を覆うほどになろうとしていた
ゆっくりとだが、確実に生身の体を覆っていく
透明度のない、ダークグレーの水だった

「…」

カナミは顔を上げた
シャープで整った顔立ちが目に留まった

女性は柔和な笑みを浮かべた
カナミも釣られて口元だけ笑ったような形になった
深い何かに包み込まれるような感覚があったからだ

それは、今まで感じたことのないものだった
柔らかく、何よりも温かった

カナミは水滴が頬を伝っていくのを感じた
それは一粒、また一粒と増えていった
いつしか女性の顔や回りの景色も滲んでいった

水滴は止めどなく流れていた
ダークグレーの水面に波紋がいくつも出来ていった

「カナミ…。あなたはわたしの子よ。ミナは…。あなたの双子なの」


柔らかい体に包み込まれるのを感じた
込み上げて来る感情を抑えるのは不可能だった

2016/10/03

▼66

「やっと会えたね」

カナミのぼやけた視界には、女性と思われる人間の顔が写っていた
水は頭頂部まで来ていた
辛うじて顔だけが出ている状態だった

「あなたは…」

「そう。わたしが今まであなたの意識に直接語りかけてたの」

カナミは焦点が徐々に合ってくるのを感じた
逆さまだったが、今度は女性の顔がハッキリと見えた

27~28歳ぐらいだろう
メガネが似合いそうな、小顔の知的美人だった

「だいぶ目付きもしっかりしてきたね。起きられそう?」

「…やってみる」

体が重かった
精神的な疲れは肉体にも影響する

……

なんとか体育座りをすることが出来た
急に体を動かしたせいだろうか?
立ち眩みに似た症状が襲う

「う…」

カナミは体育座りの体勢のまま蹲った
水は、衣類に覆われていない下半身が隠れるほどの高さまで来ていた

「大丈夫?やっぱりまだムリそう?」

「…頭が、クラクラする」

カナミは顔を上げることが出来なかった
声の聞こえてきた方向から、女性は、カナミの前にしゃがんで話しかけてきているようだった

「そうだよね。もう少ししたら良くなってくるはずだから」

カナミはこの女性に見覚えがなかった
しかし、なぜか他人のような気がしなかった
まるで、以前から知っているかのような、何かがあった

2016/10/02

▼65

どれくらい時間が経ったのだろうか?
何時間も意識を失ったままだったのだろうか?
それとも、ほんの数分だったのだろうか?

カナミは意識を取り戻していた
水溜りのような場所に、仰向けに寝転がっているようだった

目に付くのはダークグレー一色の無機質な空間
明らかに先ほどの神殿とは異なる場所だった

カナミは体を起こす気になれなかった
ただひたすらこの無機質な空間を眺めていた
目の焦点は合っておらず、放心状態に等しかった

静かだった
物音1つしなかった
そして、空気の流れもなかった

カナミは体に接する水の量が少しずつ増えていくのを感じた
この水はどこまで増えていくのだろうか?
体を覆い隠すほどの量になるのだろうか?

今は全く考える気力が湧かなかった

▼64

そこは、カナミが生きてきた約20年の歳月で、見たことも聞いたこともない場所だった
1度たりとも…

目に付くものは、どこかの神殿と思われるようなものばかりだった
色は全てダークグレーだった
無機質で妙に透明感のある色だった

カナミは体を起こした
そこで初めて気が付いた
自分が衣類を一切身に着けていないということに…

ちょ…!?
なんで??
いつから!?
誰が!?
何のために??

「忘れたのか?ここはそなたの内面や意識が具現化した場所だということに」

カナミの背後からベヒーモスの声が聞こえてきた
振り返る気にはなれなかった

「…我がやったわけではない。ってことでしょ?」

「フッ。我は人間ではない。従って人間の女には興味などない」

「…」

沈黙がその場を支配した
あのベヒーモスのことだ
カナミの前に回り込んでくることはないだろう
根拠はなかったが、確信はあった

カナミは振り返ってみた
手で隠すところは隠して…

??

ベヒーモスの姿は影も形もなかった

カナミは辺りを見回してみた
結果は同じだった

…もしかして

カナミは目を閉じ、ベヒーモスの姿をイメージした
一目で強烈な印象を与える風貌だったため、頭の中で思い描くのは容易かった
そして、その出来上がったベヒーモスに自らの意識を同化させていった

「フッ。合格だ。さあ、目を開けるがよい」

カナミはゆっくりと目を開いていく
目の前に大きな鏡が出現していた
そこに映っていたのはベヒーモスの姿そのものだった

「我の力が必要なときはいつでも呼ぶがよい」

鏡に映っていたベヒーモスが消えた
カナミは自身の体が人間に戻っていくのを感じた

急激に精神力を使ったせいだろうか?
目の前が歪んでいくのを感じた
そして、意識を失った

▼63

カナミはいつの間にか気を失っていたことに気がついた
引き込まれる勢いがあまりにも凄まじかったためだろう
高所から落ちたときもこのような感覚なのだろうか?

わたし、気を失ってた?
ここは…どこ?

カナミは背中が地に付いているのを感じた
そして、息を止めていなくても問題なく呼吸が出来る状態であることも

わたしは確かに水中に引き込まれたはず…
ここは水中じゃないってこと?

カナミは目を閉じていた
目の前は青ではなく黒だった

目を開けたら今度はどのような光景が広がっているのだろうか?
カナミはまだその心の準備が出来ていなかった

「ほぉ…。さすがだな…」


聞き覚えのある声だった

「…これはあなたの仕業なの?」

「フッ。我以外にこのようなことが出来る者がいるとでも?」

「相変わらずもったいぶるの好きね。で、ここはどこなの?まさか湖の底だったりとか?」

「それはそなた自身の目で確かめるがよい。我が語るより説得力があろう?」

「…」

カナミは少しずつ目を開け始めた

▼62

不測の事態だったが、カナミは水中に引き込まれた際、息を止めるのを忘れなかった
思わず目も閉じてしまったが…

水が体内に入り、肺にまで入ってしまった場合、タダでは済まない
引き込まれてしまったものはやむを得ないのだ
勢いからいって、無闇に抵抗したところでどうにもならない

仮にカナミの足に巻き付いているものを振り解いて水面に戻ったとしても、根本的な解決にならないのだ
かと言ってこのまま引き込まれ続けた方がいいというわけではないが…

カナミを引っ張り続ける勢いは衰える気配がなかった
この湖はどれだけ深いのだろうか?
目を開けるのはこの勢いが弱まってからの方がよさそうだ

▼61

この湖はどれだけ大きいのだろうか?
カナミはやっとの思いで水面に辿り着いたが、目に映るのは水と空、そして地平線だった

これじゃ、どこに向かえばいいかわからない…

太陽の高さを見る限り、今は正午ぐらいだろう
下手に動かない方がよさそうだが、日が落ちると見通しが悪くなるのは確実なため、出来れば少しでも地に足が着く場所に移動したかった

!?

カナミは足に触手のようなものが巻き付いたのを感じた
それと同時に凄まじい勢いで水中に引き込まれてしまった

▼60

まだなの?
一体どれだけ深いの?

光が降り注いでいるのは確認できていたが、カナミがいた場所は思った以上に深かったようだ
周りが青一色だったためか水面との距離がいまいち取れなかったのだ

く…
息止めてられるのも、限度があるって!

光の加減から、ようやく水面に近付いてきたようだった
しかし、カナミは気付いていなかった
底の方から近付いて来ている大きな得体の知れない影に…

2016/09/28

▼59

突如目の前が黒くなった
カナミは目を開いてみた
今度は青一色だった

再び目を閉じてみる
黒一色になった

目を開いてみる
青一色になった

変化はもう1つあった
体が沈み込んでいく感覚がなくなり、地に足が着いた

カナミは足元を見てみる
青一色だった

見た目はさっきと変わらないけど、なんか違う気がする…

目を閉じてみた
再び黒一色になる

今回は先ほどと変化があった
目の前にべヒーモスがいたのだ
出で立ちはファイナルファンタジーシリーズ等に出てくるそれをイメージしてもらうとわかりやすいだろう

!?

思わず目を見開いた
視界は青一色となり、べヒーモスは影も形もなくなった

…今のは、何??

目を閉じたら再びいるのだろうか?
目を閉じてみるカナミ
視界は真っ黒になるだけだった
べヒーモスは見当たらなかった

「何をしているのだ?」

あのべヒーモスだろうか?
カナミは言葉が出なかった
何を言っていいのかわからなかったのだ

「さあ、目を開けるのだ。そうでないと我を見ることは出来ぬぞ」

「…確かに言えてるわね」

目を開けるカナミ
目の前には華奢で小柄なカナミの体が最低でも100個は入りそうな紫色の体躯をしたべヒーモスがいた
周りの景色が真っ青なのは変わらなかったが

「ほう。我を見ても顔色1つ変えないとはな」

「そうね。ここまで来る間に色んな目に遭わされすぎたから…」

「フッ。実に面白い」

「それはそれとして、さっきから気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」

べヒーモスは黙っていた
カナミの発言を待っているようだった

「ここはどこなの?もしかしてわたしがさっき見た湖の中なの?」

「なぜそのように思ったのだ?」

「それは、わたしたちの周りがあの湖と同じ色だから」

「なるほど…。では聞くが、何色に見えるのだ?」

「青…。上も下も右も左も、全部同じ色」

「そうか…。あの湖は近付いてきた生き物の内側を投影すると言われている。そなたが見ているのは、まさにそなた自身の内面だ」

「わたしの、内面…」

「青には誠実、信頼、落ち着き、平和といった肯定的なイメージ以外では、失望、悲しみ、不安、憂鬱、寂しさといった負のイメージもある。そなたの青はどちらだ?」

「わたしの青、失望・悲しみ・不安・憂鬱・寂しさ、全部当てはまる…。肯定的なイメージは、ない…」

「そうか…」

「ということは、あなたもわたしの内面が具現化した結果現れたの?」

「我はずっとそなたの中にいた。正確にはそなたの細胞に埋め込まれていたのだ」

「…」

「今まではこうやって相見える機会がなかっただけなのだ。その必要もなかったのだがな」

「…」

べヒーモスは黙っていた
「今度はそなたの番だ」と言わんばかりに

「…今までは、わたしが瀕死状態になったときに出て来てくれたと思うけど、これからはそうでないときでも力を貸してくれるの?」

「…」

「ねえ、どうなの?」

「…その話は、そなたがここから生きて出ることが出来てから話すことにしよう。無事を祈る」

ベヒーモスは消え去った

「うっ!?」

口内に水が流れ込んできた
どうやら水中にいるようだったが、頭上を見ると、日光もしくは月光と思われる光が降り注いでいるのが見えた
ひとまずそこに向かえば地上に出ることは出来るだろう

▼58

どこもかしこも青…
上も下も右も左も…

というかそれさえも区別がつかない…
濃淡、色調全て同じ…

進んでいるのかそうでないのか…
浮き上がっているのか沈んでいるのか…

よくわからない…

そもそもここは何なの?
さっきまでは確かに空と湖と地面は分かれてた
それが気付いたら全部湖みたいになってる…

カナミは泳ぐのを止めることにした
抜いていた体の力も入れてみることにした
体が足から沈みこんでいく感覚があった

カナミは目を閉じてみた
なぜか通常は黒くなるところが青いままだった

…意味わかんない

体はそのまま足から沈みこんでいく
体から力を抜いてみたが、浮き上がることはなかった

2016/09/27

▼57

湖面は恐ろしく青かった
「深遠な青」という表現が相応しかった
青以外の色が入る余地はなかった

対岸は地平線のようだった
まるで海の地平線を見ているかのようだった

湖面にはさざ波1つ立っていなかった
深夜または廃墟内で感じるのとは違った静謐さがあった

カナミはこの青と同化したかのような錯覚を感じた
湖面に全く動きはなかった
しかし、辺りはいつの間にか青一色となっていた
「深遠な青」に飲み込まれたようだった

湖に落ちた?
だとしたら全然息苦しくないのはなぜ?

カナミは足元を見た
青以外の色は見えなかった

試しに体から力を抜いてみた
体が浮き上がるような感覚があった
やはりここは湖の中なのだろうか?

水泳のクロールのように手足を動かしてみた
水の中を泳いでいるような感覚があったが、青一色のためどの程度進んでいるかは全くわからなかった

▼56

太陽の出現とともに気温も上昇してきた
目を覚ますカナミ

いつの間にか眠っていたようだった
いつ眠りに落ちたかは覚えていなかった

霧は晴れていた
まるで霧など最初から発生していなかったかのようだった

目の前には湖が広がっていた
かなり大きかった
近くで見ると対岸は間違いなく見えないだろう

湖面は青かった
どちらかと言えば「紺碧」に近かった
おそらく透明度が高く、急激に深くなる場所があるため、青以外の光の反射が少ないのだろう

カナミは「もっと近くで見たい」という衝動を抑えることなく、湖畔へ向かった

▼55

霧の発生元はくり貫かれたような地形になっていた
俗に言う「盆地」だろう

霧は濃く、足を踏み入れると全てが真っ白に見えるのは想像に難くなかった
下手に先に進まない方がいいだろう

月や星の明かりがあるとはいえ今は夜なのだ
それに何が潜んでいるかわからない
木が突然体を貫こうとしてくるぐらいだから油断大敵だ

でも涼しい…

カナミにとっては束の間の休息だった
日中との気温差・霧に含まれる水蒸気が思いのほか心地良かった

▼54

辺りは月明かりと無数の星によって夜とは思えないほど明るかった
今までが暗すぎただけかもしれないが…

カナミは辺りを見回してみた
見渡す限り似た地形ばかりなのは言うまでもないが、日中と大きく異なる点があった
それほど遠くない場所に霧が発生している場所を見つけたのだ

池か湖でもあるのかな?

その憶測はあながち間違いではないだろう
霧は気温の高い日中に水が蒸発し、日没とともに急激に気温が低下することで、空気中を漂っていた水蒸気が小さな水粒となって空中に浮かんだ状態なのだ

カナミは霧の発生元に向かってみることにした
何らかの水源があれば、かねてから望んでいた「涼む」が満たされるのは確実だ

▼53

太陽が沈む
太陽と月が入れ替わる時が来た

気温が急激に下がり始めた
この調子なら地表が冷えるのも早いだろう
溜まっていた熱の放出も早いに違いない

だいぶ涼しくなってきたわね
25℃ぐらいかな?

辺りは暗くなってきた
木々がなくなったため、漆黒の闇とはならなかった

カナミは空を見上げてみた
無数の星が見えた
星の並びから何らかの星座かと思われたが、残念ながらよくわからなかった

…星ってこんなにもハッキリ見えるものだったのね

地下で暮らす前にも星空を見たことはあったが、地球は大気汚染がかなり進行していたため、今回のように見えることはなかった

▼52

日差しは強かった
カナミは優しさの欠片もない日差しだと思った
少し動くと頭がクラクラしそうだった
肌にも刺すような痛みがあった

太陽は中心部で水素の核融合を起こし、ガンマ線を発生する
ガンマ線は高温のため、固定されずに飛び交っている電子や陽子により直進を阻害される
直進を阻害されたガンマ線は、近くのガスに吸収されてエックス線として放出される
エックス線は、ガスへの吸収と放出を繰り返し、直進できるほどの外側部に到達したころには可視光線や赤外線、紫外線となる
これらが太陽光として放射されているのだ

地球に到達するまでに紫外線は成層圏のオゾン層で90%以上がカットされる
可視光線、赤外線も、大気圏中での反射・散乱・吸収などによって平均4割強が減衰し、地上に到達する

おそらくこの太陽光は、これらの物質が地球のそれよりも多いに違いない
いたずらに動き回るのは体力の消耗を早めるだけだ
夜になってから動く方が賢明かもしれない

▼51

太陽が昇る
月ほどではないが、地球にいるときに見えたものより若干大きく見えた

暑い…

今までは高さのある木々に覆われているおかげで気温が一定に保たれていたのだろう
カナミは全身にじっとりと汗をかき始めていた
現時点の気温は少なく見積もっても35℃はあるに違いない

カナミは汗をかきにくい体質だったが、気温が30℃を超えるとじわじわと汗が滲み出て来るのは自覚していた

…早く涼める場所を探さなきゃ

見渡す限り焼け野原になってしまったこの場所では難しいのは言うまでもない

2016/09/26

▼50

少しずつ目を開け始めるカナミ
視界には森というよりは焼け野原に等しい場所が広がっていた

!?
一体何があったの?

カナミは意識を失っていたため、夜の間に何が起こっていたのか知る由もない

「何があったか教えてあげようか?」

「ホント、どこにでも現れるのね」

建物の影から現れるミナ

「減らず口が叩けるってことはそれだけ体力が回復してるってことだね。いいことだ」

「で、一体何があったわけ?」

「その前に1ついいかな?キミは夜の間ずっと意識を失ってたの?」

「んな当たり前のこと聞かないでよ。でなきゃ何があったかなんて聞かないって」

ミナは含み笑いをしていた
まるでカナミの反応を楽しんでいるかのようだった

「いいねぇ、こうでなくっちゃ。早くキミと1つになりたい…」

ミナの目に全てを凍てつかせるような冷たさが浮かんでいた
カナミは身の危険を感じたが、どうすることも出来なかった
意識が戻ったとはいえ、まだ体はまともに動く状態ではなかったのだ

「まあ、それはまだ先の話。それはそうと話を戻すけど、この森をこんなにしたのはキミだよ。キミが内なる力を目覚めさせてディアボロスに変身し、木を根こそぎなぎ倒し、熱線で何もかも焼き尽くしたのさ」

「わたしが?」

「おそらく意識を失っているときだろうね。現時点では瀕死もしくはそれに近い状態になるとキミの力は目覚めるみたい。ちなみにボクが意図的に目覚めさせたときはディアボロスではなく、ビーストに変身したよ」

「…」

「さて、この辺にしとこうか。ボクにはやるべきことがある。でも困ったことにそれはキミの力がないと出来なかったりする。それも今回のように特定の状況にならないと発動しないっていうんじゃなくて、キミ自身でコントロール可能な状態になってる必要があるのさ」

「セカイを1つにするのにってこと?」

「さあね。とりあえずボクはこのまま北に向かう。キミもおいでよ。というかもう後戻り出来ないわけだから、必然的にそうするしかないわけだけど」

「内なる力…。ビースト…。ディアボロス…」

カナミはようやく自分の体が動かせる状態になってきたのを感じた

2016/09/23

▼49

カナミの目の前には淡い光に包まれた黄金色の草原が広がっていた
心なしかそよ風が吹いているようだった

おはよう、カナミ

…誰?

辺りを見回してみたが、誰もいなかった

でも、あなたの声聞き覚えがある…

そうね
まだあなたが崩壊したセカイにいたときに、こうやってあなたの意識に語りかけたわ


…思い出した

あのときはそれほどではなかったけど、今回は結構重症だったみたい
今、何が見える?


黄金色の草原、そよ風に吹かれてる…
あなたに話しかけられるまでは暗い場所にいたよ

そう…


ねぇ、ここは一体どこ?
わたしはさっきまで森にいた
変な木に胸を貫かれて、そこから意識を失って、気付いたらここにいる

ここは生と死の狭間
でも、どちらかといえば生に近い場所ね
淡い光が見えるでしょ?


うん

あなたにはまだやるべきことがある
あの子、ミナを止められるのはあなたしかいない
体内にディアボロスを埋め込まれたあなたにしか…


それはあの人体実験でってこと?

ごめんなさい
あなたの意識に直接語りかけられる時間は限られているの
もう行かないといけない
おそらく今度は直接会うことになると思うから


淡い光が眩しい光に変わり、黄金色の草原はかき消された

▼48

……きて



お……て

…誰?

カナミ、そろそろ時間よ

…時間?

そう、起きる時間よ
早くしないと遅刻するわよ


…遅刻?

カナミは自分の置かれた状況が全く把握できていなかった
かろうじて自分が暗い場所にいるということだけ認識できていた

さぁさぁ、外はいい天気よ
ほら起きて


ま、眩しい…

カナミは少しずつ目を開けていった

2016/09/21

▼47

夜が明けた
森はその原形を留めないような状態となっていた
見渡す限り木々は黒い煤と化していた

例の研究施設が入った建物は残っていた
カナミはその建物にもたれるように倒れていた
見たところ外傷はなかった
木に貫かれたはずの箇所も最初から何事もなかったかのような状態だった

閉ざされていたはずの研究施設からミナが出てきた
猛禽類を思わせる瞬き1つしない眼差しだった

カナミは動き出す気配が全く感じられなかった
昏々と眠り続けているような状態だった

ミナはカナミを一瞥し、去っていった
口元には「全て思惑通り」とでも言いたげな笑みが浮かんでいた

▼46

夜が訪れた
スーパームーンは相変わらずだった
前日と違いがあるとすれば、森の中の木々がなぎ倒されたり、へし折られたり、跡形もなく燃やされたりしている、ということだった

カナミを串刺しにしていた木はいの一番に灰にされてしまった
カナミは意識を失ったと同時に周りの景色と同化するように消え去った
影も形もなくなってしまったのだ

その後、一筋の熱線が降り注ぎ、その木を直撃した
木は一瞬のうちに黒焦げになり、地表に崩れ落ちていった

スーパームーンを背に悪魔と酷似した異形の影が見えた
熱線を発したのはこの影だろうか?
木が完全に崩れ落ちたのを見届けると、異形の影は目に留まらぬ速さで森へ飛び込んで行った

夜が明けるころには「ここは以前何から何まで全く同じ木々で構成された森だった」と呼ばれるような状態になっているのは間違いないだろう

2016/09/14

▼45

貫かれた胸からは紅い液体が止まることなく流れ続けていた
滝というよりは湧水のように…

太陽は既に10分の9ほど沈んでいた
もうじき月の出番が来ることだろう

カナミは自身の細胞に潜んでいた何かが目覚めつつあるのを感じた

う…
ア、アツイ…

体からは紅い液体が滴り続けていた
常人ならば間違いなく死に至っているだろう
カナミは程なくして意識を失った

▼44

ククク…

あそこはある意味隔離空間なんだね…

アンタ狂ってるよ…

こうなることも計算に入れてたのかい?

木の高さは建物より高いし

木の見た目は全く同じだし

これで方向感覚の狂いを誘発し

そもそも森から脱出しようという本能自体を萎縮させる

それでも効果がない生き物のためにああいう木まで作り出すなんて…

しかし容赦ないよね

あんなことされたら並みの人間は既に死んでるよ

でも相手が悪い…

もうじき内なる力が目覚めるころだ

そうなったら…

…さぁ、おねむの時間は終わりだ

▼43

え!?

さすがのカナミもこれは想定外だった
ここの木は確かに生命の活動らしきものが皆無に等しかった
いや、仮にそのようなものが感じられたとしても、誰が予測できただろうか?

いきなり木の枝が恐ろしい速さで伸びてきて、カナミの胸を貫いたのだ
おそらく貫通しているだろう

カナミは口内が熱いもので満たされていくのを感じた
口から何かが滴り落ちているような感覚もあった

ふと見ると、木の枝が緑の胴体を串刺しにしているようだった
胴体には前脚も後脚もなかった
間違いなくあのライオンだろう

カナミは咳き込みそうになるのをなんとか堪えていた
咳き込むとより状況が悪化するのは間違いなかった
熱いものが止まることなく込み上げてくることだろう

!?

木はカナミをそのまま高く持ち上げだした
無論串刺しにしたまま…
カナミの視界は森全体が俯瞰的に見えるような状況だった

う…
も、もうダメ…

咳き込むたびに熱いものが止めどなく体内から込み上げてくるのを感じた
串刺しにされた部位や開いた口からも熱いものが流れ落ちているのを感じた
まるで川が流れるように…

2016/09/12

▼42

カナミは森の中を歩いていた
どこに向かっているかはわからなかった
ひたすら同じ景色が続くのだから無理もない
当初は木に印をつけようと考えていたが、後戻りできない状況のため無意味と判断した

どのくらい歩いただろうか?
木漏れ日はオレンジ色になっていた
少なく見積もっても夜明けから夕方まで歩き続けていることになるだろう

?…
柔らかい?

足元を見ると緑色の蛇がいた
無残にも胴体の半分ぐらいで切り取られていた
既に事切れているようで、襲い掛かってくることはおろか動き出すことすらなかった
よく見るとその死骸はそこら中に散らばっていた

本体はどこ?
この分だとバラバラにされてそうだけど

その予想は見事に的中した
蛇の死骸を目で追っていくと、切断された脚と思われる部位が転がっていた
保護色の緑だったため、目を凝らさないと見つけるのが困難だった

よく見ると夥しい量の血で大地が染まっていたが、辺りが暗くなり始めているのと、夕焼けの色と同化するような状態だったため、気付かなかった

これは…
昨日の緑のライオン!?

鬣のようにくっついていた蛇はむしり取られたかのようになっており、首は鋭利な刃物で切り落とされたようだった

…すごい血
しかもまだそんなに時間が経ってないみたい
このライオンをここまでしちゃうなんて…
一体どんな化け物が潜んでるの?

おそらくまだこの近くに潜んでいるはずだ
しかし、姿は見えない
無論気配も感じられなかった

カナミも気配を消すようにした
出来るだけ周りと同化することを意識してみた

…やっぱり何かいる

木漏れ日は夕焼けによって紅く染まっていた
無機質な木々がまるで血に飢えた獣のようだった

▼41

程なくして森全体が明るくなってきた
木々の隙間から太陽の光が降り注いできたのだ

気のせいだろうか?
朝陽のわりには光が強い気がした

仮にこの星が月との距離が地球よりも近い位置にあるとしたら、当然太陽との距離も近くなる
その影響だろうか?

…開くわけない、よね

例の研究施設の入口はやはり閉ざされていた
なんとなく、知っていたが再確認したかった
それだけだった

▼40

夜が白みかけてきた
辺りを覆っていた漆黒の闇は消えつつあった

カナミは一睡もしなかった
「寝たい」という欲求が湧き起こらなかったのだ
この状況では無理もない

…夜が明けたらこの森がどうなってるのか探索してみないとね

その夜明けは間もなく訪れようとしていた
視界に木々がかなり明瞭と映るようになっていた

この森は果たしてどこまで続いているのだろうか?
あの緑のライオンと同等、もしくはそれ以上に異形の生物がまだたくさん潜んでいるのだろうか?

2016/09/08

▼39

月が沈んだ
再び辺りは漆黒の闇となった
カナミは目が慣れていたせいか月明かりがなくてもそれほど不自由はしなかった

…やっぱり何かいるわね
いいかげん出てきてよ
今更何が出てきても驚きゃしないから

カナミの呼びかけに反応したかどうかはわからないが、闇に潜んでいた生物がその姿を現した
緑色をした雄ライオンだった
異様だったのは、鬣部分が無数の生きた蛇になっていることだった
元々この色だったのか、この森で効果的に獲物を狩るために体質変化を起こしたのかまではわからないが

ライオンはカナミを発見すると、すぐに襲い掛かることはなく、様子を窺っていた
鬣の蛇たちも同じようにカナミの様子を窺っていた
迂闊に手を出すと、自らに危険が及ぶことを恐れているようにも見えた

…!?

一瞬だが、カナミは自分自身の何かが反応したのを感じた
ミナの言っていた能力だろうか?
それと同時にライオンは後退りをし始め、逃げるように闇へ姿を消した

あの化物が逃げ出すなんて…
わたしの中には一体何がいると言うの?

辺りから生物の気配が消えていた
カナミの内に潜む何かに恐れをなしているのはほぼ確実だった

▼38

程なくして月が出てきたようだ
木漏れ日のように月明かりが差し込んできた

気のせいか生物たちの気配が消えた
明かりがある場所では動かない習性なのだろうか?

無論、木々に阻まれて正確な月の大きさや形までは確認できなかったが、おそらくスーパームーン以上に大きな月だろう
今まで見たことがないほどの月明かりだったからだ

スーパームーンは月が球に最も近づいたときに満月または新月を迎えることだ
最接近時は地球から35万6577kmの距離まで近付いた、と言われている
しかし、この月は明らかにその距離よりも近いはずだ

ミナはセカイは2つに分けられていると言っていたが、ここは地球ではない別の星なのだろうか?
だとしたら、地球と月の間に作られているに違いない

▼37

日が落ちた
突如漆黒の闇とはならなかった
降り注ぐ木漏れ日が次第に少なくなり、という形で現在は漆黒の闇となっていた

森の中に変化が出てきた
木漏れ日が注いでいたときは他の生物の気配が全くなかったが、にわかに生物の気配が出始めてきたのだ

…何かいる?
でも、これじゃどこに何がいるかわからない

おそらくカナミの言っていた、遺伝子組み換えもしくは遺伝子改変を施された得体の知れない生物たちだろう
迂闊に動き回らない方が賢明なのは言うまでもない

幸い、外気温は20~25℃程度だったため、凍えてしまうことはなかった
森の中を探索するとしたら日が昇っている間の方がよさそうだ

▼36

こういった方向感覚が狂う危険性のある場所ではむやみやたらに動かない方がよい
まずは基点となる場所を作ることが先決だ
幸いその基点作りは研究施設の入った建物があるので問題なかった

…開かない

いつの間にか入口は閉ざされていた
自動ドアの要領で扉の前に立っても開くことはなかった
無論押しても、後ろや横に引こうとしても同様だった

日が落ちても外にいるしかないわけね

この建物は10階建てほどの高さで窓がなかった
一瞥するだけでは何の建物かわからない構造だった
内部で行われていたことを考えれば当然といえば当然だが

カナミは空の様子を見ようとした
合わせて太陽の南中高度からおおよその時間帯を推測しようとしていた
森には日光が降り注いでいたが、木漏れ日程度のものだったからだ

…ダメね
この木高すぎる…
それに葉っぱが大きすぎてよく見えない…
しかも密林みたいな感じだし…

日が落ちたときは月明かりでもない限り、漆黒の闇と化すのは容易に想像がついた

2016/09/07

▼35

カナミは森の中にいた
ちょうど例の研究施設から外に出たところだった
エレベーターが止まった先はエレベーターホールとなっており、そのまま外に出ることが出来た
地下で10年以上暮らしていたカナミにとっては極めて久しぶりとなる地上だった

…この森なんか変ね
上手く言えないけど…

よく見ると木々は全て同じだった
高さ、太さ、枝や葉の付き方・大きさ・形など
全てが同じだった

そして何よりも異様だったのが、森自体が静かすぎるということだった
日光は降り注いでいたが、木々は生物活動を全くしていない様子だ
無論、他の生物が棲みついている気配もなかった

この森もあの男によって作り出されたということ?

残念ながら現時点ではこの問いかけに答えてくれる者は誰もいないようだった

▼34

遺伝子工学とは、遺伝子を人工的に操作する技術のことだ
生物の自然な生育過程では起こらない人為的な型式で行うことを意味する
遺伝子導入や遺伝子組換えなどの技術で生物に遺伝子操作を行う事でもある

一部の例を挙げれば、細菌や培養細胞によるホルモン(インスリンやエリスロポエチンなど)の生産、除草剤耐性などの性質を与えた遺伝子組換え作物、遺伝子操作を施した研究用マウス(トランスジェニックマウス)、また人間を対象とした遺伝子治療の試みなどがある

このような遺伝子操作産物を目的とする応用のほかに、生物学・医学研究の一環(実験技術)としての遺伝子操作も盛んに行われている

この遺伝子操作によって生み出された「緑色に光る猫」をご存知だろうか?

猫のエイズを引き起こす猫免疫不全ウイルス(FIV)
これを抑える働きを持つサルの遺伝子を猫の卵母細胞に注入し、その後受精させたのだ
加えて、遺伝子操作を行った部分を容易に判別できるよう、クラゲの遺伝子も組み入れた
これにより遺伝子操作された細胞は緑色を発色するようになる

遺伝子操作された卵母細胞から生まれた猫の細胞を採取したところ、FIVへの耐性を示した
なお、これらの「耐性」を持つたんぱく質は猫の体内で自力で作られていた

また、遺伝子操作した猫同士を交配させたところ、生まれた8匹の子猫にも操作された遺伝子が引き継がれていたのだ

これも実に興味深い…

私は当初、臓器移植のように双方の遺伝子同士が拒絶反応を起こすものと思ったが、そのようなことはないようだ…

この技術は様々なものに応用できそうだ…

遺伝子の世界は可能性の宝庫だということだ…

ククク…

▼33

エレベーターは下に向かっていた
どうやらあの隔離施設は最上階だったようだ

今回は途中にある研究施設に止まることはなかった
行き着く場所はあの冷たいLEDに覆われた空間だろうか?
それとも全く新しい場所となるのだろうか?

エレベーターが停止した
なぜか扉が今までよりもゆっくりと開いていく気がした

2016/09/04

▼32

ごめんなさい…

まさかあの人がこんなことをするなんて思わなかった…

わたしはあの人の子供が欲しかっただけなのに…

本当は1人だった子供の染色体を操作して2人にして、さらに遺伝子操作と改変までするなんて…

ねぇ、あなたたちはまだ生きているの?

勝手なことかもしれないけど…

お願い…

死なないで…

▼31

カプセルは全て破壊されていた
夥しい数の肉片、おそらくカプセルに潜んでいたと思われる生物の死骸も多数散らばっていた

いずれも遺伝子操作もしくは遺伝子改変をされたのでは?
と思われるような特異且つ奇怪な生物ばかりだった

カナミの瞳孔は開きっ放しだった
しかし、眼差しはどこを見ているのかわからないような虚ろなものだった
顔色は顔面蒼白そのものだった

「フフフ…。キミってボクなんかよりもずっと残虐だよね。何もここまで原形がわからないくらいまでバラバラにすることないじゃん」

ミナの瞳孔も開きっ放しだった
その眼差しはカナミのそれと酷似していた

「まあ、でもしょうがないよね。アイツの作り出したモンスターは思った以上に凶暴だったからね。ここまでしないとボクたちが死ぬ羽目になったわけだから」

「ミナ…。一体わたしに何をしたの?」

カナミの顔色は生気を取り戻しつつあった
瞳孔は開きっ放しだったが、焦点は合いつつあった

「おや、もう戻ってきたんだね。いや、ちょっとキミの力を借りたのさ。正確に言うとキミの体の中にある力を借りたって感じかな」

「これは…わたしがやったっていうの?」

「ああ~、キミだけじゃないよ。ボクとキミでやった。キミはキミの中にある力を使うことができないみたいだけど、ボクはその力を覚醒させることができるみたい」

「わたしはもう人間じゃないってことなのね」

「そうなるね。ボクもキミも遺伝子操作、もしくは遺伝子改変をさせられたアンドロイドなのさ。アイツは既にほかの動物ではありとあらゆる実験をしていたみたいだ。ここにいた哀れな動物たちはその過程の中で凶暴性を増したので隔離したっていうことなんだろうね」

「人体実験は当然わたしたちだけじゃないんだよね?」

「うん。どれくらいの人間が実験台になっていたのかっていうのはわからないけどね。厄介なのはそのアンドロイドたち、そしてこういう動物たちが相当数逃げ出してるってことなんだよね。アイツが死んだことによって」

「…」

「いずれも凶暴性はかなり増してるみたい。まあ、ボクの計画は誰にもジャマさせないけどね。キミもそろそろ自分の力を有効活用できるようになっておかないと、これからは生き延びることが難しくなるよ」

「…」

「あと言い忘れたけど、今回は別にキミを助けたわけじゃないよ。ただ単にキミの力を見たかったっていうだけだから。それじゃ、次会うときはセカイが1つになったときだね」

ミナの気配が消えた
カナミにとってはいずれもどうでもいいようなことばかりだったが、見えない何かに操られているに等しいこの状況は、何とかして解消したいとは考えていた

▼30

遺伝子はDNA二重螺旋構造
それがさらに巻いた構造をとり、染色体を成す

性染色体とは、雌雄異体の生物で性決定に関与する染色体
性染色体として、X,Y,Z,Wと名づけられた4種類の染色体がある
XとYは雌がX染色体を2本持つ性決定方式(雄ヘテロ型:XY型)で観察される性染色体に付けられた名称であり、ZとWは雄がZ染色体を2本持つ性決定方式(雌ヘテロ型:ZW型)で観察される性染色体の名称である

ヒトを含む哺乳類では雄ヘテロXY型が一般的
この性決定様式では正常な雌はXX個体であり、正常な雄はXY個体である

性決定様式を大きく分けると、遺伝によって性別が決まる遺伝性決定と、個体が置かれた環境によって性別が決まる環境性決定などの遺伝によらない性決定に分けられる

遺伝性決定は染色体性決定とも呼び、通常は雌雄で異なる性染色体構成を持つ生物で観察される
しかし、遺伝性決定の生物種の中には、雌雄で性染色体の形状に見分けが付きにくい例も含まれている
また、一口に性染色体が関わる性決定といってもその機構は一様ではない

人間の性別は、根本的には男性化を促す遺伝子の有無に由来し、受精の瞬間にほぼ決定される
人間の23対の染色体のうちの1対は性染色体と呼ばれ他の常染色体とは区別される
この性染色体の型(X染色体とY染色体の組み合わせ)によって、性別発達の機序は大きく左右される

無論、典型例があればそうでない例も存在する
クラインフェルター症候群、ターナー症候群、カルマン症候群など



実に興味深い内容だ

▼29

カナミは緑の液体が満たされたガラス容器の中にいた
容器の下から気泡が送り込まれている
鑑賞魚の水槽のように

カナミのいるガラス容器を白衣を着た女性が覗いているようだった
意識が朦朧としている、且つあまり視界のよくない状態だったため、顔立ちはほとんど見えなかったが、シルエットから細身の長身なのは確認できた
カナミに何かを語りかけているようだったが、気泡を送り込む装置のモーター音しか聞こえなかった

例の白衣を着た学者風の男がやってきた
やはり顔立ちはよく見えないが、背丈はその女性よりも10センチほど高いようだった

男は女性の背後で何かを語りかけているようだった
女性の表情に翳りが見えた気がした

男は女性の腰辺りに手を回しているようだった
程なくして女性が男の方を向き直った

男の手は女性の背中や腰辺りを弄っていた
女性は特に抵抗する様子はなく、男のされるがままだった

カナミは視界がぼやけてくるのを感じた



どうやら目蓋が落ちたようだった
そのまま意識は沈んでいった